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鮫島くんのおっぱい  作者: とびらの
第二部 鮫島くんとあそぼ

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鮫島くんが来ない

 蝶はすぐに鯨に連絡した。

 ラトキア語によるメモ書きを梨太が読み取ることは出来なかったが、日本語の会話が丸聞こえである。



 梨太が推察した、かつての野良バルゴ掃討は、やはりオーリオウルの業者へ依頼したそうだ。

 それはペット輸入業者ではなく、まったく別の害獣駆逐専門業者と運搬業者らしい。実態はすべてつながったイチ企業ということはありえるだろうが。


 詳しくは、鯨個人はもちろん、軍も把握していないらしい。金だけ払って丸投げだ。やはりラトキアはバルゴを守るつもりなどなく、適当に殺処分されることを許容していたのだ。


(どいつもこいつも、ペットってのをなんだと思ってるんだ……)


 梨太は軽蔑した。口に出すことはしなかったが。


 オーリオウル人が地球不法投棄の犯人と確定するには証拠が足りない。

 鯨はコメカミを掻き、嘆息した。


「くそ面倒だな。大捕り物になるぞ。犬居に投げとこう」

「あっ、また丸投げ。ひどい」

「いやいや、あいつはこういう、いろんな星にコンタクトを取るのが本業なんだよ」


 さくっと非難された将軍を、蝶がかばった。


「現地の警察や政治家とのやりとりは、団長よりもあいつが前面に出るんだ。地球の時もそうだったけど、彼は言葉を覚えるのが早いからね」


 へえ、と梨太は素直に感心した。

 梨太とは丁々発止、漫才ばかりしている犬居。その様子に優秀な外交官という印象はない。

 だが考えてみれば、言語、現地風俗への理解がないと成立しないコミュニケーションだ。なるほど、鮫島よりよほど向いているだろう。


 鯨は穏やかにほほ笑んだ。


「蝶も、リタ君もごくろう。……その、テーブルにあるなんかプルッとしたソレ、うまそうだな。帰還するとき買って帰れよ蝶」

「はいはい」


  通信を終え、メモを片づけた蝶は嘆息すると改めて頭を下げてきた。いつも笑ったような顔をなぜかすこし困らせて、


「ありがとリタ君。これでオーリオウルに責任追及が出来る。彼らに引き継いで帰還できたら最高、専門道具を借りられるだけでかなりラクになるな。あの星はホント守銭奴で、アホみたいにフっかけてくるからさぁ」

「そういえば報酬……」

「本当にありがとうねリタ君。はいアーン」


 にこにこしながら、葛餅を口の中に放り込んでくる蝶。梨太もからかっただけなので、素直に葛餅を食べた。


 蝶は、すこし作業をさせてねとテーブルを使い始めた。先ほどのメモを清書するらしい。真面目に取り組みながらもあまり愉快そうではないその様子に、ふと疑問がわく。


「チョーさん、犬居さんと仲悪いの?」

「……なんで?」


 蝶は、否定はしなかった。


 梨太は首の後ろを掻いて、


「いや。だって、犬居さんってそういう情報収集とかが専門なんでしょ。だったらまっさきに犬居さんとこにいくべきなんじゃない? ケチなチョーさんが自腹でお菓子かって、休息時間に僕の家まで訪ねてきてまで、犬居さんを避ける理由っていったら、個人的に仲が悪いのかなと思ってさ」

「……まいったなコリャ」


 蝶は後ろ頭を掻いた。


「仲が、悪いっていうわけじゃないよ。良くもないけど。それは別に、おれに限ったことじゃないから」

「? それ、犬居さんのほうが、騎士団で浮いてるってこと?」

「浮いてるというか……仕方ないんだ。髪の色が、アレだからさ」

「……髪の色って、あの赤いの? なんで? ラトキアじゃ当たり前なんでしょ」


 梨太が問うと、蝶は一瞬ものすごく苦い顔をした。だがすぐに苦笑という程度まで表情をやわらげる。


「珍しくはないけど、人種的に……はっきり言って、差別対象なんだよ。スラム生まれのやつは赤い髪。王都とか貴族階級のやつは青い髪。そんなふうに生まれてきてるんだ」


 初めて聞く話だった。


 絶句する梨太に、蝶は慌てて手を振って、


「いや、おれはそんな風に思ったことはないよ。おれは貴族じゃなく商人の生まれだし、嫁さんも下町出身だし。他にも赤い髪の騎士はいるし。でも……なんというかね。彼はちょっと――出世しすぎたんだよ。背負いきれないくらいに、大きな評価をもらいすぎたんだ」


 そう言って、話を打ち切る蝶。

 彼は同僚の悪口をよしとしない大人であった。梨太もそれ以上つっこまず、ただ沈黙してお茶をすすった。



 蝶はそのまま四時間そこにいた。放置しておくと、いつまでもテーブルで書類仕事などやっている。食事も自前で持ち込んでおり、勝手にとっていた。本質、彼はマイペースな人間であるようだ。

 梨太もそこに遠慮をせず、自分の勉強を続ける。


 二階で印刷機を動かしていると、トナー切れ予告のランプが点滅した。

 ありゃ、と呟く。梨太は少しだけ思案して、一階のほうへ降りていった。


「チョーさん、僕、ちょっと買い物に出かけたいんだけど――」


 そのとき、特徴的な電子音が遠くで聞こえた。



 聞こえてきた方――路地に面した掃き出し窓を開けてみる。と、その道路に、鮫島が居た。

 手のひらに銀色のくじらくんを乗せて、見下ろしている。

 梨太はガラス戸を開け、彼に向かって呼びかけた。


「鮫島くんお帰りー。入っておいでよ」


 彼はうなずいたが、すぐにアッと声を上げて首を振った。


「今、汚れているから」


 言われて見てみると、確かに泥だらけだ。どういう戦い方をしたのか、一部が焦げ、煤だらけになっている。三メートルの距離越しに、なにか異様な、黴びた青野菜のようなにおいがする。本人の頬も砂粒だらけだ。そしてほんのすこし、血しぶきのはねた跡があった。


「えっ? あれっ――団長?」


 後ろから顔を出した蝶が目を丸くする。


「お疲れさまです。軍服着ていかなかったんですか」


 首をふる鮫島。汚れた軍服は犬居に預けたようだ。それでこの有様では、戦場ではどれほど泥を被っていたのか想像に難くない。


 梨太が声をかける。


「うち入っておいでよ。お風呂わかしてあげるから」

「……でも、今、俺は臭いと思う」

「だからお風呂どうぞって言ってるの、なにこの会話。いいから入っておいで」


 鮫島は頷いたものの、やはりその場でじっと動かなくなってしまった。


「……? なにあれ」

「……たぶん、乙女心ってやつだと、思うんだけど」


 呆然とした、蝶のつぶやき。梨太は眉をひそめた。


「はい? そんなんしらねーよだったら何しに来たんだよ帰るなら帰れよってーの。僕は女の子のそういうとこ可愛いとか思わない主義です。鮫島くん、5秒以内にどっちかに動かないとバケツでお湯かけるよ」


 鮫島はあわてて玄関の方へ回った。吹き出し、大笑いする蝶。


「じゃ、おれは帰るよ。リタ君またね」


 雑な挨拶をして、蝶は手荷物をまとめ引き上げていった。すれ違いに出ていく彼を視線で追って、鮫島はやはり、玄関に佇んでいる。靴の中も汚れているらしい。お湯をはるかシャワーで済ませるか、梨太が聞こうと近づくと、同じ距離だけ後ずさった。


「あの……着替えが、ない」

「とりあえず僕の貸すよ」

「でも、宿に、たくさん持ってるから」

「いやそりゃそうだろう。うん? だからなんだこの会話」


 梨太は違和感をそのまま口に出して、頭をかいた。さっきまで居た蝶と会話のテンポが違いすぎ、頭の中がオーバーフロウを起こしたらしい。会話のモードを『対・鮫島くん』へと持っていく。


「……じゃあ、着替えとってきたら?」


 適当なことを言ってみる。鮫島が顔を上げた。梨太はさらに言ってみる。


「ついでにお風呂も入ってくればいいと思うよ」


 なるほどと頷き、さっそく身を翻して出ていく鮫島。梨太はそのまま引き留めもせずに放置して、三分ほど、玄関口で待機した。

 やがて、そうっと扉が開き、鮫島が帰ってくる。


「おかえり」

「……その、あとでまた来てもいいんだろうか」

「もちろんいいよ。待ってる」


 言うと、彼はやっと相好を崩した。嬉しそうに笑って、小さく手をふり、今度こそ外へ出ていく。


 梨太は床に突っ伏して一人、笑い転げた。


 トナーを買いに行くのはやめて、いつもは使わないお急ぎ便の通販で取り寄せることにした。スマホから手早く注文を終えると、冷蔵庫に駆け寄っていく。

 夕食はお肉系にしよう。きっと、鮫島はつかれているだろうから、スタミナの付くものがいい。

 玉ねぎを切りながら、まてよと考え直す。

 疲れすぎているなら、焼き肉定食はちょっと重すぎるだろうか。ひどく睡眠不足で、食後すぐにでも眠りにつきたいかもしれない。

 それなら軽いもののほうがいいか。


 梨太は献立を決定し、下ごしらえまで済ませておく。ちょっと甘めの、つゆだくの親子丼。あとは卵でとじるだけ、というところでコンロに置いて、のんびりと、彼が帰ってくるのを待った。


 しかしいつまで待っても、鮫島は戻ることがなかった。


 どうやら道中でまた任務に呼び出されたらしい。


 リビングで、梨太はずっと、スマホを片手に座っていた。 

 これがもし、相手につながるならば、こちらから電話をかければいい。

 メールで一問、今度いつ来るの、ただそれだけ聞けたらいい。


 だが、そんなことすら伝えるすべがない。


 ベッドに入り、閉じた目蓋の裏で、血と泥に汚れた鮫島が佇んでいた。彼はなにかとても嬉しそうに微笑むと、手を振り、去っていく。

 さめじまくん。呼ぶ。手を伸ばす。叫ぶ。座して待つ。待ち続けて――


 梨太は無言のまま、眠りについて行った。



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