友情のライン
日本には魔法使いが居て、どんな病気の子供も助けてくれると知った。
少年はそれを街の電気屋の、ショーウィンドで流れていたテレビのニュースで知った。
学校には行ったことが無いから、文字は読めなかった。 両親は産まれた時からすでに居なかった。
台車の上で一日の大半を過ごしていた彼は、またあの魔法使いのニュースが見れないかと、電機屋の前で物乞いをして居た。
もしこの小さな頃斧で断ち切られた脚が治るのなら、もう一度歩いてみたかった。
夕方には親方が、一日の稼ぎを集めに来る。 500ルピー稼がないとまた殴られる。
ムンバイの午後2時半を過ぎる頃、路面からの照り返しで顔を焼きながら、少年はまた哀れを装っていた。
ショーウィンドのテレビに、あの魔法使いが出ないかと、それだけを楽しみにして。
yuto shiratoriの出ているニュースがお気に入りだった。
ピストルの弾も弾き返し、ハマーを持ち上げて空も飛ぶ、まるでコミックのハルクのようだった。
何度も何度もニュースを見た。
看護婦のメラニーに、yutoの書かれた新聞を読んでもらった。
身体は撃たれた6歳の時から指一本も動かないから、自分で読む事は出来なかった。
10歳歳上の兄のファレルは、週に一度は必ず来てくれた。
西海岸で一番売れているとメラニーも言うファレルは、ラッパーの抗争で何度も撃たれてきた。
彼が撃たれたのは、兄に連れて行ってもらったレストランの帰り道に信号で停まっていた時の事で、
フェラーリに撃ち込まれた何発かの弾の一つが、運悪く背骨に当たった。
それ以来この豪邸の一室で、テレビを見て過ごすだけの毎日だった。
そしてyutoが彼のような子供達を、魔法で救うニュースを見た。
「I wanna go to there、、」(あそこに行きたいよ、、)
小さな声で、メラニーに呟いた。
指先で秘書を呼ぶ。
儂の口元に耳を近づける若林に要件を告げる。
「アポを早急に、だ。」
もう30年儂に仕えるこいつも、若造だと思っていたら今年還暦だと言いよった。
時の過ぎるのが最近は妙に早い気がしていた。
老人はまたテレビの音量を上げ、大画面に映る曾孫ほどの若造のニュースを見ていた。
ニュースでは若造が、儂も後援者に名を連ねる長野の片田舎にある子どもの病院で使った手品を流していた。
面白い手品だ。 老人はその価値に、100億程の値を付けてみた。
「本当に面白い。いや、本当に。」と、黄斑で黄ばみ、シミの浮いた皺だらけの顔をくしゃくしゃにして、老人は笑った。
荷物を積んだフィットを部屋の階段まで横付けするつもりだったから、転移してからタイヤが付いて無い事に気付き、僕はため息をついた。
「おかえり、ユウト。」
いつもの転移場所で、エミリアが出迎えてくれていた。
ドアを開け降り立つと、僕の胸に顔を埋めて抱き付いて来た。
「どうしたの? 何かあったの?」と、僕は心配になりそう聞いていた。
「もし夕方になってもユウトが帰って来なかったらって思ったら、少し不安だっただけ。」 エミリアは僕の腕の中で上目使いに見上げながら、そう呟いた。
僕も、もしこの異世界転移と言う現象が不意に終わったらと思うと毎日が不安だった。
「大丈夫。僕は必ず帰るから。」と言いながら、何の根拠も無い戯言だと自分では分かって居た。
「荷物が多くて、運ぶの大変なんだ。」と車を指さして彼女に言った。
「あら、ほんとね。」そう答えながら彼女は微笑んだ。
「先にバンデラスの所に行きたいんだけど、一緒に行ってくれる?」
と言う迄もなく、彼女は僕の手を引いて歩き始めて居た。
「カイルの脚、具合はどうかな?」と、僕は聞いた。
「14歳だと治りも早いのね。 もう歩いてトイレに行ってるわ。 若いって羨ましいな、、」
まるで自分が年老いているかの様に呟いた18歳のエミリアが、僕は可笑しくて笑い出した。
「何が可笑しいの?」不思議そうな顔でエミリアが僕に振り向いた。
僕は立ち止まり彼女を抱きしめて「大好きだよ。」と言っていた。
思いをその度に伝えて於かないと、いつか転移の終わりが来た時に後悔しそうで、僕は今この腕の中に感じる彼女の香りを、温かい体温を、目をつむり感じていた。
「よお。戻ったか。」丁度夕食時だったらしく、竈で肉を炙りながらバンデラスは僕にそう言った。
「カイルの顔、見に来たよ。」と僕は言いながら、奥の彼の部屋へと向かった。
「おかえりなさい、ユウト。」 足に纏わりつきながら、ミーシャが僕に言った。
「すっかり顔色良くなったね、ミーシャ。」と抱き上げ乍ら、僕は頬にキスをした。
「だめ! もう一回。」と言うとタコの様に唇を突き出してそう言った。
僕は「チュッ」と軽くフレンチキスをして、ミーシャを床に立たせた。
ノックをすると「どうぞ」と彼が言った。
「あ、おかえりなさい。ユウトさん。」と退屈だったのだろう、ユナが昨日バッグに入れて於いたらしいオイルを使い、分解した自動拳銃の手入れをする手を止めて僕にそう言った。
「お土産だ。」と、僕は言いながら彼の座るベッドの上に、ユナが用意してくれた黒いナイロンの買い物袋を置いた。
「なんですか?これ。」そう言って包みからシャツやパンツを出して、広げながら僕に聞いて来た。
「カイル、何か刃物は無いか?」と聞くと、彼はベッドの下から腰刀を出して僕に渡して来た。
ベッドにTシャツを広げて、抜いた腰刀を両手で持って刺すように振り下ろした。
シャツは破れもせず、解れてさえ居なかった。
「ケプラー繊維とか言う強い布で出来た服だ。 弓矢で狙われてもこれからはこれを着て居れば大丈夫だ。」 と僕は説明した。
「僕が貰もらっても良いんですか?」と、僕は聞かれた。
「お前の為に用意したんだ。当たり前だろ。」僕は答えた。
もう二度と血まみれのこいつの姿は見たく無かったから、これで僕も少しは安心出来ると思った。
嬉しそうにナイロンの袋から中身を出して並べ始めた。
僕も中身を確認して来た訳では無かったので、並ぶ品々を見ながらユナの気配りに少し驚いていた。
4枚の黒い防刃シャツ、同じく4着のカーゴパンツ。これも防刃なのだろう黒い指先のでる手袋と、ダウンのベストに似た首筋まで守るタイプの黒いベスト。
間を見て松本の玩具屋で買って来ようと思っていた、拳銃を腰に下げる為のホルスターまで二つ買いそろえてくれていた。
ナイロンの袋の中に、リボンを掛けた小さな箱が入っていた。
「なんでしょうね?」とカイルは言いながらリボンを外し、箱をあけてみると、掌の中に納まりそうな小さな拳銃が入っていた。 手紙を添えられて。
「うわ、これも良いんですか?」とカイルは嬉しそうに箱から銃を出した。
『誕生日知らないけど、誕生日プレゼントです。 私の愛するユウトを、これからも守ってくださいね。 ユナ』
「なんて書いてあるんですか?」とカイルは聞いて来た。
『私の愛する』部分を飛ばして、僕は彼に手紙を読んだ。
カイルは嬉しそうに手紙を受け取ると、「ユナさんにお礼言ってくださいね。」と微笑んだ。
僕は、少しだけ、彼女の中にあるはずの『友情』を疑って居た。
超えたらもう逢えない、友情のラインを。




