第十二話 歳末パトロール
第十二話 歳末パトロール
この町会には防犯パトロール隊という組織がある。防災防犯担当の副会長が隊長となり、防災防犯部員と老人会有志、そしてボランティアで参加する町会員で構成される。市でボランティア保険に入るため、四月に公募して市役所へ届けを出す。そのメンバーには黄色の防犯帽子と恐ろしく目立つ蛍光グリーンのウィンドブレイカーが市から貸与され、パトロール中はそれの着用が義務付けられる。当町会では彼らを昼隊と夜隊の二つのグループに分け、昼と夜の一日二回のパトロールを実施しているのだ。
「俺はよ、あのパトロール隊を見かけるとどうしてもな、小学校で飼っていたセキセイインコを思い出してな、なんかこう悲しくなるのだよ」
「あれはな、ショウ君。下校時間に飼育小屋の扉を開けっ放しにして帰ったお前が悪い」
「だからさ、それは俺じゃないんだと思うんだけどなあ…。誰も信じてくれなかったけどなぁ」
「ハハハハ、ショウちゃん普段の行いが悪かったからさ、信じろっていうほうが無理だよ」
「…ハカセよ、俺は昔から聞こう聞こうって思っていたんだけどな、開けっ放しにしたのはさ、やっぱりお前じゃないのか?」
「ハハハ、何を言っているのかなぁ。あのときショウちゃんも自白してたじゃないかぁ、ハハハハ」
「うん、でもな扉を閉めた記憶も開けっ放しにした記憶もないんだよ。そう言ったつもりが『扉を閉めた覚えがない。だから犯人は東海林だ』ってなっちゃったんだよ」
「するとなにか、五十年近く経ってショウ君は冤罪の可能性を主張するわけだ」
「うん、なにしろ取調べは俺に偏見を持っていた担任の河瀬だ。奴は悪質なイタズラが発生すると必ず俺を疑った」
「それは河瀬だけじゃなかったと思うぞ」
「俺もいけなかった。『俺ならやったかもしれないな』って、自分で思っちゃたもんな。ま、俺もまだまだ若かったからな」
「…小学生だからな」
「最近あのセキセシインコ隊を見るたんびにあの事件を思い出してな、あのとき俺と一緒に飼育当番だった男のことをふと考えるんだよ」
「ハカセか?」
「うん。ハカセお前、ウサギを怖がってたよな?」
「そ、そうだっけ?ハハハ」
「なにがそんなに怖いのか聞いたら『赤い目で僕をにらむ』って言ってな、ウサギが近づくだけで『ギャア』とか悲鳴を上げてたよな」
「ハハハ、そんなこともあったっけ、ハハハハ。さてそろそろ出発の時間だね。ショウちゃん、トイレ行っといたほうがいいよ、外は寒いからね」
「おっそうか。ションベンションベンっと」
明日は大晦日だという三十日の夜、俺たちはこれから始まる歳末パトロールのために、ふれあい会館に集まっている。歳末パトロールは平常時の防犯パトロールに町会役員と子供会の子供たちが加わり町内をパトロールするのだ。そのパトロールが終われば会館に再び戻り、その間に婦人会と子供会役員有志が作っていたお汁粉を全員でいただき、子供たちにはご褒美のお菓子、大人たちにはビールが配られ「良いお年を」ということになるのだ。ちなみにこのお汁粉の小豆も南田米穀店から購入したものだとさ…。
パトロール隊は北ルートと南ルートの二隊に分かれ、俺と堀北は北ルート隊、マサと浅井さんは南ルート隊、会長のハカセは会館に残って非常時の連絡係兼お汁粉会場設営のための留守番となった。
『ひのよーじん!』
―カチカチ!
「子供たち、この寒いのに元気ですねぇ」
「そうだなぁ。堀ちゃん、舞ちゃんはお留守番か?」
「はい、パパももう年末年始のお休みだから、おうちでお留守番ですよぉ」
「うん、寒いからな。…うん、それがいいな」
「東海林さん、さっき南田会長に話をそらされましたねぇ」
「分かってるって。冬だってーのに大汗ダラダラかいてな。まあ落着いてよく考えればアイツしかいなかったからな」
「やっぱり会長が真犯人ですかぁ。うっかりさんですねぇ」
「いや、アイツはうっかり閉め忘れるようなマヌケな奴じゃない。わざと開けといたんだよ」
「わざと開けといてインコ逃がしたんですかぁ?」
「セキセイインコは逃げてないよ。喰われたんだよ」
「えっ、誰に?」
「誰って人じゃないよ、猫だよ、野良猫。あの頃、昭和四十年代は野良猫も野良犬もな、今とは比較にならないほどたくさんいたからな」
「うぇ、インコかわいそうですねぇ」
「あの飼育小屋にはウサギとインコと白文鳥がいたけど、ハカセの目論見どおりウサギは脱走、文鳥も飛んで逃げちまった。だけどインコは人に慣れていて小屋から逃げ出さなかったらしい。飼育当番の手からエサ喰ったりしてたからな。あの小屋から逃げるなんて思いもしなかったんだろうよ。夜になってインコしかいない小屋にコンバンハって入ってきたのは腹ペコの野良猫。インコは鳥だけに鳥目。いっただきまーす、ごちそうさまでしたと」
「うわわわ、な、なんで会長はそんな非道なことを…」
「だからウサギが怖かったというか嫌いだったんだろうな。扉を開けとけば、怖くて嫌いなウサギは逃げちまうと奴は考えたんだよ。まさかインコが猫に喰われるとまでは考えなかったんだと思うぞ。たぶんな」
「でも、嫌いだからってウサギを逃がすって…。ウサギは結局校庭か近所で捕まっちゃうんじゃないですかぁ?」
「…堀ちゃん。君は今のみどり台小学校をイメージしてそう言っているんだろうけど、当時の北小は木造平屋建ての校舎を南は畑、西は若干の農家と広大な竹林、そして北と東が雑木林に囲まれた田舎の分教場という松竹映画のセットのような小学校だったんだよ。現にウサギと文鳥は行方不明になっちまったからな」
「…凄いロケーションの小学校だったんですねぇ」
「うん。俺たちは東京の下町から転校してきただろ。転校初日にあの学校見てさ、兄貴と一緒に地の果てに来ちまったなぁとつくづく思ったのを覚えているよ」
「へぇー。犯人は南田会長かぁ」
『ひのよーじん!』
―カチカチ!
「有希ちゃん、楽しそうだね」
「ええ、こんな時間にお友達と一緒に外を歩くなんてめったにないから、ちょっと興奮してるみたいですね」
「ふん。昔と違って世の中いろいろと物騒だからな、とくに女の子だしな」
「ええ。ねえ、小西さん、さっきの東海林さんのお話ですけど」
「セキセイインコの?」
「はい。あれはやっぱり南田会長が犯人なんですか?」
「…いや。確かにハカセは情けないくらいウサギに脅えてはいたけどな。児童会会長が犯人になってな、それが万一バレた時のリスクみたいなものを考える小学生だったんだよアイツは」
「はあ、小学生にしては子供らしくないというか…」
「そう、変に計算高い。それをあの笑顔で上手くごまかしているんだ。子供のときからな」
「じゃあ、犯人はやっぱり東海林さん?」
「…うーん。状況的にはそのシナリオが無難なんだよな。でもこの件に関しては動機がはっきりしないよな」
「動機ですか?」
「ショウ君のイタズラで多いのは、誰かに対する復讐なんだ」
「復讐?」
「アイツのたちの悪いところは、自分の気に入らない奴だったらそれが教師でも自分の兄貴でも下級生でも嫌がらせをするんだ。たとえば担任の河瀬という教師に怒られたりすると河瀬の車にチョークで『スダレハゲ』って落書きしたり、兄貴に殴られたりすると兄貴の自転車の空気抜いたりな」
「はあ…」
「墨田の息子がショウ君の妹をいじめたことがあったんだけど。俺たちの三つ下で歩とか言ったな。ショウ君、歩にひどい嫌がらせしてたなぁ。上履きをひょうたん池に浮かべたり、下駄箱にウサギのフン詰め込んだり。繰り返し繰り返し。あれはしつこかった」
「…陰湿ですね」
「うん。アイツがすごいのは教師や兄貴が疑って『お前だろ!』って脅しても殴っても絶対否定していた。泣きながら否定していた。『僕じゃない』ってな。実際アイツなんだけどな」
「…平気で嘘をつく子供なんですね」
「そのうえ、上手に証拠は残さないしな。だからこの件に関して奴が自供したことが余計に不自然なんだ」
「なるほど…。すると別の犯人の可能性もありですね?」
「………」
「飼育小屋の鍵はどうなっていたんですか?」
「……昔ながらの扉の留め具。それの輪っかに南京錠で施錠してた」
「留め具はロックされてたんですか?南京錠はどうなってました?」
「扉はロックされておらず三十センチほどの解放状態。そこからウサギや文鳥は脱走した。南京錠はダイヤル式のもので暗証番号のまま開いた状態で、扉の留め具にひっかかっていた」
「南京錠の暗証番号は?」
「みんな知ってた。4126。ヨイフロ」
「なんですか,その番号?」
「…浅井さん、ハトヤ知らないの?三段逆スライド方式、ハトヤ消防隊…」
「知りませんね。なんですかそれ?ともかくそれじゃカギの意味がないじゃないですか。それならばクラスメイト全員が犯人の可能性がありますよ」
「…そうだよな」
「誰も疑問に思わなかったんですか?」
「カギかけなかったのは誰だ、飼育当番だ、ハカセとショウ君だ、じゃあショウ君のイタズラじゃないか、ショウ君は『俺かもしれない』と言っている、じゃあショウ君のイタズラだろうと……」
「えー、それじゃ東海林さんが可哀そうですよ。東海林さんか会長がカギをかけたあと、誰かがカギを開けて扉のロックを外すことが出来るんですから」
「…そうだよな」
「誰が東海林さんだって言い出したんです?」
「……俺かな」
「えっ?」
「…俺だったかな」
「………」
「俺です」
「……何かまだ隠してますね?」
「…はい。カギを開けて扉を少し開けたのも俺です」
「何で?」
「次の週の飼育当番、俺だったんだ。飼育当番は朝が早くてな。俺、早起き苦手なんだ。それでふと思ったんだ、ケモノがいなくなれば飼育当番もいらねえなと」
「…そんな理由で?」
「いやいや、それだけじゃないんだ。飼育当番になると夏休みとか冬休みの間も学校まで行って、エサやり・飼育小屋の掃除をやらねばならなかった。北小周辺の児童は近いからいいけどよ、俺たち菱町の児童にしてみると理不尽な仕事だ。スクールバスも休みだったから歩いてあの田舎まで往復するんだからな。内心喜んだ奴はけっこういたはずだ」
「あー、確かにそうですね…」
「ふふふ、あの日陸上部の練習で帰りが遅くなった俺は、ハカセとショウ君が帰ったのを確認してことに及んだ。もちろんインコが猫に喰われることまでは予想できなかった。それほど悪辣ではない」
「でも無実の東海林さんに罪を…」
「そのうち、俺がやりましたって言おうとは思ってはいたんだけど、みんなが『犯人はショウ君だ。まあショウ君なら仕方ないか』で納得しちゃったしな。ショウ君本人もあまりこたえてなかったからな。今更あれは俺が犯人だとは言い出せなくなっちゃってさ。じゃそれでいいかなと」
「…いいんですかねえ?」
「いいんだよ。みんなはショウ君が犯人だと思ってるし、たぶんショウ君はハカセが犯人だと思ってる。それでショウ君が傷ついているならともかく、反対に面白がってるようだったしな。俺の狙いどおり、しばらくの間は飼育当番なくなったしな。ふふふふ」
「このことは南田会長はご存知なんですか?」
「知ってるさ。翌日アイツにだけは話したからな」
「会長さんはなんて言ってました?」
「『でかしたっ』と…」
「…なんかでもやっぱり、東海林さんとセキセイインコは可哀そうですね」
「…まあ、そうだな」
『ひのよーじん!』
―カチカチ!
ご褒美のお菓子をもらった子供たちは大騒ぎしながらお汁粉を食べている。夜のお散歩に若干興奮気味だ。寒かったのに元気でよろしい。寒さに弱い大人や老人たちはお汁粉の温かさにほっとしながら静かに会話を楽しんでいる。なかなかいい夜だ。そうか、墨田か…。墨田がいないのか?
「ハカセ、老人会の墨田さんはどうした?」
「おっ、どうした?ショウ君、墨田に『さん』づけか?」
「馬鹿だなぁ、小西君。周りにこんだけお年寄りがいるんだ。呼び捨てはさすがにマズイじゃないか」
「ハハハハ、墨田さんはノロだって。ノロウイルス」
「ほう!ほうほうほう!それは大変だなぁ、うははは。そうか、ノロか。うは」
「東海林さん、また悪い顔してますよう…」
「いやいや、堀ちゃん。心配しているのだよ。もうすぐ正月だというのになぁ。なあ、マサよ、墨田さんも大変だよなぁ?」
「ふふふふ、そうだな。しかし墨田さんも今年は下の病で苦労したな」
「うははは」
「ふふふふ」
「ハハハハ、二人とも人の不幸を笑っちゃいけないよ。ハハハハ」
「お前も笑ってんじゃねぇか!」
「ところで本上部長、『歩いてお餅を食べよう会』の準備は大丈夫なの?」
「はい、今日の午前中に使用する道具の点検はしたし、レンタルする臼や杵・自動餅つき機なども手配済みです。京北ガスさんと消防署さんとの打合せも済んでます。後は前日の食材買出しくらいですね」
「すいませんね、任せっぱなしで」
「いえいえ、堀北さんと浅井さんが手伝って下さってホント助かっています」
「そうですか。よーし、これで今年の町内会活動もひとまず終わりましたね。大きなトラブルもなくまずまずでした、ハハハハ」
「そうだな、最初のうちはどうなることかと思ったもんだが、なんとかなるもんだな」
「これも南田町会長をはじめ四人の女性部長と顧問の浅井先生のおかげだな、マサよ」
「そうだな。俺とショウ君なんぞは老人会の会長とケンカしてただけだからな」
「あれぇ、東海林さんと小西さんが心にもないことを言ってますねぇ。お汁粉じゃなくてお酒飲んでるんですかぁ?」
「何を言っているのだ、堀ちゃん。町内でも正直者で有名な俺が言っているのだ。言葉どおり受け止めなさい」
「そうだぞ、部長。嘘つきショウ君はともかく俺は素直に感謝してるぞ」
「ちょっと待て、マサ。俺は子供の頃から人の悪口と嘘だけは言ったことはないではないか。お前こそ『ホラふきマサ』の異名をもつ生来のペテン師だろうが」
「ペテン師は俺じゃない。ハカセだ」
「あれ、そうだったっけ?じゃあ、お前はなんだっけ?」
「詐欺師だ」
「あ、そうだった。あれ、俺は?」
「ただの馬鹿だ」
「な、なにおう!」
「ハハハハ、お約束の漫才はもう飽きたよ」
「は、ハカセのくせしやがって…」
「さて、年が明ければすぐに『歩いてお餅を食べよう会』、続いて定時総会の準備ってなるけど、残り三か月、健康に注意して皆さん頑張りましょう!」
「ハカセのくせに…、まあいいか。それにしてもな、堀ちゃん」
「なんですかぁ?」
「あそこで汁粉をかっ食らっているパトロール隊いるだろ?」
「はい?」
「あいつら見るとな、俺は昔小学校で飼っていたセキセイインコを思い出してしまうんだよ」
「…もういいですぅ」




