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鮫島くんのおっぱい  作者: とびらの
第二部 鮫島くんとあそぼ

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虎ちゃんと猥談

 虎は公園の建立記念碑を容赦なく踏みつけると、それを足場に、楠木くすのきへ飛び移った。

 両足をぶらつかせ、上半身の筋肉だけでどんどん上へ上っていく。


「おおーすごい」


 梨太の歓声に、枝の上でキメポーズ。相当のお調子者だ。


「あーそっか、そういやお前、鹿が男の時しか見たことねえんだよな。んじゃよくわかんねえか」


 木の上から声を降らせてくる。


 見上げても夏の青葉に隠されて、細身の騎士の姿は見て取れなかった。おそらく彼からも梨太の姿は見えないだろうが、それにかまわず勝手にしゃべってくる。


「あれはホント、いい女だぜ。だんちょーも美人になったとは思うけど、女として考えたら次元が違うよ。鹿は飯も美味いし気が付くし、頭の先から足のつま先までむちむちで、どこ触っても柔らかくてよ。嫁にするにはああじゃなくっちゃ」


 梨太は記憶を巡らせた。

 梨太の知る彼の姿は中肉程度、特別女性的な体型ではなかった。ふくよかになるのは雌体時に限ったことなのかもしれない。一般に、地球人でも、男性より女性のほうが皮下脂肪はつきやすいものだ。

 上空からさらに声が降る。


「リタも物好きだよな。あんなの相手によく勃てられるぜ」


「む」


 梨太は低い声を漏らした。


 それと同時に、楠木が大きく揺れて、細長い肢体が落ちてきた。塗れた土の上にブーツで着地、泥水が彼の長衣までもを汚したがなんのその。


「……見えるとこにはやっぱいねえなあ」


 そんなことを言って、またザクザクと歩き始める。


 梨太は、その彼の背中に忍び寄り――

 思い切り、脇腹をくすぐり倒した。


「うひゃあっ!?」


 想定以上のオーバーアクションで飛び上がる虎。梨太は精悍な眉毛を縦にして、


「あんなのってなんだよ! そりゃ僕は男の鹿さんしか知らないけど、男の鮫島くんは鹿さんよりずっと綺麗だったもん、女同士になったって鮫島くんのほうが美人だろ!」


「あ?」


 虎も肩を怒らせて立ち上がる。


 チンピラそのもののしぐさで犬歯を剥くと、十五センチ小柄な少年を見下ろして、


「っざけんな、顔面の作りが整ってりゃいいんなら人形相手に腰ふってろ。さんざ汗かいてあの鉄面皮じゃ虚しくなるだけだろうが」


 梨太も一歩も引かない。琥珀色の瞳の上にある、精悍な眉をしかめ、正面から騎士に対峙した。


「鮫島くんはクールでも無表情でもないよ、ただ動きの幅が小さいだけで、よく見てればわかることだ。むしろ反応は素直なひとだよ」


「わかるか! そもそも正面からあのひとの顔なんか見てられるかよ」


「なんでだよ、可愛いじゃん」


「怖いわボケ!」


 虎はきっぱりと言い切った。

 梨太は強気に鼻で笑う。


「なんだ、それじゃあただの喰わず嫌い、『酸っぱいブドウ』ってだけじゃないか。いざというときの反応は、いざとなんなきゃわかんないでしょ」


「いざというときなんか来るか! っつか、だいたい、あの身体のどこ揉むっつーんだ。粘土板かまな板か、それともアイロン台か。組手中も手がひっかからねえし、うっかり当たっても気が付かない。凹も凸もなんにもありゃしねえ」


「なんにもないわけあるか! それに、揉めなくても、撫でたりさすったりつまむことはできるっ!」


 梨太の宣言に、虎はハンッと鼻で笑った。


「負け惜しみを。女の体ってのはこう、むにむに、ぽよんとしてなんぼだろ」


「無駄にデブよりしなやかなほうがいいのっ」


「誰がデブだ、鹿はドンっとしてるのは乳と尻だけで、あとはぷよっとしてるだけだっ!」


 全力で怒鳴り返してくる騎士。

 朱金色の髪が逆立つほど怒気をこめて、長身から噛みついてきそうだった。


「俺から言わせれば、だんちょーみたいなバリアフリーボディは床にしか見えねえな。すわ揉みしだこうかって思っても、そこからどうしていいかわかんねーよ。フルフラットでどっからどこまでが何がなんだか」


「なにそのひどいネーミング!? ちゃんと境目くらいあるにきまってるでしょ」


「尼崎市が大阪府か兵庫県かってくらいあやふやじゃねえか」


「きっぱりと兵庫県だよ!」


 梨太も同じ音量で怒鳴り返した。


「市外局番大阪府のものだけどもっ! あれは別にそっちに取り込まれたわけじゃなく、工業都市ならではの事業戦略で尼崎市自らがNTT西日本に申し出た結果なんだ。もとはもちろん兵庫県の局番で、だけど企業の商売相手が神戸市より大阪府のほうが多かったから、市民の電話料金負担軽減および経済発展のために尼崎市が身銭を切って局番を買い取って――」


「何の話だ、さっぱりわからん」


「そっちが言い出したんでしょぉがっ!?」


 振っておいて首をかしげる異星人を前に地団太を踏む梨太。


「あのね、別に鹿さんを否定してるわけじゃないよ。だから鮫島くんの体を悪く言うのもやめてよ。なんか、ラトキアのひとは妙にそこいじってくるけど、失礼だって。……そりゃ僕だって、あるに越したことはないとは思うけども、あったらいいなーくらいのもので、必須のものじゃないの」


 梨太は本気で不機嫌な声を出したが、空気を読めない――いや読まない――もしくは読んだうえでぶっこんでくるこの男は意にも介さなかった。


「いや要るだろ。お前も俺も、男が骨ばってたら女のほうがぷよぷよしてねえと硬いもん同士ぶつかって痛いだろうが」


「う」


 喉の奥で唸る梨太。


 形勢有利と見て取って、にやりと笑った虎がたたみかける。


「いやあ、雌体化した鹿を見れば一目瞭然なんだけどなあ。あれでグッとこない男はいない。たとえばこう、胸はだな、普通はこう……こんなもんだろ? 鹿はこう……こうなってるわけよ」


「……え? 嘘、いや、それは盛りすぎでしょ」


 梨太が半眼になると、虎はちっちっと舌を鳴らして指先を振って見せた。

 豊富なジェスチャーで、梨太に詳細を示してくれる。


「まじまじ、だから、こっちからこうして、こうするじゃん? するとこうなるわけ」

「ほ、ほう。ほう」

「逆に、こっちからしようとするとだな」

「え……でもそれじゃ」

「それが全然できちゃうわけだよ。な?」

「…………」


 真顔で黙り込んだ梨太に、虎はさらなるボディランゲージで、いくつかの事例を提唱した。しかしそれを遮り、梨太は丁寧に言い含める。


「いやわかる、わかってます。そこは素直に認める。柔らかいのは正義だ。押したら押しただけこっちに返ってくる、低反発にして高反発」


「おお、うん、そのとおり」


「寄せては返す波のように」


「うん、うん、寄せては返す波のように」


「だけどね、もう最終は個人の好みって話だよ。虎ちゃんは、鹿さんが好き。僕は鮫島くんがいいの。それだけの話です。別に同意してくれなくてもいいから、悪口言うのはやめてよね」


 不機嫌に唇を尖らせる梨太を、虎は珍獣でも見るような目で眺めていた。

 一応、言い分は理解してもらえたらしい。後ろ頭を掻いて、唸る。


 そうして――彼は低い声で、梨太に向かって囁いた。


「……お前さ。まじで、だんちょーのこと怖くねえの」


「怖くないよ。ちょっと目つきが鋭いだけで、綺麗な顔じゃないか」


「そういう問題じゃねえよ」


 頭を抱えて、虎。彼の反応は、ほかのどの騎士よりも意外に思えた。このキャラクターからして、鮫島の身分や家柄なんていうものに委縮する器ではないだろう。

 何をそんなに怖がっているのかと疑問しか覚えない梨太に、虎は深々と嘆息した。


「たぶん……お前は、そりゃ……あれだ。だんちょーが、戦ってるとこ知らないからだな」


「……三年前は、何度か見てたけど……」


「……。それが、どんな戦い方だったのか、俺は見てねえから、わかんねえけど……」


 そこまで言って、言葉を濁す。


「そっか。スゲエな、お前」


 それだけ言って口を閉じ、それから不意に表情を変えた。

 にやりと野性的な笑みを作って、こちらをからかうように覗きこんでくる。


「つか俺、だんちょーがニャアとか言うとこ想像もつかねえや。あれ絶対マグロだろ。サメでも怖いけど」


 そんなことを言ってくる。梨太は負けじと背伸びして、大きな声を上げた。


「それがまた燃えるんじゃないか!」

「ええっ? そ、そうかあ?」

「そうだよ。男の腕の見せ所っ。そこをなんとかするのが一番楽しい所なわけで、頑張った分報酬もデカいしっ」

「ううっ、ううーん」

「想像してみてよ、鮫島くんだよ? あの鮫島くんがニャアだよ。あの柔らかいハスキーボイスから甲高い声だして、眉毛ハの字でフルフルくたぁ、だよ! どうよ!?」

「……う、ううむ、なるほど。うーん……」



 男二人、ひとしきり猥談に興じて――

 梨太はふと、虚空を見上げた。


「まあ、まだ僕、鮫島くんのふくらはぎすら見れてないけど」


「……俺も離婚しちゃったけど……」


 二人で曇天を見上げる。

 はあ、と、大きな嘆息が重なった。


 

 ここまで探索(?)をしている合間に、いつしか雨もあがったようだ。

 空を見上げたまま、呟く。



「いい加減、仕事しようか」


「そだな」



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