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鮫島くんのおっぱい  作者: とびらの
第二部 鮫島くんとあそぼ

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虎ちゃんと働こう

「なんだ、リタじゃねえか。どうしたんだこんなとこで」


 軽い口調で言ってくる、朱金色の髪の騎士。

 その小脇には、銀色の板が抱えられていた。スケートボードにそっくりで、あの空を走っていた乗り物とは違う。パーツの一部なのか、変形でもするのか、それとも全く関係のない物なのかはわからない。


 そして右手に、短剣。梨太の顔色を見て、彼は腰帯の鞘に納めてくれた。


「こんな雨の中散歩か? 風邪引くし、危ねえから帰った方がいいぞ」

「い、いや……あの、バルゴって今この辺にいるの?」

「ああ、さっきこっちに逃げてきたんだ。かなりの大物で、『エアライド』で追っかけてきたけど見失っちまったぜ。センサーも反応しねえ。この近くに潜んでるはずなんだけどなー」


 きょろきょろあたりを見渡す虎。妙に緊迫感のない様子に梨太は冷や汗をかいた。騎士たちは襲いかかられたとて迎撃できるのだろうが、無力な一般市民としては不安で仕方ない。


「あのう、鮫島くんは……」

「だんちょー? だんちょーなら今、もうちょっと向こうの、なんか食べ物屋の建物で絶賛ボス戦中だぜ。たしかお好み焼きプラザとかいう――地下フロアが倉庫みたいになっててよ」

「うわそうか地下か!」


 梨太は頭を抱えて天を仰いだ。


「うっかりしてた。僕、やっぱり今日はどうかしてるよ……」


 きびすを返そうとする。と、後ろから肩をつかまれた。

 にかっと底抜けの明るい、虎の笑顔。


「まあ待てよ、せっかく来たんだから、俺のほう手伝っていけや」

「ええっ? やだよ。僕鮫島くんに会いに行くんだから」

「今行ったって戦闘中で近寄れやしないって。焦んないで、時間つぶしにバルゴ探し手伝えよ。始末つけたら俺も一緒にだんちょのとこ行くからよ」

「……しょうがないなあ」


 と、嘆息しながらも、これは渡りに船かもしれない。

 鮫島を訪ねても、他の騎士から門前払いを食らう可能性が高いのだ。この男の手引きがあるならありがたい。


 虎は銀色のボードをえらく適当に投げ置くと、歩き回り始めた。T字型の無線機械をぶん回しては、画面を覗くことを繰り返す。どうやらあれが、バルゴを探知機らしい。機械の先端を横でも下でもなく、天空に向けている。曇り空には何も浮かんでいない。


「それってGPS?」

「んにゃ、そんな大層なもんじゃねえよ。十メートルくらい上空に電波を出し入れしてるやつがあって、そこからまた降りてくるものをキャッチしてんだ」

「……うん?」


 いまいち要領を得ず、再び上空に向かって目を凝らす。やはり何も見えなかったが、そこは宇宙の科学力、梨太の想像よりはるかに小さいか、ミラーステルスにでもなっているのだろう。

 手伝えといった当人は、梨太に詳しい説明をする気はないらしい。


(ようするに、上空から探知用電波を出して、それが地面に反射して情報を取り込む。その中にバルゴの生体反応があれば、あのモバイルが知らせてくれる。と、いうことかね)


 聞きなおすのも面倒で、梨太は勝手に推論を立てた。


「おっかしいなあ、反応しねーぞー。あんなでっかいのどこいったんだろーなー」 


 ウロウロと歩き回りながら、ぼやく虎。梨太もあとに続いていく。


「でっかいって、どのくらい」

「んー、俺くらい」

「……体高? 全長?」

「遠目だったからよくわかんね」

「誰だよこの人に追跡させたの……」


 梨太は半眼になって、若き戦士の体躯を見上げてみた。


 虎の体型は、雄体であったころの鮫島にかなり近かった。細身の長身。だが雄体として完成している彼はやはり無骨で、雄々しさがある。

 雨に打たれるストレスを感じないらしい。顎からボタボタと滴を垂れさせながら、金色の目を大きく見開いて探す虎。

 その様子は名前の通り、猫科の肉食獣を思わせた。


 小雨の降る公園を、男二人で捜索する。頭の中にマスを描き、同時に獣が潜めそうな茂みを探す梨太に対し、虎はざくざくと土山をけりとばしながら適当に歩き回っていた。

 雑な男である。


「……虎ちゃんって、僕と同じ年なんだよね?」


 ふと思いついたまま梨太が聞くと、彼はうなずいた。


「若いよね。もしかして今、騎士団の最年少?」

「たぶんな。あんまりみんなに年聞いたことねえから知らないけど。入団したのが十五歳で、団長に次いで最年少記録ってのは言われた」

「へえ。もしかして虎ちゃんって、エリート?」

「ぎゃははっ。ばーろぉ、俺ぁただの戦闘バカだよ。一応座学の及第点は通っちゃいるがギリギリさ。ほかに出来る仕事がねえから腕力つかってるんだ。それにしたって団長のほうが強ぇしよ」

「はあ……」


 だろうね、とうなずきかかるのを寸前で止める。

 だが虎の方は、仮にそう言われても笑っていそうだった。なんら己を卑下する様子もなく、続ける。


「エリートってのは青い髪と相場が決まってる。俺たち赤い髪の人間は、どうやったって奴隷階級。いっとき貴族称号なんかもらえてもしょせん仮だ。今は王都の屋敷で暮らしてる親兄弟も、俺が騎士を辞めればもとのスラムに逆戻りなんだから」


 彼にとってそれはただの事実であり、そうであることが当たり前で、今の暮らしがあることは自慢なのだろう。むしろ胸を張っていう。

 厚い靴底が、重ね敷かれた小枝を踏む。雨に濡れた枝は折れなかった。

 彼の体重を受けて、小枝がきしむ。


「雇用や婚姻での差別が禁止されて、十五年。法律上は『同じ人間』になってるけども、国民感情ってやつはまだまだだ。生粋の青い連中は、俺らを道端の石としか思ってない。邪魔だったら蹴り飛ばすし、役に立ちそうなら利用する。……つまりは、誘拐して人買いに売るってことだけど。

 蝶のやつは俺を無神経だってよく言うけど、そりゃ騎士団の威光ってのがあるからだ。でなきゃ王都一等地に入った途端、この赤い髪めがけて石を投げられるもんよ。さすがに俺だって笑ってられねーぜ」


 いいながらも、卑屈さがない。その石を即座に投げ返すだけのエネルギーが、彼にはあるのだ。

 犬居などは、この地球でさえも髪と目を隠して生きていた。それがスラム出身者の平常だとすれば、虎は相当な剛の者だろう。


 梨太は苦笑を浮かべ――ふと、その脳裡に、鹿の姿がよぎる。


 虎の子を生み、妻となり、別れたラトキアの騎士。


 たっぷりとした癖のある髪、青い瞳の美青年――


「……あの……」


 ん? と振り返る虎。

 聞いていいのだろうか。だが彼本人以外に聞いてはいけない――そう思って、尋ねてみる。


「鹿さん……って、綺麗な、青い髪だったね」


 虎は、笑った。

 友人を秘密基地へ招待したような表情で。


「おおよ。たっぷりあって柔らかくて撫でがいがある。いいよなあれ。俺はあんだけイイ女は他に見たことがねえ」


 梨太の深意とはまったくもってズレた返答が来た。梨太はいよいよ、笑うしかなかった。

 



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