愚かな幼馴染から始まった恋
暇潰しにどうぞ
俺の幼馴染は愚か者だ。
橘誠也はそう思った。
橘誠也には幼稚園からの女の幼馴染がいる。
よく言えば一途、悪く言えば夢見がちで可愛らしい顔をした幼馴染が。
そんな彼女とは家が隣同士だったこともあり幼稚園で初めて会った時から、それなりにお互いの家で遊ぶようになった。
とは言っても恋愛感情はお互いになく、兄妹のような関係だと思ってる。
中学生になった頃、思春期ということもありあまりお互いの家で遊ばなくなった時期だ。
彼女に高校生の恋人が出来たらしい。
そんなことを彼女の親友を名乗る女性から聞いた。
図書館で本を読んでいた俺はそれを聞いて正直、へぇ、良かったな。ぐらいにしか思わなかった。高校生、というところに少し思わないことがないわけではないが、自分の兄妹に彼氏彼女が出来たからってそこまで興味は出ないだろう。
そんな俺の淡白な様子に彼女の親友はちょっと驚いた顔をしていた。
理由を聞くと、「橘は陽菜のことが好きだと思ってたから」らしい。
アホか、と思ったが、少ないとは今でも多少は互いの家を行き来しているからそう思われても仕方のないことなんだろう。
彼女の親友はちょうどいい、といい俺にこれからは必要な時以外陽菜の家には行かないで欲しい、後なるべく二人きりにならないで欲しい、と伝えてきた。
変な噂で彼女達の仲が壊れて欲しくないから、という理由らしい。
確かに、彼氏がいるのに他の男と一緒の家にいたり、二人きりになられたら評判も良くないし、相手の男を心配させるだろうと思い了承する。
俺の了承した様子を見て彼女はありがとう、と言い何処かへ行こうとする。
俺は彼女を呼び止め、名前を聞いた。
俺の幼馴染は少女漫画を愛読していて、漫画のような恋愛を現実でもしたいと考えている子だ。
そのせいか女子からはそれなりに嫌われ、友達は少ない。
そんな幼馴染の親友を名乗る彼女の名前を不思議と知りたいと思った。
彼女は俺の顔を見て一度軽く笑うと
「伊藤 志乃」
と名乗った。
あれから俺は図書館で伊藤志乃と話すようになった。
直接幼馴染に今の状況を聞いたりするのはちょっと恥ずかしいという理由もあったし、本の趣味が合うという理由もあった。
実はちょっとオタクなことや、蛇が嫌いなことなど、幼馴染にも言ってないようなことも言ったりした。
彼女も俺と同じように、実はBLに興味があったり、学校に内緒でバイトしてることを言ってきた。(バイトの理由は母親が一人で自分を含めた四人姉弟を養っているかららしい)
で、肝心な幼馴染だが俺が前よりも離れたことに悲しんでいるらしいが、その事を彼氏に慰めてもらったいるらしい。
へぇ、ラブラブだな、と俺は思ったが伊藤志乃は顔を顰めていた。
なんでか聞くと、彼氏に会った時に違和感を感じたらしい。
違和感?と首を傾げていると
幼馴染と一緒にショッピングをしてる時に彼氏に出会い、幼馴染ではなく自分の方をじっと見てきたらしい。
しかも、幼馴染がトイレで居なくなった途端、ガツガツと話し掛けてきて、連絡先とかを聞いてきたということだ。
伊藤志乃の話しを聞きながら、彼女の顔を見る。
まず、パッと見て幼馴染みたいに美人!と思うことはないだろう。
髪型は三つ編みで、メガネを掛けており、制服をキッチリ着ていることから地味という印象を抱くだろう。
だけど、よく見たら顔は綺麗に整っているし、髪も黒くツヤがある。
彼女にその時は今と同じ髪型やメガネをしていたのか聞くと、その時は髪を下ろし、メガネはしてなかったらしい。
彼女に頼んで髪とメガネを外してもらうよう頼んだ。
彼女は怪訝な顔をしたが言う通り髪を下ろしメガネを外した。
息を呑んだ。
印象がガラリと変わり、地味系少女から清楚美人系に変身していた。
これに今の地味な制服ではなく自分にあった私服を着ているとしたらとんでもないことになるだろう。
そう考えた途端、自分に対する嫌悪感が出た。
容姿が変わっただけで別人のように思えてしまった自分の心が汚いと思った。
彼女は苦々しい顔をした俺を不思議そうに見つめていたが、もういい?と言った後元の状態に戻る。
その様子に安心した俺をまた殴りたいと思った。
未だに不思議に此方を見ていた彼女になんでもない、と伝えお前が感じた違和感はそれかと聞くとそうであり、そうじゃないらしい。
は?と思うと、彼女曰く、話し掛けたりするのが慣れ過ぎてるらしい。
明らかに初対面の女性に話し掛け慣れている、と。
眉を顰める。つまり
「浮気してるってことか?」
「もしくは陽菜が浮気相手かもしれない」
彼女の答えに衝撃を受ける。
確かに俺は誰が幼馴染の彼氏になろうが大して興味を抱かないが、幸せにはなって欲しいと思ってる。だからこそ、幼馴染が浮気相手かもしれないという状況に動揺してしまう。
彼女はあくまでも可能性に過ぎないと言ったが、俺はその可能性を疑い初めてしまった。
彼女も多少なりともそう思ってるみたいで、ある提案をしてくる。
ーーーー浮気調査してみない?、と。
迷った俺は結局その提案に乗り、彼氏の浮気調査をすることにした。
その結果あんなことになるとは知らずに。
浮気調査を初めて三ヶ月が過ぎた。
まず事実をだけを言うなら黒だった。
彼氏ーーーー佐藤拓也には幼馴染の他にも四人もの付き合っている女性がいた。
幼馴染を含めると同時に五人の女性と付き合っているということになる。
初めは信じられなかったが、証拠となる写真とかなりの数となり認めざる得ない状況だった。
俺達は急いで幼馴染にこの事を伝えた。
お前の彼氏は複数の女性と付き合っていて、お前はその中の一人に過ぎない、と。
あいつ一緒にいたら幸せになれないかも知れない、と。
すると、幼馴染はなんてことない顔でこう言った。
ーーーー知ってるよ、と。
俺達は揃って目を丸くした。
驚きで硬直している俺達のことなんて忘れているのか、幼馴染ーー陽菜は笑って幸せそうにこう続ける。
自分は彼を取り巻く一人だとか、他の取り巻きと一緒に彼としたことがあるとか、曜日ごとに分けられているとか、色々買ってあげたり家のお金を渡したりすると喜ぶとか、信じられないことを幸せそうに告げてくる。
その様子に俺は初めてこの幼馴染のことが全くわからなくなった。
彼女は少々幼い恋愛感を持っていたが、誰か一人と愛し愛される関係を持ちたいと言ってたはずだ。
それが、なんだ。
一人の男の取り巻きになり、色々な物を貢いでいる彼女は一体なんだ?
彼女は何かに思い出したように、伊藤志乃を見つめる。
「あっ、それ言えばね志乃ちゃん。拓也が今度志乃ちゃんを一緒に連れてこいって言ってね。結構前に会った時に気にいったみたい。だから志乃ちゃんも一緒に拓也の彼女になろうよ!」
悪意を一欠片も感じさせない笑顔でそう言った。
俺は初めて幼馴染に恐怖を感じた。そして、伊藤志乃をこの場居させたらマズいと思った。
俺は伊藤志乃の手を握るとすぐさまこの場から逃げ出した。
後ろから幼馴染の声が聞こえるが、なんと言ってるのか聞こえなかったし、聞きたくもなかった。
気がつくといつもの図書館に帰ってきていた。
それて、今も彼女の手を握っていることに気がついて慌てて手を離す。
「わ、わりぃ。勝手に握っ…………」
ーーてしまって。
と、続くことはなかった。
彼女が俺に抱き付いてきたからだ。
彼女の体は小刻みに震えていた。
「…………ねぇ」
震える声が聞こえる、とっさに「なに?」と返すと彼女は顔を上げ、俺も見る。
「…………わたし、初めて彼女を怖いと思った。今までずっとそんな状態だったのに普通に過ごしているのも、平然と浮気を認めているのも、一緒に彼女なろう、なんて言ってくるのも、全部怖くて怖くて仕方ない!」
伊藤志乃は恐怖を少しでも緩めるようそう吐き出す。
「…………なにより、親友だと思ってたのにそんなことにも気付かなかった自分が情けないよ」
そう言ってまた、下を向く。
未だ震えながら抱き付いてくる伊藤志乃を見ながら
「俺もだよ、俺も昔から兄弟同然に育ってきたのに今まであいつのことほとんど知らなかった」
一般的には不幸と言える状態で、幸せそうに笑う彼女の笑顔が脳裏に浮かぶ。
………….。
俺は震える彼女を握りそっと離す。。
急に俺が自分を離したからか一瞬ビクッと反応し此方を見上げる。
「た、橘?」
「こんな状況で悪いけど、聞いて欲しい」
彼女の肩に手を添えながら、正面から彼女を見据える。
「俺は伊藤志乃のことが好きです」
「え、えっ、え?」
彼女はなにも言われたかわからないように驚いた声を出す。
「こんな普通の精神じゃないときに言うのも卑怯だと思うけど、言わせてもらう。俺は最初はお前のことを唯の仲の良い女友達だと思ってた。でも、この数ヶ月真剣な姿にだんだん好かれて言って、いつの間にか好きになってた」
「あ、あ、あぅ」
「さっき、陽菜がお前に一緒に来いって言った時、正直嫌だと思った。ずっと一緒に居たいと思った」
「え、いや、その」
「もう一度言う、俺はお前のことが好きです。どうか俺と結婚を前提に付き合ってください」
肩から手を離し頭を下げる。
目の前の彼女は少し慌てたようだが
「か、顔を上げて」
そう言われ、顔を上げる。
彼女の顔は夕焼けの太陽にも劣らないくらい紅くそまっており、そんな様子も可愛いな、と思った。
「わ、私、可愛くないよ」
「いや、可愛いよ」
「め、面倒くさい性格してるし」
「そんなことないし、そこも愛してる」
「あ、愛が重いかもしれないよ!」
「多分俺の方が重いと思う」
「わ、私じゃ釣り合わないし」
「むしろ、俺の方が釣り合わないと思ってる」
「ほ、本当に私のことが好き?」
「世界で一番愛してる」
彼女は飛び込んで俺に抱きつく。
「わ、私も、私も貴方のことが好きです。」
「私を貴方のお嫁さんにしてください!」
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あれから、十年、二十五になった俺は今日結婚する。
隣にいるのは当然あの時告白した、伊藤志乃、否、橘志乃だ。
幼馴染という変な縁から知り合った俺達は、高校、大学で起きた様々な問題も乗り越え、今日結婚する。
これから先も俺達には色々大変なことや辛いことも起きるだろう、けど彼女と一緒なら幸せになれると信じている。
「では、誓いのキスを」
神父の厳かな声が響く。
「誠也」
「なんだ?」
「愛してます」
「俺もだ」
俺達は唇を重ねた