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鮫島くんのおっぱい  作者: とびらの
第二部 鮫島くんとあそぼ

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鮫島くんと居酒屋

「――ふうっ」


 大きく息をつき、背中を伸ばす。そしてモニターの時刻表示に気づき、梨太は大声を上げた。


「五時っ!? うわ!!」


 あわてて振り返ると、鮫島と目があった。彼は九時間前と同じ姿勢で、そこに座っていた。梨太と視線を合わせ、にっこり笑う。


「終わった?」


 こくこく頷いて、梨太は鮫島への短い距離を駆け寄った。


「ご、ごめん、ほんとごめん――いや、そんな座ったまま待ってなくていいのに、大丈夫?」


「ん。たまに足首回したり、屈伸運動していたから」


「エコノミークラス症候群の心配をしてるわけじゃなくて。……退屈だったでしょうに」


 鮫島は首を振った。


「平気。リタを見ていた」


「……僕を?」


 鮫島はうなずき、膝のスケッチブックを気軽な様子で手渡してきた。

 開いてみる――と、そこに、モノクロで描かれた少年の背中があった。


「えっ……これ、僕?」


 それは精密な写生であった。かなり上手い。鉛筆によって髪の毛一本一本、洋服の皺、壁紙の凹凸感までも、緻密に描きこまれている。


「うわあ……」


 手前のページもめくらせてもらう。

 

 題材にこだわりはないらしい。

 どこかの屋根から見た風景、道ばたの花、雀。飛行機雲。

 目に付いたものを、片っ端から写生したような画集であった。見知らぬひとの顔もあったし、梨太の自宅リビングもあった。どれもこれも鉛筆だけで描かれた素朴なものであるが、それゆえに画力の高さが感じられる。


「すごい。鮫島くん、こんなに絵が上手かったんだね。ただ正確っていうだけじゃなく、センスがあるんだろうなあ。見ていてシアワセになるかんじ――いや、正直よくわかんないけど。僕は音楽と美術は出席点だけで進級したようなもんだから」


 ふふふっ、と、明るい笑い声。鮫島は頬を染め、実にうれしそうに笑っていた。

 幼児が親にみせる表情にそっくり、褒めてほしい、という願いをそのまま瞳に映しこみ、梨太を上目づかいに見つめてくる。


 梨太は、鮫島の頭をヨシヨシ撫でた。


 四歳年上の騎士団長は、何の抵抗もしない。地球なりの率直な称賛と解釈したらしい。梨太が手をおろすと、またにっこり笑った。


「俺がリタに勝てることが一つできたな」


「へっ?」


 彼はそれ以上の解説をすることはなく、スケッチブックを鞄へ仕舞い込む。

 それから鮫島は、なにか気恥ずかしそうに体を縮めた。下を向き、つぶやく。


「……おなかすいた」


「そ、そうだよね! そりゃそうだ。お昼まだ――というか、もう早い家なら夕飯並べるころだもの。ご飯にしよう、ごはん、ごはん」


 梨太は手をたたくと、足早にキッチンへ向かう。米櫃からはかろうとして――ふと、すぐ背後から覗き込んでいる鮫島に気が付いた。


 彼は、可笑しいほど至近距離に座り込んでいた。

 鼻が触れるほど近くに、鮫島の顔。

 尻を浮かせた体育座りのような格好で、無表情、無言のまま、その距離でじっとしている。


「……鮫島くん……」


 ん、と小さく返事をして視線を合わせてくる。


「……お米、研いでみる?」


 鮫島はうなずくと、ポーチからなにやら取り出した。手のひらサイズの一枚紙、広げられた面に、指先で触れてみる。ざらざらしていた。

 サンドペーパー。


「携帯砥石。大丈夫、未使用だ」


「うん。わかった。よし。たまには夕飯、外に食べにいこうか」


 梨太は速やかにあきらめた。


「なにか食べたいのある?」


 支度をしながら聞いてみると、鮫島は短い時間、思案した。怜悧な美貌をたたえる、深海色の双眸を細めて。


「……梨太が、美味しいと思っている店へ、行ってみたい」


 そんなかわいらしいことを言ってのけたのだった。



 梨太はアレコレと熟慮し、ミシュランガイド掲載のレストランまで検索したものの、結局ごく近所の居酒屋を選択した。

 自宅から徒歩十分、霞ヶ丘駅の手前にある素朴な飲食店通り、入り口付近である。


「去年の正月に友達と行ったんだけど、食べ物が美味しくてさ。でもひとりじゃ行きにくいから、機会があったらまた行きたいと思ってたんだよ」


 鮫島をつれて、扉をひらく。


 時刻は五時半、ちょうど開店したばかりのその店は、スタッフ勢ぞろいで威勢よく出迎えてくれた。

 一斉に上がった「いらっしゃいませ!」に、鮫島が反射的に警戒態勢を取り、梨太は吹き出した。野良猫みたいだと思いつつ、テーブル席への案内を申し出る。


 純和風のたたずまい、小さな間口に、奥行きのある店内。あえてレトロな木造家屋を演出しているが、実はまだ新装三年目のきれいな店だった。ほかにまだ客はなく、仕込み中の香りがほのかに届く。


 着席早々、居酒屋の定石としてとりあえず飲み物を聞かれ、梨太はウーロン茶を注文した。鮫島も倣うかと思いきや、彼はメニュー表を真剣に凝視。漢字で書かれた日本酒や焼酎の欄を睨んでいるではないか。


「鮫島くん、お酒飲むの? 飲めるの?」


「日本の酒はまだ飲んだことがない。猪が絶品だと言っていた、から、機会があれば飲もうと思っていた」


「なるほど」


「だけどなにがなにやらわからない」


「なるほど。スミマセン、このひと外国の人で日本の酒を飲みなれていないんだけど、クセのないものでおすすめなにかありますか?」


 店員はハイッと気味のいい声をあげた。仕事として慣れているというだけでなく、どうやら根っから飲兵衛のんべえらしい、喜々としてメニューの説明をしてくれる。


「それならこの『香澄の滴』をぜひ。霞ヶ丘の地酒で、しかも飲みやすいですよ。霞ヶ丘の清水のごとし、きりりと辛口、悪酔いもしないしどんな料理にも合う銘酒です。うちのオカンが遊びに来たときには毎年ダースでみやげに持って帰ってます」


 気持ちの良い口上に梨太はほほえんだ。


「じゃあとりあえずそれを」


 ついでに定番料理をいくつか頼み、店員が下がると、上着を脱ぎながら梨太は小声でささやいた。


「ラトキアでは何歳から飲酒できるの?」


「? ……何歳からとは」


「もしかして制限なし? いいね。日本では二十歳からなんだよ」


「二十歳……リタ、いま、いくつだ?」


「三ヶ月足りないね。残念」


 鮫島がいたずらっぽい笑みを浮かべた。続いて言われるであろう言葉を察し、梨太は牽制球を投げる。


「法律違反はしない主義。お店にも迷惑がかかるしね」


 明らかに鮫島は機嫌を損ねた。未成年客に飲ませることで店がどんな罰を受けるか、具体的にしっかり解説している間に酒が届く。

 

 店員は苦笑し、二つ持ってきたグラスを一つだけ置いて、厨房の方へと戻っていった。


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