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鮫島くんのおっぱい  作者: とびらの
第三部 さよなら鮫島くん
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リタ君、ねばる

 

 旅は基本的に街道に沿ってきた。

 そしてその街道は、できる限り、水辺に添って敷かれていた。


 雨水の流れで、自然に出来た小川には、いつも動物たちがいる。

 小さな鹿と、それよりも大きな鳥との間で、梨太はバケツを差し入れた。


「やあ、お邪魔するよ」


 と、声を掛けても、獣たちはピクリともしない。ヒトに慣れている――のではなく、むしろヒトという狩猟が得意な動物の存在を知らぬゆえ、自然と共生しているのだ。

 梨太は微笑み、遠慮無く水を汲んでいく。


 汲んだ水に粉末を放り込む。腕を突っ込みグルリと混ぜると、水は一気にトロミを帯びた。それを運んでいる間に、トロミは濃いゲル状になり、汚れを絡め取って、バケツの底に沈殿していく。

 鍋にバケツをそうっと傾け、上澄みだけ取ったものを煮沸。こうして出来た清潔な水を給水缶へ入れ直し、車に積み込む。旅に出てもう三週間、こんな作業も慣れたものだ。

 二杯目を取りに行こうとすると、鮫島から止められた。


「リタ、もうそんなにたくさんは作らなくていい。もうバルフレアの村も近いから」

「そう? りょーかい」


 言われて素直に栓をする。それで手空きになってしまった。レトルトで朝食を作っている虎の手伝いにいこうかと、身を翻したところで腰帯を引かれる。


「なに、鮫島くん」

「じゃんけんしよう」

「じゃんけん? いいけど何の勝負?」


 質問には答えず、すぐにじゃんけんのモーションが始まった。意味はわからないが、負けてもたいした労働をかされはしないだろう。

 鮫島の希望通り、じゃんけん勝負に応じてみることにした。


「じゃんけん、ぽん。あ、俺の勝ち」

「そうだね」

「もう一回。じゃんけん――あっ負けだ」

「うん。うん? それで……」

「もう一回したい」

「いいけど、ねえこれ何の勝負? 僕が負け越したところで無茶ブリしたりしないよね」


 追及すると、彼はなぜか、不思議そうな顔をした。


「勝敗を付けることを目的とし、賞品が出ない競技もあるだろう?」

「えっと……じゃあコレ、ただじゃんけんしてるだけ?」

「うん。リタと俺は得意分野が違いすぎるけど、これだったら対等の勝負を楽しめると思って」

「……なるほど。よしもっとやろう」


 応じる梨太に、鮫島はとても嬉しそうにしていた。梨太は生まれて初めて、実在の人物がじゃんけんのあとウフフと笑うのを見た。いつまでも果てしなく、楽しそうにじゃんけんをする新婚夫婦。


「なんだ、仲いいじゃん」


 焚き火にパンをかざしながら笑う虎。

 そう、仲はいいのだ。

 鮫島の言葉使い、すべての所作から梨太への深い愛情が伝わってくる。


「これで、リタの十勝八敗。俺よりリタのほうが運がいい。明日またやろう」


 負け越して嬉しそうにしている。微笑む口元は、こころなしかふっくらとし、日に日に艶を増しているようだった。

 なごやかな朝食を終え、片付け作業の合間に、梨太は鮫島の手を引いた。虎からは見えない位置で、彼の肩を掴んで背伸びする。そうして唇を寄せようとした――が、すいっと身体ごとかわされた。さりげないようであからさまに、鮫島は梨太のキスから逃げた。


「虎、火は消えたな? バルフレアの村はもうすぐだ。明日には『黄金色草原』が見えてくるだろう」


 さっさと車に乗ってしまう。走り出してすぐ、梨太はそうっと、ギアに置かれた鮫島の手を握ろうとした。すんでのところでかわされて、両手で運転を始める婚約者。

 梨太は引き下がらない。そのまま、ハンドルを握る手を掴む。


「リタ、危ないからやめろ」

「……そういう文言できたか」


 ゴネることもできず、梨太はとりあえず素直に引き下がった。あくまでも、とりあえずだけであった。



「――やめろ」

「やめない。ていうか何もしないよ、ただ居るだけだよ」

「車に戻れと言ってる、俺もすぐに戻るから」

「なんで? 水浴びいくのに一緒に行くって言ってるだけじゃん。今までは何度もそうしてたじゃん」

「……このあたりは野盗がよく出るという。傭兵の近くから離れるのは危険だ」

「いやそれは言い訳としておかしいでしょ、僕は鮫島くんといるんだから。まさか僕に傭兵を守ってやれっていうわけじゃないよね」

「二人同時に無防備な裸になるのはよくない。だから順番に」

「わかったじゃあ僕は川辺で見てる。んで鮫島くんが服を着たら交代する。それでいいでしょ」

「……。今は、裸を、見られたくないと言ったはずだ」

「だからそのぶんだけ手をつないだり一緒に寝たり、コミュニケーション取っていこうっていう話はどうなったんだよ。むしろ避けてるのはなんでなのさ」

「……別に、避けているわけでは……」

「じゃあ、これから夜に虎ちゃんが運転してる間、後部シートでいちゃいちゃしましょう。ずっと手をつないで、チューしたりハグしたり」

「えっ。そ、それは」

「人目が恥ずかしい? なら、虎ちゃんの見えないところで触りっこしましょう!」

「やだ」

「即答っ!? なんでさ、やっぱし僕のこと避けて」

「いや最後のは避けるとかそういう問題じゃないだろう」

「なにがだよ。よーしじゃあわかったもういい、もうわかったからおなかだけ見せて」

「おなか?」

「男女の性器的なものでなければいいんでしょ、胸の下まで服をまくって、おへそ見せておへそ、鮫島くんのおへそを見せてっ!」

「やだ」

「また即答っ!? それになんで真顔なんだよ。いいじゃんへそくらい――じゃあ腋。鼠径部そけいぶ。……膝の裏!! これならいいでしょっ!?」

「やだ!」

「より強めに即答!?」

「それならいいけども今いやになった! もう絶対にいやだ!」

「だからなんで!? へそ見せてよへそ。へそーっ!!」

「いやだ!! ――やめろめくるな、放せ、殴るぞっ」

「殴ってみろよ、言っとくけど僕は弱いぞ! 鮫島くんが殴ったら死んじゃうからな!」

「そんな脅し文句があるかっ!? だから嫌いになったとかそういうことじゃ――あっ、ちょ――やめ、やだって、わ。待ってリタ。あっ。あ――」


 

「……で、こうなったって流れっすか」

「うん」


 虎の言葉に、鮫島は小さく頷いた。少し遅れて、梨太も頷く。


「ふもっふ」


 運転席に虎、助手席に鮫島。そして後部シートには、両手両足を縛られ猿ぐつわをかまされた梨太が転がっていた。


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