カウントダウン
目覚めると、僕はあの老人と会った土手で寝ていた。
スマホの時間を見ると、午前6時32分だった。
寝ていた草地は朝露で濡れていたが、着ていたTシャツもジーンズも濡れては居ない。
いや、、寝て地面に接していた背中は濡れていた、ジーンズもお尻側は濡れていた。
まるでついさっき草地に寝かされたかのような服の濡れ方だった。
結局いくら考えても答えは見つからず、その時はただ、早く帰って空腹を満たしたい思いしか無かった。
「おにいちゃん、心配したんだよ。」 と、家のドアを開けると半泣きで妹が抱き付いてきた。
「歩いてたらいきなり消えたんだよ! お母さんたち信じてくれなくて、だから警察に行ってお巡りさんに話したんだけど、やっぱり信じてくれなくて、、」
泣き出した妹の声に、土曜日で休みだった父親が居間から出てきた。
「お前は連絡も無しで、どこ行ってたんだ。みのりは心配して警察まで行ったんだぞ。」 と、苦々《にがにが》しい表情で父は聞いてきた。
説明しようにも信じてもらえそうも無いし、自分自身も昨晩の事が、夢では無いと言い切る自信が無かった。
何も証拠が無いし、空腹なのを除いて体に何の異変も無いし。 これがラノベの異世界ものなら、左腕に魔が宿ったり翼が生えたりで、父親の度肝を抜かさせる事も出来たんだろうに。
「何か気付いたら、穂高川の土手で寝てたみたいなんだ。お腹空いたから、何か食べる物無い?」
説明らしい説明も出来ず、我ながら情けない説明の言葉しか出て来なかった。
「おにいちゃん何も食べてないの? 何か作ってあげるから、私にはちゃんと説明してくれなきゃ許さないからね!」
父は頭を掻きながら居間へ戻って行き、妹は「おにいちゃん汗臭いから、お風呂入ってきたら。」と言いながら、キッチンへ行った。
家族の顔を見て、いつもと変わらない日常に戻ると、昨夜の全てが現実感を失っていった。
僕は風呂に向かいながら、記憶障害とか脳の腫瘍とかの心配をしていた。昨夜の事が幻想なら、自分の頭の中を疑うしか無くて。
スマホを洗面台に置きTシャツを脱いだ、ジーンズを洗濯機に入れようとした時に何か硬い物が床に落ちる音がした。
屈みながらそれを拾い、何を落としたのかと洗面台の灯りの下でよく見ると、潰れた金色の金属たった。
慌てて残りのポケットを探ると、銀色の金属片も見つかった。
「夢じゃ、無かったのかよ、、」
僕は急いでスマホの電源をオンしてディスプレイを見た。
表示は『10:08:42』。 またタイマーがカウントダウンを始めていた。 何をタップしても停止せず、たた刻々と残り時間が減って行くだけだった。
これがゼロになった時に何が起こるのか、僕は悪い予想しか出来ないでいた。
風呂から出ると、妹が炒飯を作って待っていた。
みのりは何か言いたげではあったが、食卓の向かいに座り、頬杖をついて無言で僕の食べる姿を眺めていた。
「ねえ、食べたら部屋で説明して欲しいんだけど。」
食べ終わるのを待って、みのりは呟いた。
「良いけど、僕もまだ何が起きたのか、全部は理解出来てないんだよな、、。」
僕は食べ終わった皿をみつめながら、あれを話せば妹に、気が狂ったと思われるような気がしていた。
「おにいちゃん、珈琲を入れて部屋に持ってくから、先に行ってて。」 と言いながら、みのりはお湯を沸かし始めた。
硬いベンチで寝たからだろうか、とにかくベッドで横になりたかった僕は「分かった。」と、上の空で返事を返し部屋に向かった。
ベッドに横たわり、ポケットから2つの金属片を取り出した。あれが現実だった事を証明するには、それは頼りない証拠だった。
知らない者が見たなら、ガムかお菓子の包み紙にしか見えないだろう。
ノックも無く、マグカップに淹れた珈琲を片手にみのりは入って来た。 珈琲をベッドサイドのテーブルに置きながら、フローリングの床に座り込む。
「さあ、約束だよ。一体何があったのか最初から話して。」
目の前で僕が消えるのを見て、一睡も出来ずに心配してくれてた妹なのだから、話さない訳にはいかないだろう。
僕はサイドテーブルにスマホと2つの金属片を置くと、昨晩体験した出来事を最初から話し出した。
途中『魔魂換金所』での話をする時には、テーブルの2つの金属片を渡して、満足するまで観察するにまかせた。
スマホで撮った換金所の写真を見せた時は、画像を拡大し時間を掛けて細部まで確認していた。
ただ、老人の描いた不気味な絵について話しはしたが、画像だけは見せなかった。 みのりは「なぜ?」と問いながらそれを見たがったが、観る事で転移させられる危険がある事を話し、それを断った。
土手で寝ていた辺りまで話すと、もうすっかり冷めてしまった珈琲を、ようやく口にした。
みのりはスマホのタイマーが、再びカウントダウンを始めている事をひどく心配していた。 また僕が消えてしまわないかと。
みのりは何かを思い付いたらしく、僕に出掛けようと言い出した。 腕を引っ張り連れ出そうとする。
「おにいちゃん、『アルペン』に行こうよ。」 と、近所にあるスポーツ用品店へ行こうと言い出した。 何故かと聞く。
「もし今夜も向こうに行っちゃったら、テントとかのキャンプ用品あったら便利じゃ無い?」
「確かに2日続けてベンチで寝るのは辛いな。」
スマホのカウントダウンタイマーは、『07:43:31』を表示していた。
アルペンに向かう途中、同じ国道沿いにある店の前で立ち止まった。そこは、貴金属とブランド品を専門に買い取るチェーン店だった。
「おにいちゃん、あれを調べてもらうつもりなの?」 と、察しの良い妹は店のショーウィンドウを覗きながらそう言った。
「貯金もあまり無いし、もしあれが売れれば助かるんだよな、、、」
大学生の時にバイトで貯めた貯金など7万そこそこしか無くて、もしもあれが売れればと、ダメ元で寄る気になっていた。
僕は縋る様な気持ちで店のドアを押した。