恐ろしい宝くじ
僕は日本に向かって飛んでいた。
ジムニーの車内で、いつでも潰せるように銀魂を手にしながら飛んでいた。
それは強力な魔力を持つ『金魂』では無く、偶然ポケットに入っていた銀魂を使っての飛行だったから、いつ魔力が切れても対応出来るようにする為だった。
ある程度高度を取って於かなければ、100メートルや200メートルの高度では、魔力が切れた瞬間に地面に突っ込む恐れがあった。
なにせ時速600キロは出ているのだから。
高度を雲より少し低く取り、僕は松本市へと向かっていた。
予定していたよりも少し早く着けそうだったので、僕は下から見られるのも覚悟の上で、記者会見の会場である弁護士会館の上空で道路や駐車場を偵察した。
会館の駐車場には、放送局のロゴの入ったマイクロバスや取材車が、少なく見積もっても100台は停まっていた。
早くもジムニーに気付いた局のカメラは僕を撮り始めていた。
中の状況を細貝弁護士に電話をして聞いてみた。
「中は海外のメディアまで入れたら大変な混みようです。 一応警備の為か警察も来ては居ますが、自衛隊は見当たりません。」 との事だった。
5分前まで待って、僕は駐車場に車を下した。
降りる前から取材陣に囲まれてなかなか進めそうに無かったので、結界を少し広げて歩き出した。
「今、白鳥さんがバリアーの様なものを張った模様です。 近づけません。」などと、彼らには見えない何かを、レポーターはそれぞれのカメラに必死に説明をしていた。
大会議室はほぼ満席に埋まっていた。
僕は壇上で待つ細貝弁護士に近づくと、苦労を労ねぎらい握手をした。
時間になり話し始めると、一斉にストロボが光り、レポーターが慌ただしくそれぞれに質問を始めた。
慣れてなどいないはずの民事専門の彼が、モニターに動画を映し説明を始めると。
素人目にも論旨、責任の所在の追及、僕がいかに被害者であるかの説明を、それは見事な手腕で説き、訴えて行った。
この短時間に良くもこれ程の資料を集めたなと、僕は逆に呆れていた。
政府発表の「県知事要請での出動」の、知事の要請が自衛隊の出動の後に出された文章である証拠から始まり。
出動したはずの松本駐屯地の普通科は一切動きの無かった事を、近隣の防犯カメラの映像を集めまくって証明もした。 さらには隊内文書のコピーまで用意して証明もした。
しかも、習志野の特殊作戦群と言う防衛省直轄の特殊部隊員たちが、普通科の制服を着て活動していた事を映像で証明し、恐ろしい事に撮られた全隊員の特殊作戦群の部隊内写真や身分証明書まで入手していた。
さらにはヘリを操縦していたアメリカ兵の名前と階級、付け加えて小さい頃からの写真まで入手して、 マスコミの映像と照らし合わせて証明してみせた。
彼が2009年以降からCIAの作戦に関与して来た写真付きの証拠まで出して来た時は、マスコミ各社が大声で「情報の入手方法は?」「どこからの情報ですか!」「なぜCIAの機密文書のコピーをあなたが?」などと、僕の記者会見なのか、細貝弁護士の記者会見なのか分からなくなる程の騒ぎになっていた。
僕は壇上で話す彼を見ながら、とんでもない宝くじを当てた様な気がしていた。
弁護士の細貝は、最後に僕の撃たれた経緯が分かる、あの時撮った動画を映し始めた。
マスコミ各社もこの映像は何度と無く放映されて来たものだったので、特に興味も無さそうに見ていた。
あの時撮った映像をふいに止めて、もう一つのモニターに背広を着た、ある人物の写真を映し出した。
彼は止めた動画の映像を、その場でノイズ除去処理していく画像を映し始めた。
怒鳴る自衛官の後ろで静かに立っていたその男は、誰が見ても背広の人物と同一だった。
「なぜここに、自衛隊の服を着て内閣情報官の青木洋二氏が居たかについて、明日国会質問がなされる予定です。」
マスコミは一斉に電話を掛けはじめ、現場は大騒ぎになった。
「細貝さん。それが何で問題なんですか?」 と僕は小さな声で聞いた。
「総理や内閣は何も知らなかったと発表したんですけどね、それが嘘だって証明したから、大騒ぎになったんですよ。」と微笑んだ。
「つまり?」とまた聞くと。
「内閣を総辞職させて、ついでに賠償額を吊り上げようかと、、」 と笑い出した。
恐ろしい弁護士を雇ってしまったものだと、僕は苦笑した。




