最後まで。
車の足元に敷いてある黒いシートを、僕は自分の頭位の太さに丸めた。
そっと丸めたシートを上げて行った。 途端に「タタンッ」と矢が突き刺さった。
僕は助手席のシートに仰向けに寝ながら、「痛いよぉ」と声を立てた。
「う、、あー、あー」と呻き声を上げながら、助手席のシートに背を預けながら、確認に来るだろう相手を待っていた。
拳銃をいつでも撃てるように構えながら、僕は呻うめき声を上げ続けた。
暫しばらく待つと、「パキッ」と言う、小枝を踏み折る音が聞こえた。
2人の狩人が、弓に矢を番えて覗きこもうとした。
僕は姿が見えた瞬間に、ドア越しに足を狙って2発撃った。 もう一人は銃声がした瞬間逃げ出していた。
森に飛び込もうとしていた狩人の、右足を狙い僕は撃った。
狩人はつんのめって顔から森に突っ込んでいた。
他に敵が居るかもしれないので、僕はドアを細く開けて、ドア越しに撃った男を見た。 膝の皿に当たったらしく、ズボンがもう血塗れになっていた。
「うう、、痛い、、うう、、」と唸りながら足を押さえていた男に、僕は銃を向けながら声を掛けた。
「おじさん。誰に頼まれたの?」と、僕は小さな声で聞いた。
「うう、、うう、、」と呻うめくだけで答えようとしなかった。
森の中の道だから、もう薄暗くなり始めていた。
歩いて戻ろうにも、矢で射られた右足は、曲げるのにも声が出る程痛んだ。
もう時間が無かった。
3発撃ったから、拳銃には残り13発。 ポケットの弾倉に15発。
日が暮れて魔獣が出て来たら、3分ともたず弾は切れるだろう。
「う、うわぁぁぁぁ」と、足を撃って森に転がり込んだ男のだろう、悲鳴が聞こえた。
魔獣の唸る声が、興奮して肉を裂く音が聞こえた。
男の声が止み、唸り声だけが聞こえて来た。
「うう、、うう、、」と、ドア越しに撃った男は呻くのを止めず。
日が山に落ちて行くに連れて、魔獣の唸り声が少しづつ近づいて来る。
僕は魔獣に喰われる位なら、、自分で死のうかと思い、銃をこめかみに当てた。
「ごめんよ、父さん。 ミーシャ。」 僕は呟いた。
窓の外の景色が、一瞬で変わった。
車で転移する度に味わう光景だったが、いつ見てもテレビのチャンネルを変える時の様に現実感を失う。
「おかえり、ユウト。」と、待ちわびて居た様子のエミリアが、嬉しそうに僕に笑った。
車から降りて抱き締めた。 エミリアの髪の匂いを、首筋の香りを嗅ぐと僕はホッとした。
もし「転移」と言う現象が唐突に終わってしまったらと思うと、僕は怯えた。
愛する女性と2度と逢えないかも知れないと言う恐怖で、僕は毎朝転移する度に怯え続けている。
「ミーシャの誕生日を、町長が祝おうと言い出して、街の人いっぱい来てるのよ。」
嬉しそうにエミリアは言った。
2人で手を繋ぎ、町長の家に向かった。
エミリアは手を離して、僕の腕にぶら下がる様に腕を絡めた。
「今日は外には出なかったんだね。」と僕はエミリアに尋ねた。
「朝からバンデラスさんは家の修繕したり、ミーシャのプレゼントを買ったりしてて、私も彼女の為にケーキ焼いてたりしてたんだ。」 と、少し前では考えられないだろう自由を、彼女が楽しんでいる様子が僕には幸せだった。
「ミーシャはもう向こうに居るの?」と僕は尋ねた。 なにせ誕生日だと言う事を今知ったばかりで、何のプレゼントも持って来て無かった。
「町長の家の大ホールで、街の子供達と遊んで居たわ。」とエミリアは微笑んで言った。
僕は何かプレゼント出来る物は無いかと考えながら、うわの空で歩いて居た。
「あ、あった!」
僕は思いつき、そう口走った。
「どうしたの?ユウト。」と、エミリアは不思議そうな顔で僕を見た。
「車の中に、ミーシャのプレゼントに良いバッグが有るんだよ。 ちょっと取りに行くよ。」
僕はそう言って、車の方に歩き出した。
「わたしも。」と、エミリアはまた腕を絡ませて甘えて来た。
日は沈んだ。
道路に一匹、また一匹と魔獣が現れ始めた。
血を流し、呻きながら怯える声に、魔獣は興奮した。
血の匂いは彼らを狂乱させて、これから始まる饗宴への期待からか、唸り声は喜びに満ちている様に聞こえた。
カイルは引き金を引かなかった。
最後まで諦めない、そんな強さをいつからかユウトが教えていた。
ふと思いつき、カイルはヘッドライトを点けてみた。 一瞬で車の前をライトが照らし、魔獣達は飛びのいた。
ヘッドライトをアップにして、カイルは割れて何も無くなったフロントから這い出して、光の中に転げ落ちた。
ヘッドライトの光の中で、肩で息をしながら拳銃を構えた。
フィットのリアシートに積んだ、ユナからもらったスポーツバックがプレゼントだった。
中身の9㎜弾は、流石にミーシャにプレゼントするには少しばかり早かった。
「このバッグ、ミーシャ気に居るかな?」とエミリアに聞いてみた。
「可愛いね。 ミーシャはユウトからのプレゼントだったら何でも喜ぶわよ。 大好きだから。」
エミリアは笑いながらそう言った。
大ホールに着き、バンデラスとミーシャを見つけて声を掛けた。
「誕生日おめでとう、ミーシャ。」そう言いながら僕はバッグを手渡した。
「わあ、 ありがとうユウト。」と言うと、しゃがんだ僕に抱き付いて、頬にキスをしてくれた。
「町長が、俺とカイルに何か恩返ししたいとな、この宴を開いてくれたんだ。」
バンデラスは照れくさそうにそう言った。
「あれ?ところでカイルはどこに居るんだ。 あいつにお土産持って来たんだけどな。」
僕は彼に聞いてみた。 そう言えば全然姿を見て居なかった。
「昼過ぎに見たきり、一度も顔をださん。 どこに行ってるんだか、、」と彼はあきれ顔でそう言った。
「おかしいな、、。」 僕はいつも一番に顔を見に来るカイルが居ないので、そう呟いた。
ヘッドライトの片方が、さっきから点いたり消えたりし始めた。
その度に魔獣は唸りを上げ、興奮していた。
ドア越しに撃った男が喰われて、餌が僕だけになったからか、魔獣の数が増え始めた。
弾は28発だけ。 まだ使う訳には行かない。
ヘッドライトが片方消えたら、光の中に身を隠そうにも幅が足りなくなる。
何か方法は無いか、考えろ、考えろ、考えろ、、
銃を握る手に汗が流れた。
「そう言えば、昼過ぎにカイルが森の方へ歩いて行ったわね。」
肺炎から助けた子の母親の一人が、思い出した様にそう言った。
宴に来ていた顔見知りの門番が居たので、僕は「カイルは戻ったか?」と聞いてみた。
見てないとの返事を聞き、僕は嫌な予感がした。
「バンデラス、森に捨てたジムニーは取りに行ったのかい?」と聞いた。
「いや、今日は街から一歩も出て無いぞ、俺は。」と彼は言った。
「嫌な予感がする。 あいつ一人で車を取りに行ったんじゃないのか?」 僕は呟いた。
「車、出せるか?」僕はバンデラスに聞いた。
「ああ、カイルが燃料を入れてたからいつでも出せる。」
僕の焦りが伝わったのか、ホールを走り出るとバンデラスも後ろを着いて来た。
「後ろを誰に照らしてもらうつもりなの、ユウト。」と、エミリアも息を切らせながら走っていた。
ハイエースのサーチライトのスイッチを入れ、エミリアは強力な懐中電灯を後ろの窓から照らした。
こんな夜に門を開ける事など考えた事も無いだろう門番に、「開けろ!」と僕は怒りながら叫んだ。
「この明かりがあれば魔獣が逃げ出すのこの前見たろう。 だから今すぐ開けろ。」
僕はアクセルを吹かしながら大声で言った。
しぶしぶ門番は門を開け始めた。
外の魔獣達は、門が開くのを見て興奮しているのか、激しく唸りを上げ始めた。
ヘッドライトをアップにすると、魔獣達は雲の子を散らすように光から飛びのいた。
車を城門から出し、門が閉まるまでエミリアが後ろを二つのライトで照らし、魔獣を追い払った。
門が閉まるのを見て、僕は車を走らせた。
カイルは痛む足を引き摺って、運転席の周りの魔獣を撃ち倒しながらボンネットに上がった。
襲ってくる魔獣を倒しながら、補助灯のスイッチを入れた。
ボンネットを転がり落ちて、ヘッドライトと補助灯に照らされた地面に倒れ込んだ。
その時、片方のヘッドライトのバルブは切れた。
「危なかった、、」と独り呟いた。
呟いたカイルを、明るい光が照らし出した。
「ユウトさん?」
カーブを曲がる前に銃声が聞こえた。
「パンッ、、パンッパンッパンッ。」と続けざまに4発。
曲がり切るとジムニーの車体に群がる魔獣の群れが照らし出された。
ヘッドライトをアップにすると、 ジムニーのバッテリーが弱まったらしい少し暗い明かりの中に、銃を構えたカイルが見えた。
「カイル、、。」
僕はこちらを見て微笑んだ彼を見て、ホッとしながら呟いていた。
背中の矢傷は血も乾き、縫わずに済みそうだった。
足の傷はまだ少し出血しては居たが、命に別状は無さそうだった。
「二人の狩人に命を狙われました。」と、カイルは初めから話し始めた。
足を撃ち、そのせいで喰われた二人の殺し屋の事を悔やんでいるカイルを知った。
「殺したのは魔獣で、お前は生き残る為に撃っただけだ。カイル。」
「また同じ事があっても、必ず撃て、必ずだ。 絶対最後まであきらめない。 良いな。」
僕は生きて居てくれたこの子に、感謝しながら言い聞かせた。
「最後まで、絶対あきらめない。」 僕はもう一度言った。
「最後まで、絶対あきらめません。」 カイルは僕の目を見ながら、そう呟いていた。
血は繋がっていないけど、もう僕には弟だった。
強い弟だった。




