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鮫島くんのおっぱい  作者: とびらの
第三部 さよなら鮫島くん

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未来編③

 

 一般的に、遊びに来るには夜遅く、深夜と言うにはまだ早い時刻。

 チャイムが鳴り、出迎えたおれに、訪問者は軽く頭を下げた。一組の男女、二人ともが赤い髪をしている。一人はよく知る女性、もう一人は知らない男だ。おれはとりあえず女性に声をかけた。


「コトラさん! ようこそいらっしゃい!」

「オルカ、お久しぶり。上がってもいい?」

「もちろんどうぞ!」


 おれは喜々としてスリッパを出し、コトラさんを迎えた。

 コトラさん……ママの元部下の娘であり、今、二十二歳の若さで副騎士団長という立場にあるひと。聞くところによると年齢より、赤髪の女性でっていうのが前例のない、画期的なことらしい。

 彼女は十六歳の時から二年ほど、騎士見習い生としてうちに住んでいた。アコガレの先輩騎士であり、年の離れた姉のような存在だ。

 おれはコトラさんが大好きだ。強くて優しくて、美人だし。……おっぱいすごいし……。


 しかし後ろの男は誰だろう。もしかして彼氏? それにして年が離れすぎているような。背丈は平均ほど、ハンサムではないが愛嬌のある顔をしている。燃える炎のような赤い髪、赤銅色の瞳。

 ……ん? どこかで見たことあるような。

 彼もおれを見下ろして、なにか複雑な顔をしていた。取りなすようにコトラさんが微笑む。


「オルカ、クーガさんはいらっしゃる?」

「いるよ。もしかしてアレイニさんの新刊レシピブック、持ってきてくれたの?」

「あははっ、そうそう、今度はクーガさんでも作れるようなガイドにしたそうよ。でもそれより今日は大事な話があって」


「――コトラ。シェノク」


 いつの間にやら、おれのうしろにママがいた。シェノクというのが男の名前だろう。ママを見上げると、すぐに教えてくれた。


「シェノクは私が騎士団長だった時、補佐をしてくれていた。父が養子にしたので義理弟でもあるな」

「じゃあ先輩騎士で、おれの叔父さん……」

「恐れ多いよ。色々あって、とっくの昔に退団してる。今はしがない傭兵。何でも屋だ」


 そう言って、シェノクさんは首を振った。しかしママは微笑んで、


「それでよく、うちに手伝いに来てもらったんだぞ。確かおむつを替えたこともあったよな?」

「えぇえっ!?」

「……それ、内緒にしといてあげましょうって言ったじゃないですか」


 軽く頭を抱えて、シェノクさんが呻く。できればそうしておいてほしかった。


 それにしても、変な組み合わせだな。ラトキア騎士団の副団長と、元騎士の叔父。その二人が一緒に来て、なんの用事だろう?


「二人が一緒に来たということは、例の件だな」


 ママが言う。二人は同時に頷いた。


「はい。……やっと解析が完了しました。クーガさんから預かった二つのもの……遺骨から採取したものとオルカの細胞からなるDNAに、親子関係は99,997%ありません。二人に一切の血縁関係が無いと断じて良いでしょう」

「父子関係の不一致とくれば一応、別の疑いの余地はあるけども、さすがにこれほど瓜二つで親子関係なしはないでしょう。もうこれは決定ですね。あの骨は偽物だ」


 なんだ? なんかおれの名前が出た気がするけど、難しい話だな。

 おれ、あんまり頭の出来が良くないんだよ。勉強は御免だと自室へ逃げようとした。

 その背中に、ママの声が刺さった。


「そうか。やはり、リタは生きているんだな」




 ママが違和感を覚えたのは、遺骨を受け取ったとき。

 その欠片が余りにも小さかった。

 すぐにおかしいと思った。これだけかと聞くと、「爆発事故で損傷が激しく、大きな塊が採れませんでしたので」と答えられる。おまけに小さな瓶に入れられ、頑丈な封までされていた。

 大切になさってください、決して開けてはいけませんよ――届けに来たのはマロゥという、研究所警備員の男。彼が帰った後、ママはすぐに瓶を割り、開けた。さらにパパの部屋を浚い、体毛や細胞の破片を採取。遺骨との科学照合にかけたのだ。焼けた骨からの解析は少々手間だが、専門の施設ならば不可能ではない。

 そして結果は、不適合。だが人骨には違いないという。クリバヤシ・リタではない、誰か別人の遺体と言うことだ。

 ママはそれから改めて、事故の犠牲者がほかに出ていないかを調べ上げた。パパ以外の死者はどうやっても出てこなかった。代わりにマロゥという名の職員はいないことが知れた。

 さらに調べる。人骨の主が死亡し、この骨の状態になった推定日が、パパの命日と年単位で合わない。

 警察ではすでに事故として処理されていたところへ乗り込んだ。当時事件性の判定、これは事故だ被害者はクリバヤシリタだと断じた者を洗い出すと、全員が事故直後に退職していた。名前から国民データを照合してもリンク無し。

 さらにその複数人の指紋が、ラボと自宅の門扉などで大量に採れた。五人から十人がかりの集団、長年に渡る計画的な犯行に違いなかった。


 始めの小さな違和感は、もうとっくに確信へと変わっていた。それでも一応最後の確認、部屋から採った髪や爪がリタのものでなかった場合を想定する。リタのDNAを確実に継ぐ者――誰もが生き写しと認める息子、オルカ。そこから直接細胞を採ればいい。

 ママはおれと廊下ですれ違う一瞬で、おれの髪を引き抜いた。チクリとも感じさせず、毛根付きの髪一本を提出。再度、遺骨との照合分析にかける。

 その結果が……


 ママは言った。


「リタは生きている。私たちの知らないどこかで、今も生きているんだ」


「それって、ママの妄想じゃなかったの!?」

「何を言ってるんだ?」


 絶叫したおれに、シェノクさんが眉をひそめる。


「あいつの死が疑わしいっていうのは、十年前からもうわかっていたことだぞ。……団長、話してなかったんですか」

「いや? 毎日のように言ってたと思うけど」

「聞いてねえよ! 正確には、信じてないよ!!」


 じたばたするおれを、シェノクさんは同情するような目で眺めた。母の言葉を信じなかったおれではなく、元上司を軽くにらみ、


「団長、ほんとそういうとこ」

「ごめん」

「……まあ、あっちが組織でやってたことを、団長ひとりで調査してましたからね。確かな情報って言えるようになったのはごく最近でしたけど」

「ああ。騎士(コトラ)傭兵団(シェノク)、表裏の情報網があって一気に進展した。私はあくまで一介の主婦だからな」


 お茶を飲みながら、ママはあっさりと言う。

 おれはあきれ果てた。コトラさんとシェノクさんとの共同調査……ソレが何年前からか知らないけど、なんでこの二人なんだ。

 おれとシャチだっているのに。何で相談してくれなかったんだ……。


「ところで、コトラが遅いな。まだシャチを見つけられてないのか」


 シェノクさんが呟いた。話を始める前、シャチを部屋まで呼びに行ったがいなかった。コトラさんは、自分が探すから先にオルカだけ聞いておいてと行ってしまったけど……もう小一時間? いくらうちが広いからと言って、ちょっと遅すぎる。

 おれは精神の休憩もかねて、シャチとコトラさんを探しに行くことにした。大体の場所は分かっているんだ。あいつは最近、思春期をこじらせて、星浴なんてもんを日課にしている。すなわち、プールのある中庭だ。


 今夜はよく晴れ、明るい星が見えていた。闇色の水面に天が映り込み、まるで星の海のよう。どこまでも深い海のようで、少し怖い。

 おれは壁に指先をつき、そうっと歩いて、シャチを探した。

 ――と――


「……っ、ぇ……。やめ――……。って……」


 ん? 女の人の声。コトラさんかな? 柱の向こうから聞こえる。おれは静かに歩み寄った。プールサイドに近づくたび、声が明瞭になってきた。


「だめ――離してって言ってるでしょう、いい加減にしてよシャチ!」


 ……うん?


「ぼくは離さないよ。コトラこそ、本当に嫌ならぼくのこと突き飛ばして逃げれば良い」

「今日は大事な話があるんだってば。お願いだから聞いて。あのね、リタさんが、あなたのパパが生きているのよ!」

「知ってる」

「えっ? なんですって?」

「だってママが言ってたもの、オルカは信じてなかったようだけど。そんなことより、ぼくらにはもっと大事なことがあるだろ。コトラ、ぼくとの約束は」

「あ、あれは。でもあたし……や、やっぱり無理よ」

「無理って何。顔を背けないで、ぼくを見て。ほら――ぼくもう子供じゃないよ」

「えっ……キャッ!」


 ちょ……なんすかこれ?

 おれは思わず隠れてしまった柱の陰から、恐る恐る、顔をのぞかせた。

 そこにあった光景は予想以上のヤバさ。騎士団長軍服姿のコトラさんを、全裸のシャチが壁に押さえつけ腰を抱いているという。なんですかこれ!


「だ……だめ。だめよ……」

「約束しただろ。ぼくは十五になったら騎士になる。コトラは騎士団長。そしたら、ぼくのこと『男』にしてくれるんだよね?」

「でもあたしまだ副団長だし、シャチもまだ騎士じゃないし!」

「ぜったいになるよ、二人とも。だからいいだろ、今すぐでも同じこと――」

「えぁっ!? ちょ、だめだめだめ、馬鹿やめて、こんなところで嫌っ――や、ぁ。あっ……」

「コトラ……」


 なんですかこれ!


「うっひょぉおおおーっ!」


 おれは絶叫しながらダッシュして、夜のプールに飛び込んだ。盛大に水しぶきが上がるなか、「うわ!」「きゃっ何!?」と男女の悲鳴が聞こえた。それでも無視してわーわー言いながらプールの端から端までクロールで往復しまくる。見習い生のなかで落ちこぼれのおれだけど、泳ぎだけは得意なのだ。


「うひょおおおおおおおおおおお」


「……なにやってんだオルカ?」


 唐突に、頭を捕まえられ水揚げされた。ママがプールサイドに片膝をついておれを持ち上げ、心底不思議そうな顔をしている。その後ろで、全身を真っ赤に染めたコトラさんと、しっかり服を着たシャチが無表情で立っていた。



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