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鮫島くんのおっぱい  作者: とびらの
第三部 さよなら鮫島くん

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未来編⑦


 自宅ちかくの、嗅ぎ慣れた町の匂いで目を覚ますと、シェノクさんがおれの頭を撫でていた。くるくるふわふわの髪を、伸ばしたりかき混ぜたりモシャモシャと。寝ぼけ眼で何してるのかと聞いてみると、彼はものすごい勢いで赤面し、


「す、すまん。いちど触ってみたかったんだ」


 そう言って、バスを降りていった。


 

 玄関の扉を開くと、そこにはもう、ラトキアの騎士が二人いた。


「おかえりなさい」


 出迎えてくれたコトラさんと、シャチ。二人とも軍服姿だった。十四歳であくまで見習いのシャチも、立派な騎士にしか見えない。

 ママは簡潔に状況を報告。おれが寝ている間にオストワルドさんとも話がついて、あっという間にドルトレン市長のアドレスだと特定されたとのこと。もちろん、それで誘拐の容疑が固まったわけじゃない。警察には頼れず、個人で強行突破という作戦に何も変わりは無かった。


「ドルトレン市長の所有する住居は三軒。ひとつは家族と暮らす自宅、もう一つは王都郊外の別荘、もう一つはそこからほど近くに『来賓用保養施設』というものだ」

「来賓用? 使用履歴は」

「納税記録はない。宿として営業ではなく個人の友人を無料で泊めているということになるな」

「別荘の近くにですか。それは不自然ですね」

「真っ黒だなって言っちゃいなよ」


 シャチが口を挟んだ。コトラさんは、にやりと笑った。柔らかそうな唇の下から、魅力的な八重歯が覗く。どこか野性的な微笑みだった。


「さあ初陣ですよ、シャチ」


 そう言って、腰元から二本、長細い物体を取り出した。剣……だろうか。シルエットは剣のようだけど、刃は無く真っ黒で、オモチャみたい。これが麻酔刀?

 コトラさんはそのうち一振りを、ママへ手渡した。もうひとつをシャチに。一瞬シャチの肩が沈んだ。どうやら思いのほか重たいものらしい。重量とコトラさんの行動に驚いて目をむくシャチ。


「どうしてぼくに、これを?」

「勘違いしないで、切り込みはあくまでもあたしとクーガさん。あなたはそれで自分自身と、オルカを守ってあげて欲しいの」


 そしておれを振り向き、目を細めた。


「あなたも来るでしょう、オルカ」

「う――うん! わかった! 行く!」


 ママが何かを言う前に、おれは自室へ駆け込み、せめて頑丈そうな衣服を選んだ。運動用のアンダーに分厚い生地の長袖長ズボン、シューズはいつもの町歩き用ではなく、強く踏み込める運動用。

 リビングに戻ると、シャチはママから、麻酔刀の使い方を教わっていた。さすが、相当スジがいいらしく、あのママが「たいした物だ」と背中を叩いていた。


「ママ、おれも護身用に武器……」

「だめ」


 即答された。


「武器を持っていたら使いたくなる。挑み、反撃したくなる。オルカはシャチの後ろに護ってもらえ。万が一捕まったらおとなしく投降するんだ。それが、連れて行く最低条件」

「……はい」


 仕方ない。おれは落ち込みはしたけど、納得して引き下がった。落ち込んだけどね!


「そういえばコトラさんは武器、どうするの?」


 聞いてみると、彼女はウフフッと可愛い声で笑った。両手を広げ、ふんわり軽やかに回転する。……尻の手前に、二本なにかを携えていた。


「あたしはコレ。刃は潰してあるけども、短剣二刀流はあたしの原点……お父ちゃんの形見なの」


 ――ごつん。


 岩がぶつかるような音。振り向くと、ママが両手の拳を合わせていた。

 ママも、軍服を着ていた。寿退職のさいに贈られた、記念の騎士服。あれは鎧に等しい防御力があるという。さらにその手首と腰と足首に、鉛のウエイトが巻きながら、


「……懐かしい。ずいぶん久しぶりだ」


 シャチは眉をひそめ、武装するママに歩み寄った。すっかり使い慣らした麻酔刀を掲げて、


「なあママ、やっぱり前衛もぼくがいくよ。確かにぼくは未熟だけども、ママはやっぱり女の人だし、十五年ものブランクがある」


 ん? と、ママは心から不思議そうな顔をした。軍用靴の紐を手早く結び終え、立ち上がる。夜空色の目を細めて、自分より長身の息子の前で、笑った。


「久しぶりというのはこの格好(ファッション)がだ。戦闘にブランクがあるだなんて誰が言った?」

「……え……で、でも」

「歴代の騎士見習い生はみな私と組み手をし、一発当てられたら推薦してやることにしている。通過率は一割以下、ほとんどは五分以内に失神して失格。私を倒した者はまだいない」


 それに、と彼女は肩を回した。男性のものと変わらない、大きな手を突き出して、


「リタを助け出すのは私の仕事だ。私は――妻だからな」


 おれたちの目の前で、グッと力強く、握って見せた。



 オーリオウルの英雄。惑星最強の男。母がかつてそう呼ばれていたことは教科書で習った。

 知識としては知っている。でも、おれたちはあまりピンと来ていなかったんだ。

 元軍人だってのも、おれたちが騎士を目指し、教えを乞うようになって初めて理解した。そうでなければ……ママはただただ綺麗で優しくて、ちょっと料理が下手なだけの、『おれたちのママ』だったから。

 おれたちが生まれる前、ママがどんな人だったのか、語って聞かせてくれる人はいなかった。ソレが出来る、唯一の男は、物心ついた頃には死んでいた。


 『クーガ』とは、どんな人だったんだろう。

 そんなに強かったのだろうか。

 その答えが……今、目の前にある。



 横顔を、ヒュッと一筋の風が撫でた。そう思ったとき、隣にいたはずのママは消えていた。そこから首を動かす間にもう遠く、邸宅の鉄門前に居て、二人の警備員を倒していた。

 黒い刀が見えない速度で振り下ろされて、一瞬の間、武装した巨漢が声も無く膝をつき、地面に伏す。


「はっや」


 おれのそばでシャチが呟く。ママはコイコイと手招きした。物陰に隠れていたおれたちが忍び寄ると、その真横に、ストンと軽い足音を立てコトラさんが落ちてきた。


「防犯カメラをイジってきました。レンズの前に、何の変哲も無い状態の写真を貼り付けてきただけですが、少しの間なら誤魔化せるかと思います」


 おれはコトラさんが降りてきた方向を見上げた。五メートルはありそうな塀である。いつの間に、どうやって登って降りてきたんだろう?


「想像よりも大きな屋敷ですね。シンプルすぎる建物で、なおかつ出入り口はほとんど閉鎖されている。どう考えても個人宅ではありません」


 ママは頷いた。


「うん。ここは、なにかの訓練施設――いや――あのときの……学生寮によく似ている……」


「靴跡の種類を見る限り、老若男女三十人、身長百五十から百九十六センチ、体重で四十キロから百二十キロほどまで出入りしています。武装しているのはそのうち五人程度かと」

「団長、この表門の錠は単純なものです。この警備員のどちらかが鍵を持っているかと」

「では物陰で身ぐるみを剥いでみましょう。シェノクさんにお任せしていいです? あたしは先に行って、できる限りの工作をしておきます」

「ああ、身の軽さならおまえにかなう者はいない。頼むよコトラ」

「はい、行って参ります」


 頷いて、コトラさんは垂直の壁に足を掛け、階段みたいにトトトと駆け登っていった。そして向こう側へ姿を消す。


「何あれ。どういう理屈?」


 ぼんやり見上げるおれの横で、シェノクさんが半眼になっていた。


足趾把持力(そくしはじりょく)だそうだ。足指の握力。バランス感覚や踏み込みの強さに影響を与えるが、並外れて強ければああいう芸当も出来る……らしい」

「え? 人間?」


 その間に、ママとシャチは警備員をそれぞれ抱え上げ、さっきまでおれたちがいた、公衆電話ボックスの陰にポイッと捨てた。衣服を漁って鍵を発見。それをシャチに託して、


「私も先に行く。おそらく塀の向こうにも見張りがいるだろう。倒しておくからシャチとオルカは十秒後、ソレを使って中に入れ」


 一方的に言い捨てて、ママも壁に足を掛けた。トントントン、と上がって消えた。

 ぽかんとしている間に、バチッと電撃音。おれとシャチは顔を見合わせる。


「いってらっしゃい」


 シェノクさんが、おれの背中を軽く押した。貴方は行かないのかと聞いてみると、首を振る。


「俺は星帝オストワルドと通信しながら、退路を確保しておく。元々裏方なんだよ、俺は――弱いからな」


 特に忌憚のない、ふつうの声。おれたち兄弟はなんとも言えない心持ちで、女二人の後へと続いた。


 元騎士団長と、現役副騎士団長の快進撃が止まらない。

 主にはコトラさんが最前線。屋根や塀、(とい)づたいに移動、時にジャンプで飛び回り、セキュリティシステムに工作する。そして錠をピッキングしたり、ほとんど音も無く窓ガラスを割ったりして、行路をどんどん開いていった。

 時々現れる警備員や通行人は、一瞬でママが撃沈させる。ほんとにもう、一瞬である。二メートルの巨漢もパジャマ姿の少女も無言のまま、まさに問答無用で眠らせていった。一階フロアを制覇した時点で、俺はまだ一度も、敵の悲鳴を聞いていない。


「強いと言うより速い。いや早いな」


 おれの後ろ、しんがりを務めるシャチが呟く。


「ぼくたちが本気で切羽詰まってからの速度で、それでいて冷静で的確、無駄な動きが一切ない。それを長時間、集中力を切らさずに続けられるんだ。……軍人……これが騎士か……!」


 なぜかシャチは笑う。いつになく興奮しているようだった。逆におれは血の気が引いていた。騎士を目指す少年、ママの息子というのは同じなのに、シャチとおれとは全然違う。おれは場違いだった。

 フロアの最奥、階段に行き着いたところで、コトラさんは小窓に飛びつき外へ出た。そのまま、壁をよじ登ってきたらしい、またスルリと戻ってきて、首をかしげる。


「三階建てですね。二階は個人宅っぽい、生活感があります。人間のにおいがしました。三階は物置、床に埃が積もり、あまり人が出入りしている気配はありません」

「ふむ。人間たちは二階で寝泊まりしているのか。……三階の物とはどういう物だった?」

「『あたしのような素人がパッと見で、なんだか分からない物』でした」


 おれは肩をコケさせたが、ママもコトラさんも、シャチまでが真顔。ん? 今のは笑うところでは無かったのか。よくわからん。


「あたしから見て一番奥、つまり階段の近くにあったのはほとんどが小さい、白の化粧箱でした。ああいったものは薬品の梱包によく使うのだと、母から聞いた覚えがあります」

「薬品……」

「ここ、きっと何かの化学研究施設だよ」


 シャチが口を挟んだ。高い鼻を指先で擦り、眉をしかめながら、


「パパの仕事場にあったのと同じ匂いがする。茶色い瓶に入ってたやつ。どっかでなんかそれを煮たり焼いたりしてるな」

「……リタの部屋を漁ったのか?」

「禁止された覚えは無いよ。子供が父親の部屋に入ってなんか変?」

「いや別に。少し意外だっただけ」

「それより、ここが化学研究所であれば、リタさんが誘拐された理由は、キリコの推察通りで確定ですね」


 コトラさんが言った。うん、その通りだ。

 パパの職業は科学者。攫われた理由はいくつか可能性があった。たとえば倫理的に禁忌の発明をし、セイギのミカタに成敗されたとか、悪の組織の陰謀を知ってしまい消されたとかも。

 だけどここが研究所ならば、理由はひとつ。パパはやはり、ここで何かを作らされている。


 だけど、どこで?


「匂いは一階が一番強いな。化合作業場はこの近くにあるはずだよ」


 言いながら、シャチはその場をペタペタ触り始めた。何遊んでるんだと思ったら、二人の女も同様に、壁や床をなで回していく。……あっ、わかった、隠し扉を探してるんだ。こういうのボードゲームで見たことあるぞ!

 おれも真似してスリスリしてみる。別に、ぜんぶふつうの壁である。そうしてついさっきおれが撫でた部分で、ママが手を止めた。


「ここだ。壁の厚みが違う」


 なんで壁を撫でて厚みがわかるんでしょうか。すぐにシャチが駆け寄りその近辺をジッと見つめた。何にも無い何かをたどって床に這いつくばり、足下を拳で叩く。すると、壁に穴が開いた。さっきママが撫でたところに、正方形の小窓ができている。ママは頭を突っ込んだ。


「……内部にケーブルが通っている……下階につながっているな。エレベーターのようだ」

「でもえらく小さいよ、出入りできないじゃん。もしかしてダストシュート?」

「それにしては清潔だな。薬品と……食べ物の匂いがわずかにある。機材搬入用だ」


 どこに? ――という質問は、口に出す前に呑み込んだ。おれは全体的に頭も察しも悪いけど、こんなことも分からないほど馬鹿じゃないぞ。侵入者に見つからないよう隠された、地下へと続く搬入口。化学薬品と食料の差し入れ――受け取るのは、監禁された科学者だ。


「……リタ」


 ママは目を閉じ、一度だけ呟いた。


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