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鮫島くんのおっぱい  作者: とびらの
第三部 さよなら鮫島くん

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207/252

鮫島くん、本気の勝負②

 鮫島の身長、半分以上はやたらと長い脚が占めている。その手足を折りたたみ、うずくまると彼は途端に小さくなった。その姿形で、もぞりもぞりと這うように、身をよじらせる。


 バルフレアの笛が鳴る。彼の動きは音楽に重ねられてはいたが、ただのダンスでないことは明白だった。

 

(この動きは……赤ん坊?)


 とたん、鮫島は体をもたげ、両膝をついた。どこかあどけない、朴訥とした動作から、幼児の真似だと理解できる。

 やがて背を伸ばし、小さな歩幅で跳ねて見せる。少女が遊んでいる仕草――


 梨太は理解した。

 これは、演劇だ。

 一本の物語、ある者の人生を、時系列順に語っている。


「――ラトキアン音頭と呼ばれる、この踊りは、我らにはなじみ深いものでしてな」


 バルフレアの男が囁いた。


「……我らバルフレアと、ラトキア民族とが出会ったとき、同じ言葉を話してはおりませんでした。会話が成り立たず、困った両者は、踊りました。己の半生を脚本仕立てにし、自己紹介をすることで、仲良くなろうと呼びかけ合ったのです」


 鮫島の所作は、楽しそうだった。表情も、見たことが無いほどに明るく、可愛らしく、朗らかに笑う。


 そして彼は、歌を歌った。

 幼い女のような声だった。



 今の私が持っているもの。

 家族、歌、踊り。それから花を描いた大きな絵。



 

「――うわ。上手っ」


 という呟きは少し離れたところから、虎である。彼だけでない、バルフレアたちも皆が息を飲む。

 一瞬で引き込まれ、続きを待ったが、歌はひどく短く終わったらしい。

 鮫島は口をつぐみ、踊りを続ける。

 しかし雰囲気が変わっていた。ひらひらと楽しげな舞から、鋭く激しい運動に。

 表情も険しい。

 また、歌う。



 今の私が持っているもの。

 仲間、勉強、運動と、大きすぎる重い服。


 

 声が、少し低くなっている。少年の声。

 演舞はさらにキレを増し、運動ではなく、格闘のそれになる。

 さっきまで花びらを数えていた幼い指が、自分より大きな者をぶん殴る。蝶を追って駆けていたのが、空を裂いて蹴り飛ばす。


 青年が歌う。



 今の私が持っているもの。

 冷たい鉄で出来た、大きな刃。


 

 格闘スポーツの時期は終わり、彼は両手には剣があった。ぐるり、ぐるりとその場で回り、巨大な鞭が獣を切り裂く。銃を炎を操って、自らもまた傷を負う。


 彼はもう、なにも歌わなかった。

 背後で賑やかに演奏していた、バルフレアの笛も止んでいた。


 誰もそばにいなかった。

 なにも無かった。

 音も、色も、味もにおいも、何もない。

 ――何一つない静かな世界で、彼はただ黙々と、剣を振り回し続けていた。



 梨太は不快になった。

 こんなものを……何故、自分に踊って見せる?

 鮫島は、梨太が戦場に来るのを嫌がっていた。梨太がそれを嫌うから。

 梨太は、鮫島が戦うことが嫌だった。傷つくのも傷つけるのも、彼が望んでいないのを知っていたから。

 

 演舞はたいした見ものであった。だが悲しくてたまらない。

 この踊りが自己紹介? 鮫島の半生は、直視できないほどに悲しく痛い。

 梨太は俯いた。もう見たくなんかない――


 と。


 ふわりと、甘い匂いがした。思わず顔を上げると、すぐ近くに、鮫島がいた。踊りをやめて、ただ、たたずんでいる。滲んだ汗が、熱で蒸気のように漂う。甘く感じたのは彼の体臭だ。

 強烈に惹きつけられて、梨太は目を剥き、彼を見た。


(――きれいだ)


 白く華のある衣装に、それよりなお艶やかな白い肌。どの国の夜よりも暗く黒い髪。深く冷たい――深海色の瞳で、じっとこちらを見つめている。


(――きれいだ。……これまで出会った、世界中の誰よりも)

(僕の知る、すべての人間――その誰よりもきれい)


 綺麗な――女の人だった。



 梨太が頬を染めたのを見て、鮫島は微笑む。そして至近距離で、再び踊り始めた。


 あえて、歌いはしなかった。激しい踊りでもなかった。それほど意味のある所作にも見えない。

 ただ、楽しそうに、踊る。

 ただ幸せそうに、彼女は笑って、踊っていた。


 この踊りは、踊り子の人生の自己紹介だ。

 これが私と言う人間。これが私の想い。

 言葉を紡ぐのが苦手な軍人は、一挙手一投足の肉体言語で、己のすべてを伝えようとしてした――



「……鮫島くん」


 彼の名を呼ぶ。


 彼女は黙って、ただ踊る。


 踊ることで、梨太に語る。




 鮫島くん――

 そう、おまえに呼ばれる私の本当の名前は、クーガ。海に住む大きく穏やかな生物の名前だ。


 ラトキアの王都、たくさん家族がいる家に生まれ落ちた。

 父の名は白熊。母の名はツバメ

 鯨、カモメハヤブサという三人の姉と、双子のワニを兄に持ち、末っ子として可愛がられていた。

 少し引っ込み思案で大人しかったけど、明るくて、子供らしい子供だった。

 歌と踊りと、絵が好きだった。

 

 六歳から、兵隊学校の幼年部に通っていた。

 戦闘力チカラを見初められたのはすぐのこと。 

 次の年から、親兄弟のもとを離れ、寮で暮らした。

 初めのうちは、仲間がいた。同じ年の子供たちで、友達もいて楽しかった。

 だがそれも、一年も続かなかった。

 あっという間に飛び級し、いくつも年上の組に入れられた。勉強も運動も、ついていくのにやっとだった。落第したら居場所がなくなる。永遠にココに馴染めなくなる。みんなに認められたくて、仲間になりたくて――必死になって頑張った。


 笑っている余裕がなかった。

 ――感情がないんじゃないかと、と言われだしたのは、八歳の頃。

 笑いかけても、気づいてもらえなくなったのが九歳の頃。

 誰も話しかけてこなくなったのが十の年。

 話しかけると、嫌な顔をされるようになったのが十二の時。

 ――会話、というものが、よくわからなくなってしまったのが、十五の年――

 そうして二十歳になった時――


 私は、お前と出会った。

 遠く、あの青い星の暖かな街で。


 ……最初から好きだったわけじゃない。疑ったこともあるし、腹が立つことも何度もあった。それは今だってそう。理想通りのひとには程遠い、期待通りのことはしてくれない。

 三百六十五日二十四時間、ずっと楽しいわけじゃない。


 それでも――それを、ずっと続けていきたいと思う。そばにいてほしいと願う。

 家族になりたいと思う。お前のいちばん大切な人間でいたいと願う。


 ――これから私が、どのように生きるか。

 それは私にとって、大きな問題ではない。

 どちらでもいい。私の生き方などはなんだって。

 だけど、お前のいちばんになりたい。唯一でありたい。譲りたくない。もう、譲ることが出来ない。


 ……もしもお前の心の中に、「私」とは別の者がいて……

 「そいつ」のせいで、私を抱けないというのなら。


 私が、そいつを殺してやる。

 たとえそれが、「俺」自身であったとしても――




 美女は舞う。柔らかく色っぽく、男を誘う目はそのままに、確かな殺意を爪先に込めて。


 彼女は戦っているのだ。

 梨太の中の、彼という存在と。


 彼女の指が、宙をくすぐる。



 ――どんっ。


 内臓を震わす大きな音は、太鼓でも彼女の踏み込みでもない。梨太の心臓の音だった。


 胸の内で、惑星最強の男が悲鳴を上げていた。

 

 美女の眼差しに鼓動をうつたび、軍人がうたれ、壊れていく。


 

 美女が囁く。


「リタ」


 ――リタ。


 青年が呼ぶ。



 ――最初に、出会ったのは、鮫島くんという男性だった。

 一最初に、綺麗だと思ったのも。好感を持ち、友達になりたいと願ったのも、鮫島くんだった。


 ――恋をしたのは、彼女だった。

 触れたいと思った。そばにいたいと願った。大事にしたいと考えたのも、彼女だった。


 ――一緒にいて、たくさん笑ったのは鮫島くんだった。あのクールな鉄面皮で、妙に可愛く素直な言動が可笑しくて、一緒にいて本当に面白かった。


 ――キスをして、体温が上がったのは彼女だった。彼女のために成長し、背伸びをして、大人になりたいと動き出せたのは彼女のためだった。


 大好きなのが鮫島くん。

 愛しているのが彼女。


 永遠に、旅をしていたいのが鮫島くん。

 死ぬまでともに生きていたいのが彼女。



「リタ」


 リタ。


 鼓動が止まらない。当然だ、梨太は彼女に恋をしているのだから。

 そして涙が止まらない。当然だ、鮫島くんが、いなくなってしまうのだから。


 「リタ」

 ――リタ。



 梨太は叫んだ。


「――選べないよ!!」


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