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鮫島くんのおっぱい  作者: とびらの
第三部 さよなら鮫島くん

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227/252

栗林梨太は何を為すか

 

「……キタミ?」


 名乗りを聞いて、ヒグラシは思わず怪訝な声を漏らした。マイクには届いていないだろうが、慌てて口をつぐむ彼女に、梨太は微笑む。ヒグラシに顔を向けて、全国民に向けた言葉をつづけた。


「それが、産んでくれた親がつけたおれの名前。今はリタと名乗っています。名前を変えたのは、あまり素敵な理由ではありません――話すと長くなるので、今この場では割愛します。

 詳細は、別途録音をして照会します。おれがどんな環境に生まれ、どうやって生きてきた人間なのか……気になるというひとには、いくらでも」


 ――だけども。と、リタは続けた。


「おれという人間がどんなやつかは、この場に関係ないとおれは考えています。

 星帝を選び出すのに必要な情報は、個人の性格、趣味嗜好ではないでしょう。『何を考えているか』でもない――『何をしてくれるのか』。

 もしもこの男を星帝に据えたら、自分たちの日常生活がどのように変化するのか。選択に必要な情報は、ただそれだけですよね」


 フッ、と、ヒグラシが鼻から息を漏らす。微笑んだのか嘲笑したのかまではわからない。

 梨太はマイクに向かって、指を立てた。自分でそれを見つめながら、言い切る。


「これからおれは、三つのことをあなたたちに伝えます。それで、おれを推すかどうかを決めてください。

 一つ、具体的に何をしようとしているか。二つ、それは虚言でも理想語りでもなく、実現可能であるという根拠。三つ、それによって、あなたにどんな得があるのか。

 ……なるべく短く、わかりやすく伝えるよう努力しますので、聴いてもらえたら嬉しいです」



 胸の中に溜め込んだ息を、一度すべて吐き出す。そして深く吸い込んだ。

 新しい酸素に言葉を載せて、梨太は指を一本、畳んだ。


「一つ目。具体的に何をしようとしているか。

 おれが星帝になったらまずやること。おれはこの国に新しく、いくつかの『職業』を作り出します」



 ヒグラシが眉を上げる。梨太は彼女の顔を見て、情報の過不足を試算していた。


 高貴で知的な老女が、すんなりと理解をし、かつ聴きごたえのある内容でなくてはいけない。


 梨太はまだ、ラトキア語を完璧に使いこなせているわけではなかった。まだ来たばかりの異邦人――そんな自分が使える簡単な言葉は、結果として、誰にでもわかる言葉になって綴られた。


「今この国は社会主義で、職業は国が作り出しています。国のためになるようなもの、産業は、生きるのに必要不可欠なものがほとんどです。

 もっと色々あったらいいな、と思いませんか?

 いや、あなたたちはすでにそう考えている。

 だから、オーリオウル星や王都外の諸民族が出す、高額な輸入品を買っている。ときには違法なルートから……。

 もしも自由に商売が出来たら、あんなものを買いたい、あるいは売りたいと、考えたこと、あると思います。

 おれはその根幹、今在る国のやりかたをぶっ壊すことはしません。ただその種類……お店と品の種類を増やすのです。

 これはとてもシンプルな話なんです。あなたたちがオーリオウルや国外の諸民族へ外注しているものを、あなたたち自身が作り、売り買いできるようにします――国が給料を出すので、と。そんな、ただの求人情報なんですよ」


 ヒグラシの顔つきが拍子抜けしたように和らぐ。なんだ、ただの経済政策かと気を抜いたのだ。

 この光の塔に、王都の経済はほとんど関係が無い。自分に無関係と感じたのと、純粋に、梨太への失望だった。

 そう、彼女くらいに学のあるものなら言わずともわかる――この改革には大きなリスクがある。


「――新事業が生まれるメリットは、今よりも良いものが安く手に入るということ。逆にデメリットは、従来の粗悪で高価なモノが売れなくなるということにあります。――それを、ただ買うだけの人はデメリットに感じません。しかし現在、その仕事についている人ならこの恐ろしさがわかるでしょう――需要と供給の不成立。売れなくなる、儲からなくなる……失業する、ということです」


 梨太は言い切った。


「これはおれの生まれた国、全世界でも、大きな問題になっています。だから、同じことはしません。さっき言った通り、政府が職種を規制するシステム自体は変えません。ただ、増やすだけです。

 今在るものを変えはしません。

 今まで無かったものを作ります。

 それは、現在の失業者の雇用につなげることができます。――心身のどこかに欠陥があり、正規の就労が難しい人間に、ただ保護して支えるのではなく、出来ることを提案します。

 ……障害者や被差別人種、女性への福祉です。前星帝ハルフィンが行っていたのは、ただ積極的に斡旋するのみでした。それは彼らには苦痛なことであり、今ある雇用枠を食いつぶすリスクもありました。

 だからおれは、まず『受け皿』を用意したいのです。

 そうすることで――『光の塔』へ向かう者を、減らすこともできると考えています……」


 ヒグラシが目を見開く。


 ゆっくりと二度、まばたきをして、梨太をじっと見つめた。


 専門職業の新設――


 経済、人権福祉、治安の安定。さらに国民幸福度の上昇ないし維持を目指すのに、梨太が思いついたのは、この政策であった。


 梨太の妻は、惑星最強と言われている軍人だった。

 初めて出会った時、彼女……当時は彼……は、梨太より三十センチ近くも背が高かった。対して梨太は少女と見まがうほどに非力でチビ。

 そんな彼が、梨太に言ったのだ。

『おまえは強い』と――


 その声を思い出しながら、梨太は簡単に、国民たちにもあの顛末を紹介した。


 そう、八年前の出会いは、まさに象徴的な実例だった。


 梨太はそれまで、軍人とスポーツ格闘選手との明確な違いを知らなかった。

 軍隊では狭いリングの中、決められたルールのもと、同じ部分を競う必要はない。

 チカラの弱いものはアタマを使う。豊かな発想が出来なければ、圧倒的な知識量でねじ伏せる。

 それぞれが特殊な能力に特化し、適材適所に配置されていた。

 梨太が知る騎士――鮫島が作ろうとしていたのは、そんな騎士団だった。

 そしてそれは、星帝ハルフィンが目指す国でもあった。


 三女神教会で、梨太は願った。鮫島がこの結婚でなんにも損をしない世界がいい――と。

 その方法を、ずっと考えてきた。長い旅で、見つけた答えがこれだった。


「……安心してください。この国は少しだけ変わります、だけど、誰もなにも損をしません。

 変わっていくことは、無くなってしまうということではないから」





「――名は、クーガ。地球では鮫島と呼ばれていた」


 白い部屋に、淡々とした声が響く。

 鮫島はとりあえず扉を見つめて、自己紹介を始めていた。


「輝王系惑星ラトキアの軍帝国下、ラトキア騎士団に所属し十七代目騎士団長。王都にて誕生。父の名は白熊、母の名は燕。兄弟は星帝皇后にして将でもある鯨を長子ちょうしに、かもめはやぶさわにがあり、齢当年二十八となる末子が私である」


 朗々と謳ったが、なにも起こらない。

 鮫島は挫けずに、さらに続けた。



「……夫の名はクリバヤシ・リタ。現在は暫定的にラトキア騎士団に所属、のちに星帝となるべく活動中である。私はその応援としてこの場にいる」


 なにも起こらない。

 鮫島はそこで、アッ、と声をあげた。


「――そういえば。リタって、ほんとはなんか別の名前があったような気がする。あんまり響きが可愛くなくて忘れたけれども。そうだ、そういえばまだリタには言っていなかった……」


 そうかこれかと思い立って、鮫島は口元に手を当て、大きな声で宣言した。


「リター、ごめーん。私ら騎士団は、初めて出会ってすぐ、協定を結ぶ前に、お前の身辺調査をガッツリやってた。私も騎士たちも、全部、最初っから知ってたんだ。どーでもいいから言い忘れてた。ごめんなさーい!」


 ――白い扉は、開かなかった。

 鮫島は一度首を傾げ、すぐにうなずいた。


「これじゃなかったか。……まあ、そうだろうな。どうでもいいことだし……」


 納得してから、また考え込む。


「……あとは……そうだ。あの水族館。鮫の牙のペンダント、買ってくれたのは嬉しかった。でも正直、エッそっちって思った。そこはあの可愛いブレスレットのほうじゃないのかと。……リタは、自分で思っているほどは女心がわかっていないと思う。それを言うと、君に言われたくないよと怒られると思って言っていないけど」


 扉は開かない。


「…………。あと、何かあっただろうか?」


 と、呟いてからふと思い出す。


「間違えた。リタにじゃなく、私が私自身に嘘をついているという話だった。……よくわからないな」


 とりあえず鮫島は己の身長と体重、好きな食べ物と得意な戦術、最も可動域の広いのは足首であることを述べた。

 足の甲をふくらはぎ側までひん曲げながら、「こういうことではないんだろうな」とは予想していた。

 予想通り、扉は微動だにもしなかった。


 鮫島は嘆息した。


「……向いていない……」


 いつもの無表情、静かな口調で、穏やかに呟く。



「あー。爆破したい」


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