推薦者たち①
歌手、画家、舞踊家、デザイナー、作家など、芸術全般。保育士、介護士、看護師など、福祉関係全般。個人宅への派遣という小規模の調理、清掃など家事代行全般。さらにそれらに就きたいものを教育し派遣する、専門教師諸々。
それら『職業』を、二等公務員という名称で政府管理の下、新設する。
彼らの給与は、現在の公務員――軍人と比べて、七割程度と低い。だが拘束時間が短く、長時間の勤務が出来ない者に向いている。
例えば、既婚女性。専門技術はあるが総合学力のない被差別人種。心身に部分的な障害のある者などだ。それぞれに出来る範囲、出来ることをそれぞれ審査し、その専門職に必要項目を満たしていれば、他に何が欠けていようとも関係なく雇用する。
「……これにかかる費用と、これによって削減できる福祉経費。そのプラスマイナスの算出は、次の通りです」
そう言って、鯨は老人たちを促した。
枢機院、大会議室なる一室には、二十人ほどの老人がいた。みな男性だ。彼らこそこのラトキアで星帝の次に『偉い人間たち』である。
「……ふうん、なるほど。まあ、よくできているな」
一人の男が言った。数字など見もせず、青い瞳を伏せて、笑う。
「確かに、ただの七光りというわけではなさそうだ。そのリタとかいう婿殿は――なあ、白熊殿?」
「ええ、その通りですよ。私の推薦状は、婿贔屓で書いたものではございませんとも」
あおられて、白熊が応じる。彼もまた枢機院のメンバーであり、議長である現星帝皇后、鯨の父であり、星帝候補の妻の父親であり、推薦者の一人だ。
すなわち新星帝選出の最終決定を下す、権力者。しかしこの中では最年少であり、末席にいた。それ以上の主張はせず静かに座している。
父の権力は決して強くない。鯨はそれ以下だった。
座席こそ会議室の中心だが、本来は選挙権すらないただの『女』。故星帝ハルフィンの代行として、ギリギリでこの場にいられる立場だった。
(だけど、退くわけにはいかない!)
光の塔から届いた声明を、鯨はすぐ国中に放送した。そうしてまずは彼の認知度をあげ、味方を増やし、各地の貴族から票を受けられるよう努めた。
それはたいへんな成果を上げてくれた。当初、鯨が期待していた要人の推薦を全て受け、さらに地方貴族の支持をも集めている。梨太たちは旅の行く先々で支援者を集めている。
他候補者達もまた多くの推薦状を提出してきたが、力としても数としても見劣りしない――どころか、圧倒的に、梨太の勝ちだ。
最終決議の場。
鯨は胸を張り、余裕の笑みを貼り付けている。服の下に、汗をびっしりと浮かべながら。
(勝てる勝負だ。ここまでさせたのだ、勝たねばならない!)
しかし――
「発言します」
一人の老人が手を挙げた。承認を得てから立ち上がり、
「しかしどうもねえ、異星人、というのがなあ?」
ほらきたと胸中で舌打ちしつつ、鯨はあえて、キョトン、と眉を垂らして見せた。
「星帝が生粋のラトキア星人でなくてはならない法はありませんよ? 過去にも例がありますし」
「それは遺伝子上の話だろう。生まれ育ちはほぼラトキア国内、それも貴族階級をもっての話だ」
「在住年月の下限は選挙法に定められていません。それを理由に反対するのは移民差別であり違法です。貴族階級は、リタはすでに騎士団に入団し得ています」
「ふん、小賢しい急ごしらえだ。実績が無い」
まったく予想通りのツッコミに、鯨の額に一筋、汗が伝う。だが笑みは崩さない。
「実績? それでいうと蠍殿、貴殿も元来は商人。多額の納税で爵位を得ただけ、いわば貴族階級を金で買ったようなもの。その後、公務らしい公務はなにかなさいましたっけ?」
「なっ、きっ、貴殿こそっ、ただの女――」
「あっ失礼、口が過ぎましたわ。ごめんあそばせ」
口論になる前に退いて、鯨は頭を下げて着席した。
これでこの狸親父は封じた。しかしその横にいた男が手を挙げる。彼もまた星帝候補である。
「発言します。――今の会話、蠍殿の落選は決定に至るとして、リタを当選させる理由にはならないな。結局どちらも実績がないだけだ」
「……。……その通りですね」
「どれだけ良い政策を打ち出そうとも、実現できなければただの妄言だ。現時点では意味がない」
「私が発言します。狒狒殿、お言葉ですが実現じたいは容易ですよ。国の法律を一部改正するだけですから。具体的に何をどうするってのは当人が出してきてますからねえ」
「私が発言します。うん、ぼくも賛成。いやほんとこれよく出来てる……すごい、出店地の開発費用からその業者からの納税っていうバックまで計算してある。これ旅先で作ったんでしょ、どういうアタマの出来してるんだろう」
味方がいる。
「発言します。枠だけ用意しても、結局動くのは人間だ。転職を斡旋しても、それに乗っかる人間がいなければそれこそ国庫の浪費で終わる」
「狒狒殿は、この新政策は国民の支持を得ない、魅力がないとお考えで?」
「まあそういうことだ。少なくとも俺は支持しない。新しい概念の職業など、不安定にもほどがある」
「発言します。それは狒狒殿がすでに天職を得て安定しているからでしょう。この新法は現時点で不安定、職がないものへの福祉です。我ら貴族が魅力を感じなくて当然。反対する理由になりません」
「……。――確かに。しかし、肯定する理由にもならない。……いや、俺には理解が出来ないようだ。しかしそれ以上に、国民の支持を得られそうな案が俺には無い。リタを推しはしない、だが自分の立候補は降りる」
(やった!)
鯨は笑い声をあげそうになった。この狒狒は最大のライバルだった。あと数名、候補者がこの場にいるが全員唸って黙り込んでいる。彼らみな、リタよりも自分の方が優れているという武器が無いのだ。
(勝てる。勝てる……!)
「二十四歳だったか。いくらなんでも年が若すぎるのでは?」
「現星帝ハルフィンが就いた時と大差ないだろう。歴代の星帝にはもっと若いものもいた」
「それは平均寿命がいまよりずっと低かったからだ」
「だからなんだ、星帝が国民の平均年齢より年上でなければならない理由はない」
「あたらしいコトやるなら、言い出しっぺ当人が長生きしてくれたほうがいいなあ。蠍殿では五年が限界ですものねえ」
「し、失礼だろうっ!」
喧々諤々、色々な意見が出る。何人もが挙手をしては、撃沈していく。敵が説得されて寝返って、リタの推薦者が増えていく。
(勝てる……!)
しかし、
「しかし、やはり実績が無いのは痛いな。正直言って、私には彼の概算が信用できるのかどうかすらわからない。判断が出来ない」
そんな意見が出た。鯨は思い切り眉をしかめ、不機嫌を演出し、圧力をかける。
「そのためこその、推薦状です。多種多様なジャンルの権威者が、リタの実力を保証しています。現騎士団長の鮫、元騎士団長にして騎士の教育係であり枢機院メンバーの白熊、三女神協会の教主ウサギ、現星帝の代行である皇后のわたくし鯨、バルフレア地方管理者の鰐、騎士およそ二十名――」
「身内と女、それに三流貴族ばかりではないか」
「豆の町の統治者スズムシ、天皇家――」
「辺境の田舎者だ。この王都の政治経済を分かっていると思えない」
「ちょっと、それは口が過ぎるのでは?」
注意をすれば「おっと失礼」と頭を下げる。だがそれで退くわけではない。
「リタ氏は優秀過ぎて、我らには判断がつかない。ならば狒狒殿をはじめ、名の通った候補者を推すのが無難ではなかろうか」
「無難で政治ができますか!」
「博打で出来るものでもないだろう?」
「……ぐっ……!」
唇を噛み、黙って、考え込む。
(ここまできて、負けてたまるか!)
反論しなくてはいけない。それが思いつかない。
かといって、相手もこれ以上攻め込むことは出来ないようだった。
星帝リタを肯定する材料がなくても、絶対不可とする要因が無い。リタを推薦する者、否定するもの、両者ともに手詰まりだった。このまま長引きすぎると無難な方向へ流れてしまう。やはり戦わなくてはいけない。
勝てない戦いではないはずだ。
だがあと一歩だけが足りないのだ。決定打。必殺技。最後の武器が何か、何かを――。
と、その時だった。
――びびびびびびっ!――
虫の羽ばたきのような音と共に、空中に何かが飛び出した。手の平よりも一回り小さく、すこしいびつな楕円形、つるりとした銀色の物体だ。
くじらくんポータブルバッジタイプである。
枢機院の老人が怒鳴った。
「なんだ、この重要な会議の場に誰が持ち込んだ!?」
軍の備品だが、鯨のものではない。鯨もまた驚いたのだ。手に取ったのは白熊だった。通信ボタンを押して、スピーカーを起動する。
「はーい?」
「ちょ、お、おとうさんっ!?」
「白熊殿!」
叱責されてもなんのその。元騎士団長の翁は飄々としたもので、誰かと通話を始めてしまった。会話を、全員に聞こえるようにして。
『――白熊さん? あれっもう今会議室……えっとコレしゃべって大丈夫なんですか?』
「そうだけども大丈夫だ」
「大丈夫じゃないっ! おとうさん、あとにしてよ!」
『……と、おれの上官が言ってるみたいなんでぶっちゃけ切りたいんですけど』
「大丈夫だって、いいから続けなさい蝶くん」
『あっあっ、おれの名前出さないでくださいぃ』
泣き声じみた声は、確かに聞き覚えのある騎士の声だ。枢機院の老人たちも、眉をしかめながらも一応黙って聞いている。この星帝選出に関係のある話なのだろう。そうでなければ追放ものだ。
『あーあ。じゃあもう覚悟決めてしゃべりますよ。……えーと、依頼されてた件、調べてきました。結論から言うとやっぱりノーカウントになってました。無効票扱いどころか届いてすらない状態でしたね』
「そうか。却下したのは刑務所の事務かね?」
『いやそれがよくわかんないですよ。刑務所の出口はちゃんと出て、宮殿の選挙委員会に向かう便に乗ったらしいんですけどね。そのへんでいつの間にか消えたようで……いまその場にいる政治家さん達、誰も知らないんじゃないかと』
「なんと。そうだったか。実物は手に入ったかね?」
『いや、残念ながら……』
「……おとうさん、何の話?」
たまらず尋ねる。父は答えた。
「烏からの推薦状だよ。かつてラトキアの大脳と呼ばれた天才科学者、そしてクーデターの幹部であり、リタ君の天敵――あの男からの、星帝リタの推薦状だ」
どよめきが起こる。
そうして膠着していた会議が動き出した。




