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鮫島くんのおっぱい  作者: とびらの
第二部 鮫島くんとあそぼ

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梨太君の謀略

 梨太の腹の上で、岩浪はぎょっと顔を上げた。

 

 扉が開け放たれ、どかどかと騒々しい足音、その数、二十人を超えるだろうか。

 仰向けになった梨太の目に、まず飛び込んできたのはピンクのパンツだった。


 女が、キャアと妙に余裕のある悲鳴をあげる。だがそれは、スカートスーツを見上げられたことではない。扉を開けた先に展開していた、その光景にである。


「なっ……なんてことでしょう! ホントにっ……わ、わたし今まさに、目撃してしまいましたっ! す、スクープよっ! カメラ! 写真! はやく来てっ!」


「……はっ?」


 岩浪の目が点になる。


 梨太はホウと嘆息した。梨太にまたがった姿勢のまま、呆然としている彼に一応、親切心で言ってやる。


「とりあえず退いたほうがいいんじゃない? この状況、記事に写真が載ったら親が泣くよ」


「なっ……なに? なんだこれ」


 呟きながら、のそのそと体を離す。梨太も起き上がると、手首や肩を回しストレッチした。馬鹿力と拮抗したせいで、体中が痛かった。


 岩浪の疑問に答えるように、記者たちがなだれ込んでくる。広々としたスイートのリビングルームは、あっという間に埋め尽くされて、ボイスレコーダーつきのマイク、怒号と質問、カメラのフラッシュが岩浪に突き付けられていく。


「なに? なん? なえ?」


「岩浪さん、岩浪継嗣さんですね? イニシアチブ・スクールの理事であり少年学業救済の名士、岩浪さん!」


「は、はひ? はい……」


「わたくし目撃いたしました、あなたが少年を押し倒しているところをっ! 同意だとは言いませんよね? やめて助けてという悲鳴もこちら、バッチリ扉越しに録音させていただいてますっ!」


「ひ……」


「あ! どうも、申し遅れましたわたくし、週刊ビッグウェイブの佐伯と申します、さあさあ話を聞かせてください。岩浪さん、お返事を! 見たところ彼は未成年、もしかして高校生? そして男の子! まあたしかに可愛らしいですけども」


「あー、岩浪さん、こっちにも声をお願いします。霞ヶ丘ペーパーでーす」


「こら押すな、カメラがブレるだろ馬鹿野郎」


「ひ……ひ、いっ」


 岩浪は喉をひきつらせ、壁にもたれかかりのけぞった。記者たちの追及はやまない。彼を取り囲みさらに質問を重ねていく。


「はいこちらゲンダイ新聞、我々は公正で、公平な報道をモットーとしております。

 えー、タレコミというか、そちらの被害者少年から夕刻にお電話がありましてね。本当ですかね?

 インターネットに投稿された映像の個人情報をタテに未成年を脅迫、部屋に連れ込もうとしたなんつって、きっぱりと犯罪ですけども、反論があるならどうぞどうぞ」


「はいはい、お世話になります西芝TVのスイッチ! の山辺と申しまーす。しかも配信されてた画像ってのも元々青少年保護法違反のもので、岩浪さんはそういった画像や動画を蒐集しゅうしゅうなさっていると。非常に悪質なもので、児童ポルノにも引っかかる可能性も。しかもしかも、それが全部、男の子に偏っているとかなんだとか」


「そういえば岩浪さん、管理されている学園は男子校ばかりとなっておりますが、そのあたりの理由ってなんだったんでしょう?」


「ひ……っ、ひいいいいいいいいい」


 岩浪は記者たちを突き飛ばすと、脱兎のごとく逃げ出した。続き部屋まで駆け抜けて、ダブルベッドに飛び込みシーツをかぶる。記者たちはさらに追いかけた。


「なんで……なんでええええええ」


 布の山がぶるぶる震えている。


 梨太は元位置に立ったまま、集団移動を横目に眺めていた。ポケットからスマホを取り出して、ずっと通話状態にしていたものを停止する。その通信は、一番最初に電話を掛けた新聞社につながっていた。


 ふと顔を上げると、扉口に、記者たちとは雰囲気の違う男が二人いた。見知った顔である。梨太は気軽に片手を上げた。


「ドモ。お久しぶりです、吉澤巡査部長」


「……警部補だ。五年もありゃ、出世もするさ」


 中年男は、苦い顔で梨太を見下ろす。床に落ちていたカードのようなものを拾い上げ、あきれたように嘆息する。


「錠のところに張り付けておいて、オートロックがかからないようにする小細工か。推理小説で見たことがあるぜ」


「あ、たぶん同じの読んだんですよ。趣味が合いますね」


 にこやかに言うと、吉澤はさらなる深いため息をついた。


 後ろの青年は梨太も知らない人物だった。若い刑事は目を白黒させていた。

 吉澤という男もまた、現状を理解しているわけではない。髪を掻きむしりながら、ひどく億劫そうに言う。


「何の騒ぎだ、これは。俺ァ名指しで、暴行サレなう、現行犯逮捕キボンヌなんてクソみてえな通報電話を受けて駆け付けたんだぞ」


「嘘はついてないよ。まぁ電話かけたのはこの部屋に入る前だけど。だってしょうがないじゃん、被害届け出して受理されて捜査令状、なんて待ってたらヤられちゃう」


「言い方ってもんがあるだろ。電話受けたやつは完全に悪戯だと思ってたぞ」


「それでも無視できないのが少年課ってやつでしょ。それに吉澤さんなら、僕からの通報だってわかってくれると思ったもの」


 にっこり、笑って見せる。


 吉澤は苦虫をかみつぶしたような顔で、若い刑事を振り向いた。


「おう、この町に赴任したならコイツの顔を覚えておけよ。万引きでも立小便でもやらかしたら即しょっぴいて、そこから過去の件まで洗いざらい尋問してやるんだからよ」


「やんないよー。マークされてるのわかってるもん」


 梨太は手をひらひらさせた。クソガキが、と毒づく上司に、青年は疑問符を顔面いっぱいに浮かべた。


「あ、あの……吉澤さん、この少年は……」


「……北見信吾だ。五年前の北海道、『あの事件の黒幕』。今は名前を変えてるがな」


「! き、きたみっ……」


 しっ、と人差し指を立ててみせる。


「やめてよ、こんだけ記者がいるのに。今日の主役はあっちの脅迫、暴行犯」


「あ? お前、こんだけ大騒ぎにしといてイチ被害者で逃げるつもりか?」


「未成年への性犯罪だよ、撮影も取材もできるわけないじゃん。あのひとも馬鹿だねえ。被害者がその気になれば問答無用で人生オワるのはあっちのほうなのに。自分の籠のなかで、行き場のないコドモたちと、僕を一緒にしたのが間違いだね」


「……なんで、マスコミを呼んだ?」


 吉澤の問いかけに、微笑みを浮かべたまま答える。


「だって騒ぎにならないと、警察さんは動きが鈍いじゃないか。男児への性犯罪未遂なんて成立させるの難しいだろうしさ」


「……警察が信用できねえのか」


「いえいえ。だったら呼んでませんよ」


 梨太はきっぱりそう言って、着衣の乱れをいまさら直した。髪もボサボサ、汗で張り付いて気色が悪い。


「あのひと、脅迫のタネを持ってるんですよ。マスコミに取られるより前に、それを没収してもらえません? 現行犯逮捕で拘束したら、間違っても一回自宅に帰すとかしないでくださいね。データは自宅にもあるだろうから。とりあえずは暴行の件で尋問してる間に、改めて脅迫の被害届を出します。たぶん、余罪もたっぷりありますよ」


 スマホとは反対側のポケットから、ボイスレコーダーを取り出した。指先でコツコツ叩き、梨太は静かに言った。


「ここでの会話は録音してます。当人に無許可なんで裁判の証拠品には出来ないかもしれないけど、宅捜索にこぎつける令状は降りるかと」


「あ? なんだそれ、余罪って……ほかの、子供たちの?」


「たぶんね。コレクションとか言ってたから。とりあえず未成年への飲酒幇助と淫行は言質取れてるので、足がかりにでも使ってください。

 ああそうそう、言うまでもないけども今回の件、被害者情報を漏らしたりなんてしないでくださいね? また警察不祥事になりますよ。五年前、あんたらの無神経な聞き込みのせいで、僕の名が出回ったのをお忘れなく」


「……勘弁しろよまったく、どっちが『脅迫者』だか」


 吉澤はガリガリ頭皮を引っ掻くと、被害者調書を取るからパトカー乗れと指示してきた。素直にうなずく梨太。


「夜のうちにホテルに帰してください。明日、大事なイベントがあるんです」


 念を押し、いったん自室に戻るため、踵を返した。その背中に男の話声が届く。


「……いいんですか、野放しにして。黒幕、って、ホントにあの子が」


「証拠がねえんだよ。つか、そのアダナで疑ってるのは世間様だけだ。警察はむしろ、あの子を被害者と認識してる」


「でもあの態度、年相応ってのからかけ離れてますよ。脅されて襲われかけて、それであんな冷静に。頭まわりすぎでしょ、案外ほんとに――」


 聞こえておりますよ、と胸中で呟く。そして足をはやめ、聞こえない位置にまで退避した。


岩浪はギャグキャラ。

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