諸刃の剣
安曇野市迄は直線距離で200キロも無かったので、2分少々で着いては居たが。
板井電気に入るには、3分少々の心の準備が必要だった。
「おにいちゃん、ここあの変なおじさんが居る店だよね?」
みのりは気味悪がって、商店街の上空に停めた車から降りようともしなかった。
確かに気味が悪いのも頷けた。
ショーウインドゥに飾られた液晶テレビを取り囲み、色んな美少女フィギュアが並んでいた。
時々自転車に乗る二代目の店主は肩まで届く長髪で、薄く茶色い色の入ったセルフレームの眼鏡を掛けて、アニメの主題歌を口ずさむので有名だった。
長髪を許せなかったのは、その頭頂まで禿げ上がった額にバンダナを巻く姿への苛立ちなのか?
それとも東大まで出ておいて、アニメファンなのを隠さず生きるその生き様への苛立ちなのかは分からなかったが。
どちらにしても地元では、老若男女を問わずに知られた変わり者だった。
「ごめんください。」 と僕は、恐る恐るサッシのドアを開けながらそう言った。
「いらっしゃいませ、なのです。」
何故か血がざわついた。
『なのです。』に、イラッと来た。
「あの、細貝先生に言われて来たんですが、、」
僕はバンダナを巻いた落武者を、見ないように俯きながらそう言った。
「知っている、なのです。」
何だろう、このイラッと来る感じは。
彼は苛立ちと共に、カウンターの上にトランシーバーの様な物を二つ取りだし並べていた。
「細貝君に頼まれて用意した、なのです。 盗聴不可能な、衛星電話なのです。」
もう良い歳をした彼は、そう説明した。
どうしようもない苛立ちを覚えながら、僕は店を後にした。
車に戻り、上空で待つみのりと合流した。
「みのり、これ衛星電話だって。番号は裏にシールで貼ってあるから。」
僕はそう説明した。
「おにいちゃん、何か機嫌悪そうだけど大丈夫?」
僕の事を良く知るみのりには、言葉の響きだけで気付かれていた。
「あの店ね、行ったら分かるけど何かイラッと来るよ。」
僕はみのりにそう言った。
「私は恐いから止めとくよ。」
彼女はそう言った。
何かスッキリしないものを胸に抱えたまま、僕らはロスアンゼルスへと向かった。
ロスアンゼルス市長のフランク・L・ポールソンは、911でも標的にされたUSバンクタワービルが、厳重な警戒の目を掻い潜ったテロリストの手に因って燃える姿をテレビで見ながら、力無く項垂れた。
まだ上部階に7400人もの人間が取り残され、運の悪い事に改修中だったヘリポートは使えず、しかも風速15マイルの強風で軍のヘリでの救出も難航していた。
火はじわじわと上部へと燃え上がって居た。
任期中にこの様な災難に見舞われる不運を、今は呪っていた。
秘書のアドバイスで呼んだ、あの日本の空を飛ぶ女性を目の前にして、期待した自分を憐れに感じていた。
スレンダーな眼鏡姿の彼女を見て、報告を受けた国際空港での出来事など今は信じられなくなっていた。
この細身の女性が、機体は小さいとは言えジェット機を、超能力で浮かして運んだなどとは信じられなかった。
「信じられないのは分かります。でも事実ですよ、市長。」
彼女は突然、流暢な英語でそう言った。
「何のことですか?ミズ白沢。」
市長はそう聞き返した。
夢にも心を読まれたなどとは思いもせず、偶然だと思いながらそう言った。
「私がファレルのジェット機を運んだ事を、疑ってらっしゃいましたよね?」 彼女はそう言った。
(まさか、、有り得ない。)
「まさか、ありえないと、まだ信じられませんか?」
彼女は微笑みながらそう言った。
ポールソンは、事実を受け入れるしか無かった。
今はこの女性にすがるしか、あの取り残された7400人の人間を救う方法は見つからなかった。
彼は意を決し、ロスアンゼルス市長として話始めていた。
「救助を要請したい。ミズ白鳥」
彼はそう切り出していた。
太平洋上空を飛びながら、僕は思い出していた。
それは残骸と化した家の姿と、テレビで見た両親の運び出されていく姿だった。
背後にアメリカ政府の意向が在ったと言う、あのヘリコプターの墜落事故。
当然関与を認めないアメリカ政府からの謝罪は無く、あったのは防衛省の謝罪と、取って付けた様な防衛大臣の「遺憾」と言う言葉だけだった。
憎しみが無いと言ったら、それは嘘になる。
ただそれを向けるべき矛先を、罪の無い市民に向けそうになった自分が居た。
救わないと言う選択肢をとったなら、それはUSバンクタワービルを爆破して燃やしたテロリストと、何も変わらない。
『魔魂』と言う強大な力を持ちながら、使わないと言う選択をしたなら、それはテロなのだと今は気付いていた。
僕は先生に言われた瞬間、それを知った。
力はそれ自体、両刃の剣に成りうるのだと。




