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鮫島くんのおっぱい  作者: とびらの
第二部 鮫島くんとあそぼ

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鮫島くんを訪ねて

 自転車を回収するため、くだんの『お好み焼きプラザビル』に到着した梨太はアレッと声を上げた。隣で虎も同じような表情をしている。


「犬居さん? まだここにいたの?」


 飲食店ビルの入り口、目を引く鮮やかな赤い髪に赤銅色の瞳を持つ騎士が、軍服姿でそこにいた。

 

 犬居も目を丸くしキョトンとしたが、それはむしろ、梨太に驚かれたことに対しての驚きだった。


「まだ、ってなんだよ。俺が団長を置いて帰還するわけねえだろ」


「だんちょー、まだいるのか?」


 虎がさらに驚いて尋ねる。犬居はまたへんなかおをして、


「そりゃ、いるよ。まだ仕留めきれてねえんだから」


「えっほんと?」


 梨太の反応に、犬居は曲解したようである。不機嫌な声音で、


「なんだよ、仕方ねえだろ。三日がかりでバルゴを見つけて、ようやくこのビルに追いつめて。すぐに虎が出ていって、そこからそんなに時間たってねえんだぞ。野生の獣は手練の傭兵よりもよっぽど危険なんだから――」


「そうじゃなくて、僕たちさっき蝶さんから、鮫島くんはもう戦闘を終えて引き上げたって聞いたんだけど」


「蝶が? ……そうか」


 犬居はすぐに合点がいったらしい、なにか神妙な顔で目を伏せた。眉間にしわを寄せてうつむく。

 梨太は首を傾げた。


「えっと、もし居るなら、僕、会いたいんだけど。まだ戦闘中、なら近づかない方がいいよね。ここで待っててもいい?」


「……い、……」


 顔を上げた犬居が、「いいけど」の形に口を一度ぱくぱくさせたのを見逃さなかった。しかし彼は厚みのある唇を閉じ、わざとへの字型に曲げて、


「なんでお前が出しゃばるんだ。今回はぜんぜん関係ないだろ。目障りだ、子供はとっとと帰れ」


「もう成人の学年だよ。犬居さんも鮫島くんも見た目変わらないじゃん」


「俺はお前より六つも上だ!」


「僕は年齢だけでへりくだらない主義なのです。サン付けしているのは敬称ではなくただあんまり仲がよくないからってだけなのです」


「なんだとこのクソガキっ――」


「あれ、犬居さん僕と仲良くなりたかったの? なぁんだそれじゃあ早く言ってくれたらいいのに。いいよ今日からマブダチで。とりあえず友情の証にお互いアダナで呼びあおうか。僕はそっちを犬野郎、僕のことはご主人様って呼んでもいいよ」


「誰が呼ぶかっ!」


 毛を逆立てて叫ぶ彼は、まさに小型犬のようにいじましい。赤い髪に、ポメラニアンを思わせる愛嬌のある顔がたちで、丸い目を剥いてきゃんきゃん喚く。

 相変わらずからかうとおもしろい男である。


 梨太は高らかに笑い、


「うん、やっぱり漫才するなら犬居さんだよね。鮫島くんだと僕の方がツッコミ役だし虎ちゃんは人の話聞かないし。ちゃんと全部聞いた上でまじめに怒ってくれるのは犬居さんくらいのもんだもの」


「ひとを怒らせて楽しむなっ!」


 また、眉を跳ね上げて叫ぶ。こういうところが面白がられてしまうのだと、梨太は客観的に、確信した。


「で、なんだ、結局だんちょーはまだ中ってのは間違いないんだな」


 逸れかけたものを、虎が戻してくれる。彼は鋭さのある金色の目に何か獰猛なものを浮かべた。


「……蝶のやつどういうつもりだ? おい犬居、あいつはどこだ。ちょいと捕まえてくる」


「路地のほうだろうけど、やめとけよ。悪気があったんじゃなく、コイツを心配してのことだろう」


 虎がまた眉毛を上げた。


「はあ? 戸口で待ってろっていえば済む話じゃねえか。嘘つく理由がねえ」


「じゃあコイツの服についた血はなんだ? お前と一緒にいるのも、現場にしゃしゃり出てきた証拠だろ。大体、戦場っていうならこの町全体がそうだ。……なんだか知らねえが、いまバルゴはこの霞ヶ丘に集中して、人を襲ってる。どこに潜んでるのかわからないんだから」


「だったらなおさら、リタがどこにいたって一緒じゃねえか。俺やだんちょーみたいな強い騎士がそばにいたほうが護衛ができる」


 理論的に返されて、犬居がウッと言葉を詰まらせた。


 虎の、なんら繕うことのない単純明快な理論は、時としてこれ以上ない正論となる。虎は犬居を黙らせるとすぐに踵を返した。

 蝶を探しに行ったのか、それともつまらなくなって立ち去ったのかはわからない。黙って、どこかへ消える。


 梨太はなんとなくその背中を追いかけることもなく見送った。半ばあきらめて、自分も帰還しようかとも考えた時。


「おい。団長に会いたいなら、裏口から覗け」


 犬居がひどく意外な発言をした。


 いつものように仏頂面、愛嬌のある顔立ちに愛想のない表情で顎をしゃくり、梨太を、お好み焼きプラザビルの裏手へと導いていく。


 梨太が呆然としていると、振り返って、わざわざ手招きまでしてくれた。


(……はて。どういう風の吹き回し?)


 首をかしげながらも、とりあえず渡りに船。ありがたく、梨太は犬居のあとを追った。


 大きなテナントビルだった。

 ワンフロア二百平米といったところか。七階建てで、もともとは名前の通り、全フロアが鉄板料理のテナントで占められた、飲食店ビルであったらしい。そういえば数年前にブームがあったなと思い出す。しかしそれが廃れた現在、まるで廃ビルのような印象になってしまっている。


 入っているテナントもあるはずだが、時刻が半端なせいだろうか、ビルそのものにひと気が感じられなかった。


 テナント募集の張られたビル正面からぐるりと建物をまわり、ちょうど反対側に、ちいさな鉄の扉があった。従業員用だろう。


 ――梨太はふと、三年前、こんな扉を背にしたことを思い出した。

 天を衝くほど大きな男と、その肩に担がれた、血まみれの青年――


 犬居は梨太を振り返ることもなく、扉を引く。開くと、すぐに、まっすぐに伸びる急な下り階段があった。


 もとは、ライブハウスでも入っていたのかもしれない。打ちっぱなしのコンクリート床だが、やけに派手な壁紙が張られていた。


 二十段ほど下ると、すこしだけ広い足場になっている。

 泥に濡れた靴で何度も踏まれた汚いマット。

 また鉄製の、今度は大きな二枚扉。


 犬居は少しだけ、扉を開いた。梨太の顔の半分ほどの隙間。一度彼がそこを覗き、なにかを確信すると、梨太を手招きする。

 ここから覗けという。

 彼の導きのままに、梨太はそこへ、顔を寄せた。


 そして赤い海を見た。

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