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鮫島くんのおっぱい  作者: とびらの
第三部 さよなら鮫島くん

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217/252

鮫さんの姫化

 『光の塔』は、大きく分けて三つの建造物からなる施設である。


 一つは、まさに塔――象徴である『光の塔』そのものである。三十メートルほどあろうか、細長い筒状の石塔だった。

 天皇と、その親子だけが暮らしているらしい。当然、部屋数はごくわずかで、ほとんどは螺旋階段でしかない。家というよりは、物見の塔や時計台、灯台のたぐいを思わせた。

 もう一つは、門から塔までの壁のごとき巨大な屋敷。これが、塔の一族が暮らす家になる。三階建て、切ったカステラのような形の一軒家に見えるが、実質、アパートと言った方が近い。同居をしているのではなく、各家族の集合体なのだそうだ。


 梨太たちの宿は、この屋敷の中に用意されていた。

 思ってたよりは、ちゃんともてなしてくれるらしい。まず通された客室ゲストルームは豪奢であり、風呂は住人たちと同じ浴場。王都で一般的な掛け湯ではなく、湯船である。本当にリゾートホテルにでも来たような心境で、梨太は息をついた。


(てっきり、不潔なお前たちは豚小屋で過ごすのよっとか言われるかと思ったけど、良い扱いしてくれるじゃん)


 意外と歓迎されているのかもしれない――そんなことを思いながら風呂を出て、客室へ戻る。

 扉を開け、真っ先に聞こえたのは鮫島の怒号だった。


「リタ! もう嫌だここ。イヤガラセだ!」


「……なに、どうしたの」


 と、鮫島の姿を見て、思わず吹き出した。


 彼女の衣装が様変わりしている。部屋着にと、塔が用意したものである。

 なんというか――ドレスだ。

 鮮やかなピンクの生地に編み上げコルセット、たっぷりのドレープ、フリフリフリルと大量のリボン。このラトキアのものとは趣向が違うひたすらド派手な貴族服――ロココ調というのだろうか。


「まず、私に似合ってない。それに明らかに部屋着じゃない。イヤガラセだっ」

「……だろうね」


 そうとしか言いようがなく、頭を抱えた。


 と、言いつつ、自身の恰好を見下ろす。

 梨太もまた、同じような目にはあっていた。

 さらりとした生地のチュニックに、金糸を織り込まれ光輝く鮮やかな紺のヴェストと同色のキュロット、艶のないタイツ。柔らかい革で編まれた靴はショートブーツともサンダルともつかぬものである。


「もうイジメだなこれ。お風呂の間に元の服が回収されて、脱衣所にコレしかないあたりでそんな予感はしたけども」

「リタはまだ似合ってるからいい。私なんて……よくもこれだけ、私に似合わないものを探してきたものだと、感心する……」


 何もかも諦めた様子でうなだれる。ベッドに腰かけ、フリルまみれのスカートを握って呻いた。


「恥辱だ」

「そこまで言う。……着替えちゃえば?」

「荷物を取り上げられた。危険物がどうたらともっともらしい理屈をつけて」

「……徹底してるね。まあとりあえず、ご飯に行こう。食堂に用意があるらしいよ」

「誰もいないところに行きたい……」


 ポンポン、背中を叩いて慰めながら、どうにか鮫島を連れ出していった。


「――お待ちしておりました。こちらに食事の用意がブっふぅッ」


 実に楽しそうなメイドを脇目に、食堂へ入る。テーブルにはすでに料理が並んでおり、席は無人だった。


「だったらなぜ着替えさせたんだ。いっそ、塔の住人との会食だったなら意義があったというのに……」


 パンをちぎりながら、鮫島はずっと不機嫌なようす。

 美味だがすっかり冷めた食事を終え、特に何事もなく部屋へ戻る。

 客室は、確かに豪華で質はいいが、暇つぶしの道具は何もない。もっとも苦しい拷問は退屈である――という文言を、鮫島がボソリと吐いた。


「……ヤレヤレ。やっぱり、一筋縄じゃいないか」


 梨太は苦笑した。カーテンを開き、外を見つめる。客室の窓からは、ちょうど細長い建物が見えていた。塔の形――だが、『光の塔』ではない。


 この施設にある、三つ目の建物――火葬場、であった。


「あそこで毎日、何十、何百という人間が、生きたまま焼かれているという」


 鮫島が言った。


「ラトキア民族の、古い伝承だ。いかなる理由があれども、自殺者の魂は呪われる。現人神の、光の炎によって焼かれなければ、未来永劫苦しみ続けると」

「……どうしてこれは、違法行為にならないんだろう。普通の――いや、日本人のおれの感性だと、殺人……だと思うんだけど」


 彼女は首を振った。それは彼女自身の感性での否定だった。


「もとより、自ら死を選んだものたちだ。それを止めろというのは、他人の望みにすぎない。自分の命は自分のもの。止める権利はないし、幇助することは何も罪にはならないだろう」

「……そうだね。……その通りだ」


(そしてもう一つ――国にとって、弱者の淘汰は都合がいいからだ……)


 それは、口に出しはしなかった。


 笑顔で振り向く。

 ドレスの端をつまみ、どうにも居心地の悪そうな鮫島に向けて、


「おれ、ちょっと出かけてくる。屋敷の散歩と挨拶回りに」

「…………私も」

「鮫さんはここにいて。その格好、ひとに見られたくないんでしょ? なんとか荷物を取り返してくる。おれも勉強道具全部没収されたの困るし。せめてもうちょっとマシなデザインのものをって、交渉してくるよ」


 鮫島は眉を寄せ、しばらく視線を険しくしていた。だが梨太の交渉に、自分はいない方がいいと判断したらしい。気をつけて、と手を振った。


 梨太も手を振り、部屋を出る。

 後ろ手に扉を閉め、一度、嘆息。


「――よし。やるか」


 そして、彼は動き始めた。


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