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鮫島くんのおっぱい  作者: とびらの
第三部 さよなら鮫島くん

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230/252

帰ろう

 

 光の塔が、白く輝く。

 夜明けである。

 鮫島が部屋にこもってから三時間ほどか。くじらくんのモニターにはまだ彼女の姿がある。

 さすがに長すぎるとしびれを切らし、梨太は再び塔を訪れた。途中、ヒグラシと合流しともに頂上を目指す。


「こんなに苦戦するなんて。鮫さんの深層心理って、そんなに複雑なものだったのか?」


 眉を寄せながら、早足で進んだ。

 扉の前には、鹿がいた。ドンドンと激しくノックをしながら、大声をあげている。


「団長! 団長、返事をして下さい。団長! 団長!!」

「鹿さん? どうなってるんですか」

「ああっリタさん! 大変です。団長の返事がないんです。中で失神しているようで――」

「失神?」


 梨太はモニターで確認した。たしかに、床に座り込んだままピクリとも動かない。よく見れば扉にもたれかかり、完全に脱力している。それで返事がないとなれば、意識が無いのは間違いない。しかし、梨太は首をかしげた。


「……これ、寝てるんじゃない?」

「そんなわけないでしょう、こんな所で熟睡なんて出来るわけがありません。監視されてるし床は堅いし、不潔ですし」

「うーん、でも鮫さんだし」

「さっきまで何かを独白されていたんです。ああどうしよう、もしかしたら、辞世の句かも……!!」

「いやそんな」


「リタ様、こちらは自動で録画されています。そのボタンで遡って再生できますよ」


 ヒグラシに言われて、従う。二十分ほど前、たしかに鮫島がなにか呟いている。音量を上げてみた。



『……おなかすいた……』


「……」「…………」「………………」


 三人はそのまま、騎士団長の辞世の句とやらを聴いていた。


『おにぎり、リタが作ったやつが食べたい。自分のはいやだ。のどかわいた。帝都のスムージーが飲みたい。桃味のやつ。……あー帰りたい、ねむい。帰りたい。

 もーやだもう。帰りたーい』



「えっ? ……これ、団長の声、ですよね?」

「ですわね」


 呆れたように、ヒグラシ。しかしその顔は笑っていた。梨太もクスクス笑いながら、続きを聞いてみる。


『さむい、しんどい、ねむい。リタだっこしたい。リターだっこ……リター』


「くふっ!」


 思わず、大きな笑い声が出た。口を塞いでどうにか抑える。鮫島の言葉は、ぶっちゃけというよりはもはや譫言うわごと、寝言に近いものらしかった。体を不自然にグラグラさせながら、意味のない言葉を吐き続けている。


『かえる……寝る。

 ほかに何も要らない、だから。帰っておふろにはいってベッドで寝たい。地球でもいい……ごはん、ふろ。ねむい。

 リータ、りー、た……た。

 ……り。…………くぅ。……くー。くー』



「ぶっ。くくっ……くっくっ」

「ふは――うははっははははひはは」


 鹿と、ヒグラシも噴き出した。光の塔最上階、冷たい石床にへたり込み、ヒィヒィと呻きながら悶絶する。

 特に鹿は、心配していただけにギャップが大きかったらしい。涙まで零しながら、


「だ、だんちょうって、こんな。団長ってまさか、こんな人だなんて」

「――そう、こんな人だよ」


 梨太はそういって、録画再生を停止する。

 立ち上がって三度、扉をノック。扉に唇を寄せる。


「鮫さんおはよう。梨太だよ。起きて。きっともう、鍵は開いているよ」


 鹿の絶叫とは比べ物にならないほど小さな囁き声である。それでもすぐに、ドアノブが動いた。

 がちゃり――簡単に、扉が開く。

 もたれかかり、自分自身の体重で封をしていた鮫島が、どこかぼんやりした顔でそこにいる。


「あれ? いつのまに?」


 と、首をかしげる彼女。

 ずいぶん前から試していなかったのだろう。本当にいつ鍵が開いたのか、どの言葉によって赦されたのか、誰にも分からないまま、鮫島は試練を乗り越えていた。


 試練を与えた当人、鹿が言う。若干顔を引きつらせながら、


「団長……なんだかスッキリした顔をされてらっしゃいますね」

「少し転寝うたたねしたから」

「そういうことじゃないと思うけどなぁ」

「でも別に、たいした話はしていないぞ、たぶん。後半あまり覚えてないけど……」


 三人、顔を見合わせて苦笑した。


 そう――大したことは言っていない。少なくとも梨太にとっては、意外なことでもなんでもなかった。

 わかっていたことだ。


「お疲れ様、鮫さん。帰ろう」


 梨太は言う。


 まだ夜は明けきっておらず、二人は寝不足で、疲れていた。それでも早くここを出たい。他人のいえの客室ではなく、自分たちの家に帰りたいと願う。


 星帝への推薦状はあとからメールで、宮殿に直接送ることができる。それなら、急かす必要もない。録音を聞き返し精査してくれればいい。


 手を差し出すと、鮫島はすぐそれを握り、隣に並んだ。いつもの彼女らしい無言、無表情で、音もたてずに踵を返す。

 塔が用意した靴は、女性らしいヒールが付いている。並ぶと、彼女は梨太より頭半分背が高い。

 それで二人は手を取って、ともに一礼した。


「お世話になりました。では、よろしくお願いします」


「……面白い夫婦ですね、あなた方は」


 別れのあいさつの代わりに、ヒグラシはそんなことを言った。この老女から、面白いと言われるとは思わなかった。光栄に思っておけばいいかと聞き流す梨太に、彼女は追加で、こんなことも言った。


「帰り道は、通るのにき隠し通路へご案内します。お気をつけて、お帰りなさいませ。――まあどんな道も、鮫騎士団長殿がどうにかしてくれるでしょうけども」

「軍人だからな」


 鮫島は、頷いた。



 塔の町は、来た時と同じく暗く、鎮まりかえっている。死を待つ者たちの町――おそらく夜が明けきれば、住人たちは起き出して、自ら火葬場へと列をなす。


「政治って、難しいよね」


 山道を行きながら、梨太は言った。


「――おれは、この塔の存在が嫌だ。でもラトキアにはまだ、光の塔が必要ってのもわかるんだ。地球でも医療福祉の費用は大きな問題になってる。それをこの、弱者を切り捨てるシステムでうまくいっているのがラトキアだ。この『成功』から、おれたちは目を背けちゃいけない。きれいごとを言ってるだけじゃ何もならない」

「……ああ」

「でもさ、やっぱり諦めちゃいけないところだと思うんだよ。しかたないで済ませちゃいけない、ちゃんと救っていかなきゃダメなんだ」

「……そうだな」

「難しいよ。でもなんとかする。なんとかなる――いきなり全部は無理だけど。少しずつでも」

「うん」

「――ッと、その前に当選しなくちゃだけどね。ヒグラシさん、推薦状くれるかなあ。いけそうなかんじあったよねー?」

「ああ」

「とりあえずチョッパヤで王都に帰って、期日ギリギリまで粘ってみよ。地道に営業回りだね! 頑張ろっ!」

「うん、がんばって」

「支えてくれる?」

「もちろん」


 鮫島の相槌は、いつも短い。


「妻だからな」


 そのセリフも、やはり静かな棒読み口調、相変わらずの鉄面皮。

 だが心なしか「軍人」と自称するときより少し、誇らしげに見えた気がした。



 取り急ぎ、バルフレア村へと帰還。鰐の部下となった虎に馬車を預け、軍用車に乗り換える。

 休憩と談笑、お土産を買う約束を、すっかり忘れていたハーニャに弁明の時間をちょっとばかり費やす。

 おそらくは今生の別れとなるだろう、虎と、それほど長話はしなかった。

 ただ「気を付けて、急げ」とだけ告げておく。



 そうして、また旅に出る。

 来た道をそのまま戻るだけの旅は、まっすぐ、まっすぐに、彼らの未来に続いていた。





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