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鮫島くんのおっぱい  作者: とびらの
第三部 さよなら鮫島くん

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211/252

リタ君VS鰐にいちゃん


「さあ、これで全部だなっ」


 馬の餌を運び込んで、虎はフウと息をついた。よく働いてくれた彼をねぎらう。

 ここまでの道、護衛の出番は(無駄に首を突っ込まなければ)ほとんどなかったが、彼の存在は心底ありがたかった。交代での運転、夜の番、キャンプの準備、町での取り回し、おしゃべりの相手と、旅は彼のおかげで快適だった。

 帰り道と契約不履行のぶん、依頼料の半額以上を返そうとするのを断って、


「元気でね、虎ちゃん。お金、何に使うのか知らないけど……応援してるから」

「おう。さんきゅっ」


 にかっと笑う、大きな口から、魅力的な八重歯がのぞく。


 梨太と鮫島は、二人並んで二頭の馬にまたがった。鰐が手綱を引いて歩きだす。村を出た先、轍に均された街道まで、慣らしを兼ねて先導してくれるらしい。


「わ、ぉっ、と……」


 高所での揺れにひるんだとたん、馬はぴたりと歩みを止めた。

 並んで繋がれた鮫島の馬がたたらを踏み、こちらも止まる。

 騎手の気持ちを敏感に感じ取り、汲んでくれている。見かけによらず繊細な生き物は、たしかに『馬』であった。


「……よろしくね」


 緑色の肌を撫で、梨太は胸を張った。


 ゆっくり、ゆっくり進みながら、視線だけで後ろを振り返る。


 村の門前で、大勢が見送ってくれていた。

 ほとんど村全員のバルフレア人と、その群れからひょこっと背の飛び出た赤い髪のラトキア人――


「――いってきまーす!」


 彼は適当に手を振り、応えてくれた。



 蹄鉄が、硬い地面を踏んでいく。カポリ、カポリが、カポ、カポ、カポに音を変えるころ、馬車は街道まで到達する。

 そこで突然、馬が足を止めた。鰐が馬上の梨太を見上げている。


「よし。なんとか行けそうだな?」

「は、はい。どうにか」

「二人とも慣れたら、一人が御者台のほうに移って交代で休めよ。帰りはバルフレア村に置いて行ってくれたらいい。あの虎って男がなんとでもしてくれる」

「はい、ありがとうございます」

「そういや言い忘れてた、こいつらの名前。リタが乗ってる方がエイリー、クゥの方がマルリーオ。新婚夫婦なんでたまに交尾をするかもしれないが放っといてやってくれ」

「えっ!? あ、はいわかりました。それはそうとして、その――」


 梨太は声を低くした。あえて眉を寄せ、険しい視線で鰐を見下ろす。


「……もう、手綱を離してもらっていいですよ。……そうやって馬を止められていたら、出発できないじゃないですか」


 ふふっ、と、鰐は声を出して笑う。こちらを見上げる青い目が、意地悪く細められていた。

 状況に気が付いた鮫島が身構える。だがグラリと体を揺らし、慌てて姿勢を戻した。

 運搬用に育てられた馬は、騎手が戦闘態勢に入るのをよしとしない。剣を抜いたら振り落とすぞという意思を感じ、梨太も心を鎮める。

 手綱を握る鰐だけが、明らかな敵意を隠さなかった。


「――馬車を用立てるまでは、オレの仕事。この手綱を離すかどうかは、オレ個人の選択だ」

「……ルゥ、リタを信じろ」


 鮫島が口をはさむ。鰐は聞かなかった。


「お前が信じ込んでしまっているから、おにーちゃんが戦ってやってんだぜ」

「ルゥ――」

「待って鮫さん、大丈夫。こうくるだろうなーと思ってたから」


(このタイミングかよ、とは思うけど)


 などと胸中でつぶやきつつも鮫島を制し、ちょっと苦労をしながら馬から降りた。鮫島をその場に待たせ、幌の方へ、鰐を手招きする。付いてきてくれないので仕方なく、自分だけ幌に入りカバンを持って戻ってきた。

 怪訝な顔をしている鰐――

 妻の実兄であり、星帝候補としてライバルであり――そして、やりようによっては仲間にできるその男に、梨太はまっすぐに向き直る。


「鰐さん。これからおれは、あなたを説得します」

「……説得? ……何についてだ」

「はい、まずはそれを定義します。確認させてください。あなたがおれに対し、否定的な要素は三つ――一つ、可愛い弟、鮫さんの夫としての不信感。二つ目、自分が星帝になるのに邪魔。三つ目、もしおれが星帝になったらあなたの仕事きぼうが無くなるかもしれない。……この二つ目と三つめはほぼイコールですけども、とりあえずその手綱を放したくない理由は、以上で合っていますか?」


 鰐は眉を片方跳ね上げ、しばらく不信な眼で梨太を見た。熟考し、それでも頷く。


「ああ、合ってるよ」

「二つ目、あなたが星帝になろうとしている件について確認します。あなたはこの星の王、星帝という地位自体には何の執着もない。あくまでも三つ目の目的、あの研究所のある森やそこの動物たちを護るために、政治家のチカラが必要というだけですね?」


 三日前に聞いたことを、そのまま復唱する。鰐の視線が一瞬揺れた。「その通りだ」と一度は答えてから、やはり呻いて、苦笑する。


「合ってる、けど、それだけじゃないな。オレにも欲ってものがあるさ」

「……どんなですか?」

「オレ自身がその仕事をしたい。他人任せにしたくない。そのためには金や地位がいる。この星でいちばんエラい人間になれば、今じゃできないことがたくさんできるようになる」

「おれが星帝になれば、そのすべてを叶えます。正式に国の研究施設として予算を付け、あなたを責任者に任命する。それで立候補を辞退してもらえませんか」


 鰐は鼻で笑った。


「それは三日前にも聞いたぜ。悪いがオレはそれを信じない。……そうだな、動物保護としての補助金や、任命をしてくれるまでは信じてやっていいよ、だが国の研究にするってのは信じられないね。信頼うんぬんじゃなく無理なもんは無理だろ」

「どうして? あなたが星帝になれば出来る、ならおれにだって出来るでしょう」

「説得力の問題だ。補助金とはケタが変わってくるだろ? あの研究が、国にとっても必要な科学だって枢機院に説明し納得させるチカラが要る。お前が地球でそんな仕事をしてたとは聞いたけど、あいつらにもわかりやすい、説得材料を持ってはいないだろう」

「……あなたには何があるんです?」

「烏の遺産だ。軍部のやつらは、烏の実績に絶対の信頼を置いている。奴が途中で放り出している研究を掘り起こして再開する――それだけ言えば予算はつく。必ず何かの役に立つ、ってな」

「でもそれってウソでしょ。あれは軍人が期待するような、国民の生活向上や兵力につながるような研究じゃなかった。結果を出せばそれがバレる、出さなければいつかは打ち切り。長持ちするようなチカラじゃない」


 ぐっ、と鰐が呻いた。梨太はさらに畳みかける。


「生物学の研究なんて、一朝一夕で結果が出るようなものじゃない。何年、何十年、何百年もかけてデータを取っていくものだ。あなたが本当に成したいことは、あなたが居なくなってからも誰かが続けてこそ成るものなんだ。政治家になって、作るのだとしたら研究雑費の予算じゃない――需要と、システムだよ」

「……需要なんかない。生物学研究なんて、興味があるのはオレみたいな変人だけだ」

「研究成果の使い道が、動物の保護と雑学だけでしかないうちはそうですね」

「他に何が有るってんだ?」


 梨太は即答せず、カバンから『武器』を取り出した。手の平よりもすこし大きい、平らな機械――スマートフォン。もちろん地球製の、梨太の私物である。

 ソーラー充電器をぶら下げたままのそれを、鰐の目の前で操作する。トップページのアイコンをタップすると、速やかにアプリが起動した。

 もちろんインターネットには繋がっていないが、システムは端末にダウンロードされて使用できる。

 液晶に表示されたタイトルを、梨太はそのまま読み上げた。


「これは、『ドロップス』……おれが世界中の大学や獣医、生体展示施設と共同で開発した、スキャン&データ共有ソフトです」

「スキャン……?」

「いくつかの機能の複合になります。まずはスキャニングカメラ。スマホの撮影機能で物体を撮れば、その全長と体積、体温、脈拍、骨格と内臓も透視ができます」


 その説明で、鰐はすぐに利便性を理解した。


「――バカでかい猛獣を、檻に入れたまま触ることも無く診察まで出来るってことか!」


「まずその時点でどれだけあなたの仕事がラクになるか、言うまでもないでしょ。けど、『ドロップス』の価値はそれだけじゃない。全国の一般人が携帯電話スマホで撮影したものを、データベースで共有できるところなんです。

 登山家が雪山で遭遇した珍獣を、大学院の研究者が解析できる。拾った子犬の写真を撮れば、データベースから照合して犬種と推定月齢、それに対しての異常――疾病がわかるんだ。そのままメッセージを送って獣医に相談もできるし、さらにそれが症例として有益な情報になる。

 地球ではもう商品化して、簡易版は一般人にも配布、データベースへのアクセス権はそこそこの金額でいろんな施設に販売された。現在もムクムクデータ量を増やしているところさ」

「……。これを……お前が作ったって? ……とんでもねえな」


 アイコンを次々にタップして、字が読めないなりに内容は理解したらしい鰐が呟く。思いのほか素直に称賛され、梨太は思わず鼻を鳴らした。おれだけの力じゃないけどねと謙遜を入れて、また向き直る。


「――だけども、ドロップスの価値はまだもう一段階、この先がある」

「……それが、『説得力』か」

「うん。ここまではさっき言ってたような動物保護と雑学の役にしか立たない。環境保全と博愛、それからペット産業の発達した地球でならともかく、このラトキアでは売れないよね?」


 だろうな、と鰐はあっさり肯定した。これは仕方がないことだった。地球でも、そういった思考はごく近年に生まれたもの。いまだに全く頭にない国も珍しくない。

 その思考を変えるのは難しい。

 ならば、現在のラトキア人にとっても、わかりやすい利益メリットが要る――


 梨太はアイコンをいくつか飛んで、『馬』の項目をタップした。馬の脚の骨格と腱を透視した画像、さらに進むと、そっくりそのまま金属メタルに変わる。


 そしてそれを、失くした足につけ、軽快に走り出す短距離走者スプリンターの動画が始まった。


 鰐の顔色が明らかに変わった。もう何も言わなくても、この男は悟る。

 それでもダメ押し、梨太は尋ねた。


生体模倣科学工業バイオミメティクス――という考え方を、このラトキアに作ります。

 今のラトキア人にとって、食糧、労働力、害獣でしかない動物たちを、新技術開発の教科書という地位に押し上げる。

 このラトキアは三百年前、異星人の侵略により急激に科学力を得て、そこからの発展はほとんどない。自力で開発するデータベースを持っていないんだ。

 野生の動物、魚や植物も、科学技術の塊だ。この分かりやすく手に入りやすい教科書の山に、ラトキア軍部は必ず食いつく」


「…………それは、乱獲と動物実験、大量の虐殺を生むんじゃないのか」


 やはり鰐は頭がいい。しっかりと問題点を見つけてぶつけてきたが、それは梨太にとって待ってましたという質問だった。

 にやりと笑って、液晶画面をタップする。


「だからこそのこのアプリ、『ドロップス』のスキャン機能ですよ。解剖せずに筋肉や内臓の動き、体液を分泌するメカニズムまで動画で撮れる。例えばホラ、おーい鮫さんコッチ向いて手を振ってー」


 長い間置いてけぼりだった鮫島は、やっと役目を得て嬉しかったのか、すぐにパタパタ手を振った。

 スマホの画面で、鮫島の骨格と伸び縮みする筋肉繊維が映される。これ以上なくわかりやすい実例に、鰐はオオッと声を上げた。

 ちょっと貸せと奪われて、鮫島に向けてカメラを起動。そして今度こそオオオと大きな歓声を上げた。


「――すごい! なるほど面白い。クゥの方が、リタよりもずいぶん体重があるんだな!」


「イヤガラセの天才かお前はっ!」


 馬上から手提げ鞄が飛んできた。後頭部に直撃を食らいながらも、気にせず操作を続ける鰐。


「うはは面白い、想像以上に乳がない。――リタもこっち向け。お、おお。へえ。地球人の生殖器ってこんなんなってるのか。ふーんなるほど、お前って案外――」


「一般配布用は、人間に使用はできない仕様ですっ!」


 梨太も怒鳴ってスマホを取り上げる。実弟の言うとおり、本当にイヤガラセの天才だ。


「このアプリそのものは地球のスマホ、それもインターネットがあってこそなのでほとんど使い物になりません。けどシステム開発したのはおれなんで、ラトキアのプログラムで再構築して、とりあえず軍施設だけでの利用ならそれなりの時間があればできると思います。

 まずはわかりやすく医療と生活道具、それに養殖の効率化なんかにも使えるでしょう。鯨さんに掛け合って、必ず実現しますよ」


 自信満々言い切ると、鰐はケラケラ笑い声を上げた。なるほどねーと明るい相槌。この男はずっとこうして笑っていて、ずっと能面の鮫島よりもむしろ本音が分かりにくい。


 笑いながら、手を差し出した。


「――もう悪用しないから、貸しな。できれば研究所の方に持ち帰って、スキャンしてみたい子がいくつかいる」

「……それに付き合う時間は、おれたちにはありません。『光の塔』へ行って推薦状をもらわなくてはいけない。おれが星帝になるために」


 きっぱり言い切る。そしてそれ以上、梨太は何も言わなかった。鰐も反論などしなかった。


 ただ彼は、握っていた馬の手綱を離す。今度はその手を開いて見せた。


 梨太はそこへ、スマホを載せた。代わりに手綱を受け取る。鰐はやはり笑っていた。だがその笑みの下、真意は簡単に読み取れた。


「リタ、行こう」


 鮫島が促す。梨太は鞄を幌へ戻すと、再び馬にまたがった。手綱を引けば、馬は身をかがめてくれる。

 もう旅を妨げるものはいなかった。



 かぽり、かぽりと歩みが進む。

 鮫島が振り向いた。ずいぶん遠くの兄のほうへ、珍しいほど大きな声で――


「ルゥ――兄ちゃん。私は、大丈夫だから!」



 鰐がどんな表情をしたかは、もう見えなかった。


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