最終話 お花見
最終話 お花見
あれだけ揉めた定時総会もようやく終了した。後は会場を片付け、新旧役員交歓会で「ご苦労さまでした」「頑張って下さい」と乾杯すれば、長かった町会業務から解放されるのだ。天気も晴れ渡り、いかにも春という感じでなかなかよろしい。そんな気分でイスやテーブルを片付けていたら
「せっかくこんなにいいお天気です。南田会長、交歓会はこの近くの鹿尻公園でやりませんか?一本だけですけど、サクラもきれいですよ」
「お花見ですか…。…いいですねぇ。皆さんどうですか?浅井さんのご提案はなかなか素敵だと僕は思うんですけど」
「いいと思いますぅ!パパや舞ちゃん呼んでもいいですかぁ?きのう舞ちゃんと有希ちゃんでクッキーいっぱい焼いたんです。持って来てもらいますから」
「ええ、皆さんもご家族に声掛けして下さい。こういうのは参加者多いほど楽しいですよ」
「だったら俺は飲み物、もっと提供しよう!ビールとウーロン茶でいいな」
「さすが新会長!笠井酒店さん、太っ腹っ!」
「じゃあ、災害用のブルーシートを持って行って敷物として、飲み物と食べ物はリヤカーに積んで…」
反対者が出ることはなく、浅井先生と堀ちゃんと本上文化体育部長の指示で急遽「お花見交歓会」は進められていった。
「…おい、マサよ。皆さんノリノリだぞ。どうすんだ」
「…知らねえよ」
「…やだなあ。こういうの嫌なんだよ、俺。片付けるのとかめんどくさいし…」
「…そうだな」
「そうだろ、そうだろ。さすがは町内一のひねくれ者だ。分かってるじゃねえか」
「お前には負けるよ。俺は町内二だ」
「くそぉ、ハカセの馬鹿が却下しないもんだからよ。まったくあのデブは…。俺、地べたに座るの嫌なんだよ。ケツは冷えるし虫いるしなあ」
「…じゃあ帰ればいいじゃねえか」
「ええっ?俺たち今さ評判最悪じゃんか、ハカセのせいでよ。俺たちは新人イビリの意地悪おじさん、ハカセは器の大きな優しいおじさん。これでトンズラしたら何言われるか……」
「…一理あるなって、おい、俺をお前と一緒にすんなよ」
「あーあ、嫌だなあ…。なあマサよ、浅井さんが言ってた猪尻公園ってどこ?俺知らないんだけど」
「…人の話聞けよ。俺も知らねえよ。猪尻だっけ、猪の尻みたいな公園じゃねえのか」
「なんだよ猪の尻ってえのはよ。馬鹿の答えだなあ」
「なんだと、この野郎…」
「そこの二人!何コソコソやってんですかぁ!さぼっちゃダメですよう。とっととリヤカー引くのを手伝うのですぅ」
「くそぅ、堀北のくせに…」
リヤカーを引っぱりにいったら、さっきイジメた小柳たちが気まずそうに待っていた。一緒に引けってか?
「堀ちゃんよぅ、少しは考えろよ…」
気まずいったらありゃしない。
猪尻公園はふるさと会館から西に二百メートルほどいった坂の上にあった。小さな公園だが、浅井さんが言ったように見事なソメイヨシノが一本だけ今を盛りに咲き誇っていた。
「あれ?マサよ。ここって…」
「…ああ」
「猪尻公園ってノグソ山のことか…。こんな桜あったっけかなあ…」
「桜も五十年も経てば大木になるよ。それからショウちゃん、ここは猪尻公園じゃないよ。鹿尻公園だよ、ハハハハ」
「そんなの馬でも鹿でもどっちでもいいわ。おいハカセ、ここはノグソ山ではないのか?」
「ハハハ、よく覚えてたねえ」
「なんですかぁその変な名前って、聞きませんよう!どうせまた汚い話を延々とするつもりですねえ?」
「うははは。堀ちゃん、よく分かったなぁ。まあ、そんなところだ。ほらこの斜面から北側、今は一面の住宅地になってるけど、俺たちの子供の頃はぜんぶ田んぼでよ。よくドジョウやザリガニを捕りに来たもんだ」
「そうだったねえ。真ん中に細い小川が流れてて運河まで続いててさ。今は暗渠だよ」
「水に濡れると体が冷えてな。紙もないのによくここの茂みでウン」
「だからその話はストップですよ!聞きたくないです!いいかげんにしてくださいよう」
「うははは。しかし田んぼの上の建売住宅か。でっかい地震が来れば液状化だろ?住んでる人たちは知らないんだろうなあ」
「たぶんな。この辺は今も大雨になるとすぐ冠水するしな」
「ハカセ、この住宅地も菱町町会か?」
「いや、東運河町会。うちとは関係ないねえ。お米は配達してるけど」
「そうかあ。でもよくこんな低地に家建てるよなぁ。おしゃれに遊歩道になってるけど、あれ元小川の暗渠だろ?おっかねえなあ」
「まあ万一、運河があふれて土手が決壊しても、水はこの低地に流れ込むから菱町は安全だよ、ハハハハ」
「ハハハハじゃねえだろ。ハカセお前ホント、不謹慎だなぁ…」
いつの間にか交歓会はただのお花見になっていた。ただしその規模は、新旧役員が家族に声をかけ食べ物や飲み物を持ち寄り、公園周辺の住人たちも加わって百人前後の大お花見大会の観がある。
嫁さんは最悪なことにウチの婆を連れてきてしまい、その婆はマサの母親と一緒に墨田を正座させ何かをこんこんと説教している。…墨田よ、すまん…。
舞ちゃんと有希ちゃんが手作りクッキーを大きなバスケットに入れ、あちこち配っている。まさに天使の降臨!
ハカセは新町会長の笠井酒店の親父と一緒に小柳たちと楽しそうに飲み交わしている。最後までご苦労なこった。
堀ちゃんは本上文化体育部長たち女性幹部の中で一生懸命なにかを食べている。よく食う奴だ。でもな、堀ちゃん、一年間よく頑張ったな。町内会など何も知らずに年長者の中でよくやったよ。浅井先生がいたとはいえ、ホントたいしたもんだ。他の女性陣も優秀だった。…これからは女性中心の町内会になっていくんだろうな。
俺の周りには嫁さん・マサ・浅井さん・堀北パパがいて、ビールを飲みながら稲荷寿司などをつまんでいる。なぜかマサと浅井さんの距離が近いような気がするのだが、それを揶揄するのは止めた方がいいな。俺も大人だし…。くそぅ、いつの間に…。
「浅井先生、新年度も婦人会会長やるんだって?」
「ええ、他の皆さんからどうしてもってお願いされちゃって…。留年です。堀北さんからも泣きつかれて…」
「あー、なんとなく分かるなぁ。ご苦労さまです。堀ちゃんもうちの奥さんも四月から婦人会だそうだからよろしくね」
「浅井さん、よろしくお願いしますね。まさか婦人会の順番が今年に回ってくるなんて…。初めてだから心配で心配で…」
「こちらこそよろしくお願いします。大丈夫ですよ。婦人会でお義母さまをご存知でない人はいませんし…」
「それが奥さんにしてみりゃ一番心配なんだけどな。ともかくよろしく頼みます。老人会も結局は墨田会長の続投だって?」
「ええ、いろいろ揉めたそうですけど……」
「ふん、新年度役員も苦労するな。ま、来年度は町会顧問じゃないだけマシか…」
「うん、マサの言うとおりだな。今年もまた各部長と会計さんまで女性だから、雰囲気もだんだん変わってくるよ、いい方向にさ」
「そうだといいんですけど…」
「大丈夫だって。顧問には南田米店がいるんだからさ、デブだけど」
「そうだな、なんだかんだ言ったって調停役としては優秀だからな、ハゲだけど」
「ハハハ、また僕の悪口言ってるのかい?」
「何を言うか。珍しく褒めてたんだぞ、優秀な米屋だって」
「ホントかなあ?」
「お前も知ってるとおり、俺は嘘と人の悪口だけは言ったことがない」
「平気で嘘言ってるなあ、ショウちゃんは」
「そんなことより小柳たちを放置してていいのか?」
「呼び捨てかよ。ってまあいいか。大丈夫、大丈夫。笠井酒店さんが相手してるし。もう僕と笠井新会長のシンパだよ。ああいうのは仲間にしちゃえばかえって使いやすいさ、ハハハハ」
「シンパって…。なつかしき昭和の言葉だな。久しぶりに聞いたわ。まあいいか、上手く使えよ」
「うん、ハハハハ」
「…確かに顔は笑ってますけど、なんか怖い人ですよねえ。素直に心服出来ないっすねぇ」
「そうだろう、堀北パパ。ま、俺たちもこいつに上手く使われた口だからな」
「そうなんですか?」
「そうだよ。こいつのせいで俺は会計、マサは総務広報。そのとばっちりがアンタの奥さんにいっちまって総務広報部長だからね。怨むんなら、こいつとマサを怨むように」
「おい、俺も被害者だろうが」
「どうだか」
「なんだと…」
「ハハハハ、まあまあ。でも堀北さんにはご苦労かけちゃいましたね。申し訳ありませんでした」
「いえいえ、とんでもないです。確かに最初は初めての町会役員なのにいきなり総務部長だとか言うんで、無理やり大変な仕事を押し付けられたのかと思いました。町会長さんに文句言いに行こうかともね」
「…そ、そうだったんですか…」
「でも総務部長やってるうちにアイツも生き生きやってるし、なんか楽しそうにしてるのを見てて、あれって思ったんです。忙しいとか難しいとかぶつぶつ言ってましたけどね。町会の仕事を町会長さんや浅井さんにいろいろ教わったり、東海林さんや小西さんにも手伝ってもらったり。皆さんには娘の舞のことも可愛がっていただいて。有希ちゃんもそうですが、特に浅井さんのご両親には本当の孫のように面倒みていただいて。ありがとうございました」
「いえいえ、とんでもない。有希もうちの両親も舞ちゃんが来るのをいつも楽しみにしてましたから」
「アイツ、近所にママ友もあまりいなくて…。以前は少し寂しそうにしてたんです。私の仕事も忙しいので、悪いとは思っていたんですけどね。実際あまりかまってやれなくて…。それが町会やるようになってから、文句は言いながら楽しそうなんですよ。皆さんのおかげです。本当にありがとうございました」
「いや、それはお互いさまですよ。僕たちも堀北さんのおかげで楽しく仕事ができましたよ。僕たちにしてみれば年代的に、堀北さんは娘だし、舞ちゃんや有希ちゃんは孫みたいなもんだからねえ、ハハハハ」
「あんなふうに先輩の奥さんたちの中に混じって笑いながら食事してるなんて、一年前には想像もできませんでしたよ」
「うーん、いい話じゃねえか。小柳たちに聞かせてやりたいねえ。な、マサよ」
「そうだな。じゃ連れてくっか?」
「いや、よせよせ!冗談だよ、冗談。せっかく気分よく花見なんぞしてるんだ。酒がまずくなる。笠井の親父に任せとけよ」
「あなたが素直に堀北さんのお話を聞かないからですよ」
「ちっ」
「ははは、そう言えばうちの奥さん、最近発言がシニカルなときがありまして…。東海林さんの影響ですかね?」
「そうなんだよ、堀ちゃん最近グサッとくるようなこと俺にも言うんだよ。グサッとな。素直ないい子だったのにな。マサ、お前のせいだぞ。舞ちゃんが悪い子になったらどうすんだ?」
「なんで俺だよ。お前のせいだろが。こないだ舞ちゃんと有希ちゃんによ、『絶対に口喧嘩で負けない方法』教えてたのは誰だよ。『揚足とりは効果的』とか言ってな。幼稚園上がる前の子供に何教えてんだか」
「アナタぁ…」
「おっと、ションベン。ションベンしにふるさと会館まで行ってくる」
「逃げるんですか?」
「ホントだって。漏れちゃうよ。いいのか?この猪尻公園でしても。トイレないぞぉ?」
「分かりましたよ。早く行ってきなさい!ああ言えば、こう言うんだから。ほら、その靴は南田さんのでしょ!何やってんだか…」
「…ショウちゃん、トイレ行くとか言ってたけど堀北さんたちをからかってたと思ったら、今度は舞ちゃんと有希ちゃんとブランコで遊んでるねえ、ハハハハ」
「すいません、あの人いつもいいかげんで…。皆さんにもご迷惑かけたでしょう?」
「そんなことないですよ。昔からショウちゃんは言いたいこと言って、やりたいことやってるだけですから、ハハハ」
「おい、ハカセ。それ何のフォローにもなってないぞ」
「でもさっきの堀北さんのお話じゃないですけど、あの人もこの一年間、なんだかんだ言いながら、とても楽しそうでした。本当にありがとうございました」
「いえ、奥さん。私もたまにビックリはしましたけど、本音をズバッって言って下さるので、正直スカッとしたことの方が多かったんです。わざと憎まれ役になったりしていただいて…」
「そう言っていただけると助かります。なにしろああいう性格ですから、近くには本音でおつきあいできる友人も少ないし、私たちには子供もいないし…。もし、よろしければこれからも皆さん、あの人につきあってやって下さいね」
「いえ、こちらこそよろしくお願いします。ね?堀北さん」
「ええ、舞も有希ちゃんも東海林さんになついてますし、うちの奥さんも東海林さんには本音で話せるみたいですから」
「ハハハハそうですよ、奥さん。僕たちは昔からこの町会では『三人一組』でしたから。変わりませんよ、なあマサちゃん」
「ああ、腐れ縁という奴だな。あいつは昔から……、あっ!あれはいかん。ショウ君、おばさんとウチの婆と墨田につかまって、口喧嘩始めたぞ。…あー、まったく何やってんだか。おいハカセ、止めに行くぞ」
「ハハハ、しょうがないねえ。ハハハハ」
「浅井さぁん、浅井せんせえ!あそこでいつもの三人組とお年寄り三人が揉めてますよう。いいんですかねえ、ほかの皆さんも笑ってるだけで止めませんけど」
「堀北さん、いいのよ。きっと昔からいつものことなのよ。ね?東海林さん」
「そうね。ほっときましょ。それより堀北さん、おいしい巻き寿司があるのよ。みんなで食べましょう?」
「わーい、いただきまあす!あっ、渦潮だあ!舞ちゃんと有希ちゃんもおいでぇ、おいしいお寿司ですよぉ!」
「…ねえ、ママ。よく食べるよね…」
ふう…。呆けてはいるが元気な年寄りたちだよ。今日はこれくらいで勘弁してやるか…。
さて、風はまだ若干冷たいが、日差しは充分温かい。季節はいつのまにか春になっていて、この桜も今が満開だ。町内会役員になったおかげであっという間の一年だったが、いろんな意味で中身の濃すぎる時間になった。各班の世帯数がそれぞれ違うので、同じメンバーで役員をやることはもうないだろう。正直寂しい気持ちはあるが、まあ世の中なんてそんなもんだからなあ…。
日が暮れるまではもう少し時間がある。もう少しみんなと酒でも飲むか…。もう少しな……。




