カフェテラス
寝てる間に何度も着信があったようだったが、ミーシャを助ける為に徹夜だったので、僕はついさっき起きるまでそれに気付かなかった。
瑠奈からの電話だった。
昨日の礼を言うつもりで電話をしたら、「一体何が起こったの? お礼は良いからちゃんと説明しなさいよ!」と捲まくし立てられた。
二度も酷い裏切りの末別れた相手だ、普通なら無視されて当たり前なのに、彼女は抗生物質を用意してくれた。
午後3時に彼女のマンションに来て説明しろと言われても、僕は断れる立場にはあるはずも無かった。
この二日間で、バンデラスから渡された皮袋が3つもあり、そろそろ邪魔にもなって来ていたので、いつもの貴金属買い取り店に立ち寄った。
何せ袋が重いので、タクシーから3往復してカウンターに置いた。
「あの、これ全部そうですか?」 と、店長は額に汗を浮かべながら聞いてきた。
「ちょっと用事があるのでまた預けて行きます。 夕方の5時には寄りますから、査定お願い出来ますか?」
僕がそう言うと、店長は引きつった笑顔で「あの、現金でご用意しますか?それとも振り込みで?」と聞いてきた。
僕は微笑みながらこう答えていた。
「それならまた、現金で。」
手の中で、二つの『銀魂』を転がしながらエミリアの事を考えていた。
玉は昨日バンデラスの家で、点滴の合間の時間潰しに借りたまま持ってきたモノだ。
何を異世界に持って行けば金になるのか、そればかり考えていた。
あの女主人からエミリアを買い取る事。そして彼女を村に送り届ける方法も、何にせよ先立つものが無ければ動きようが無かった。
松本にある大学病院のそばに瑠奈のマンションがあった。
約束の3時までは時間があったので、運転手に頼み中古車屋に寄ってもらった。
ポケットに一部でも入っていたら、転移して持って行けるのが毛布で大丈夫なら、車でも可能どうか試してみたかった。
もしも車が大丈夫なら、転移の時に大量に物資を持って行ける。
駄目でもこの世界でこうして移動の度に、タクシーを呼ぶ手間だけは省けるだろう。
『乗って帰れます。』の看板のある中古車屋だった。
僕は店に入ると、目を付けた黒いホンダのフィットを売ってもらった。 ただ初めて車を買ったので、『住民票』と『車庫証明』が要ることを知らなかった。
店員はナンバーは付いていて乗って帰れるのは本当で、明日書類を届ければ問題ないと言う。
僕は諸費用込みの48万8000円を現金で払い、松本に向かった。
途中スーパーに寄り、病み上がりのミーシャに食べさせようと、フルーツの缶詰とチョコレートを大量に買い込んだ。
約束までは少し早かったが、瑠奈のマンションの近くの有料駐車場にフィットを入れ、久し振りに松本の街中をブラブラする事にした。
城下町の松本は外国人の観光客が多く、コーヒーを飲もうと寄ったスターバックスの店内にも何人もの外国人を見かけた。
2階が満席だったので、僕は外の通りに面したテラス席に座り、小一時間の待ち時間を潰すつもりになっていた。
もうすっかり癖になった掌の中で二つの銀魂を転がして、カチカチ鳴らしながらラテを味わった。
平日の天気の良い、穏やかな昼下がりだった。
それは突然に起こった。
ショッピングモールの駐車場に入って来た銀色の大きなハマーが、突然スピードを上げて次々と買い物客を撥ね飛ばし、停まっている車を擦りながら走っていた。
まるで映画の中のシーンの様だった。
テラス席の外の外国人も、スマホで撮り出す者も居た。
みんなどこか頭の中で、自分は関係ないと。 それがテラス席に突っ込んで来るとは思わなかったんだろう、まだ座って見てる者さえも居た。
巨大なハマーのグリルが、目の前に突っ込んで来るまでの時間など、ほんの数秒だったろうか。
気付いたら、鼻先にそれは来ていた。
反射的に握りしめた掌中で、珠の潰れる感触がしたのを覚えている。
次の瞬間には物凄いエンジン音のしているハマーを、バンパーを持ち逆さに持ち上げていた。
タイヤが空転しているのが分かったから、地面に置いたらまた走り出すだろう。
僕は大きな声で 「そこ、ちょっとどいて! これ置くから!」とスマホで撮っていた大学生風の二人連れに声をかけた。
ゆっくりと、タイヤが上を向くように、ハマーを逆さに置いた。
重さ2903キログラムのハマーを。




