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鮫島くんのおっぱい  作者: とびらの
第三部 さよなら鮫島くん

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王都を出る前に

 ラトキア王都を囲む石壁は、高さおよそ四メートル。正円形の都の、東西南北それぞれに四か所、王都外へ出る関所があった。国にたった四つしかない扉――そう考えると、その扉はあまりにも小さい。軍用車が三台横並びになれるほどだろうか。めったに出入りする者がいないあかしだ。


 そして思っていたより、厚みもない。王都を囲む壁は、かように簡素なものだった。ヒトが、抱えられるほどの石を積んだだけ――それもそのはず、この壁は敵軍隊から国を守るためのものではない。料理包丁くらいしか武器のない、奴隷を囲うためのものだから。


 門扉の前に、ちょっとしたビルが建っていた。門番の詰め所であり、出入りを監修しているところらしい。

 まず、梨太たちはそちらを訪問した。三女神の教会、教主が事前に連絡をしてくれている。一行は簡単な身分照会だけで出ていける――はずであった。

 が。


「あっ、鮫騎士団長ご一行さまですね? では奥へどうぞ」


 と、引き留められてしまった。あくまで俺がリタの連れだと眉毛だけで主張する鮫島を放置して、一応、梨太が前に出る。


「……なんでしょう? 長くかかりますか? 車に仲間を待たせてるんですが」

「みなさん降りて、中でお待ちください。鮫騎士団長殿が凝られ次第、宮殿へ電話をつなぐよういい使っておりますので」


 二人は顔を見合わせた。



「……星帝宮殿からっていうと、鯨さんだよね」

「だろうな。つい昨日に話したばかりだが……なにか緊急で連絡があるようだ」


 このラトキアには、基本的に家庭電話というものはない。各バスターミナルと公的施設に公衆電話が置かれているだけだ。ラトキア国で指折りの要人である鮫島も、自宅には騎士団執務棟への直通電話のみ。携帯電話である『くじらくん』は、任務中に貸し出されるインカムのようなものである。

用事があれば直接赴く。緊急事態には、公的施設を経由する。それがラトキアの通信インフラだった。

 そんな世界で、ただ一人。どこにでもつながる電話を、自室にもっている人物――それこそが、星帝皇后にしてラトキア国将軍、鯨であった。


 梨太は一度、詰め所を出て、車に騎士たちを呼びに行った。離れている間にまた少々やらかしたらしい。二人とも傷が増えていた。


「蝶、いったいいつまでついてくるんだよ」

「……これで帰るさ。おれの勝手だろ」

「前席が狭いんだけど」

「運転してるのおれだし」


「はいはいそのへんにしましょうね」


 適当にとりなしつつ、四人で建物へ入っていく。


「こちらが通信室です」


 と、案内された扉を、まずは鮫島が先頭でくぐる。梨太も続こうとしたが、門番が目の前に立ちふさがった。


「恐れ入ります。宮殿との通信は国家機密。一般の方はご遠慮ください」

「おい、この一行の代表は、俺じゃなくてリタ……」


 鮫島が抗議しかけたのを、梨太は止めた。


「まあいいじゃん。ただ行ってらっしゃいの挨拶聞くだけなら、君だけで。僕が聞く必要がありそうなら呼んでよ」


 若干不服そうにしながらも、彼は素直に従った。

 そうして鮫島を見送って、冷たい石壁によりかかる。


(たぶんこれからも、こういうことが続くんだろう。ちょっと情けないけども、プレッシャーがなくて気楽だな)

 

 それが梨太の正直な気持ちだった。

 と――ふと、肩を叩かれる。横並びにもたれていた虎だ。彼は金色の目を輝かせ、なんだか懐かしい、イタズラ小僧のような顔をしていた。


「やっぱり、客観的にお前らが夫婦っての、不思議な感覚だよな」


 そんなことを言う。梨太はなんの忌憚もなく笑った。


「そうだね。これでもだいぶ、凛々しくなったなんて言われるんだけど。さすがに鮫島くんと並べば見劣りするってのは自覚してるよ」

「いやむしろ、八年前のお前達のほうがお似合いだったぜ」

「なんだとこのやろー」


 と、わき腹を手刀で叩く。虎はゲラゲラと笑った。

 もちろん、梨太も本気で怒ったわけではない。仮に、虎がジョークでなく本心から言ったとしても、頷くしかないだろう。

 彼と初めて出会ったのは、鮫島と同じく八年前。梨太は今よりも十七センチ背の低い少年だった。梨太が鮫島の妻になるならば、誰も驚きはしないのだ。鮫島の両親が、なんの疑問も無くそう思い込んでいたくらいだから。


「……おれは、ちょっとこんな予感がしてたけどね」


 と、呟いたのは蝶だった。彼は梨太達とすこしだけ距離を置き、やはり石壁にもたれていた。

 そういえばこの男に、恋路を邪魔されたことがあったなあと思い出す。鮫島が本気で梨太を好きになる、その可能性をいち早く察したのは彼である。つついてみると、彼はなんとも言えない顔をした。いつも笑っているような顔に、引きつった苦笑いを浮かべる。


「いや、ほら――なんというか。……リタ君は、団長の好みのタイプってのがわかってたから。見た目だけじゃなく気持ちまで通じてしまったら、これはやばいなと」

「なにそれ。鮫島くんの好みって、僕すら初耳なんだけど。なんで知ってんの?」

「えっ。……それはその……騎士団の、正月の、飲み会で……」


 しどろもどろ、できれば一分前の失言をなかったことにしたい蝶、何かの用事を思い出される前に、梨太は裾を捕まえた。虎を挟んで、蝶を捕縛する。


「わ! なんだよ、放してよ。なんでもないって」

「なんでもないことないでしょ、騎士団で僕の噂話をしてただなんて、僕にも聞く権利在るよね聞きたい」

「違う、リタ君の話をしてたんじゃなくて――」


 揉み合ってるところで、ふと虎が手を打った。


「あぁあれか。昔、だんちょーが嫁さんを口説いてたっていう。そういえば蜻蛉トンボ教官とリタってちょっと雰囲気にてるよな」


「……。…………えっ?」


 目が点になる梨太。蝶は慌てて、虎の口をふさぎにかかった。


「口説いてない、ただイイナーって思ってたっていう話だろ! 不穏なねつ造するな!」

「そりゃそうだけどそこそこ本気だったんじゃね? じゃないと『今この瞬間だから言える、墓場まで持って行こうと思ってた大暴露話』っていうクジ引いて言うことじゃないだろ」

「もう十年近く前のこと、聞いたのも六年前! 完全に過去の話だ。酒の余興だ、笑い話だ!」

「誰も笑ってなかったじゃねえか」

「だろうね」


 その場の空気を想像して、梨太は半眼になった。ちなみに同じクジを引いた蝶は、「自分の結婚式に元カノから皮肉たっぷりの祝電がきた」という、さすがの模範解答をしたという。おそらく鮫島もその程度に消化済み、蝶の言うとおり、宴会のジョークとして話したのだろう。相変わらず、彼のジョークは気持ちいいほどよく滑る。


「それにしても、チョーさんの奥さんが僕に似てるなんて意外だな。なんかこう、たおやかでけなげな薄幸の美女を想像してた」

「……雰囲気だけね。ちっちゃくてフワフワしてるかんじ」

「見かけによらず気が強いってのも追加な。教官も、あんな可愛い顔して大の男をびしばしシバくから」

「そういえば元軍人さんだっけ。虎ちゃんの教官、なの?」


 梨太の問いに、虎は頷いた。

 虎は騎士になる前は、少年兵として出征しつつ、兵卒養成訓練を受けていた。そこで実技と精神を鍛え上げたのが、蝶の妻、蜻蛉という女性だという。このラトキアで女兵士長とは、相当な女傑だ。褒め言葉としてそう言うと、蝶はまた複雑な顔をした。


「……そうだね。彼女は……とても運が良かった。もちろん、実力と努力があってのことだけど」

「つきあい長いんだよね。どこで知り合ったの?」


 と――無邪気に問うてから、梨太はハッと息をのんだ。つい先ほど、虎が言っていたことを思い出したのだ。失言を自覚し黙り込んだ梨太に、蝶は苦笑する。彼は大人だった。


「幼なじみだよ。蜻蛉の母親が、うちで住み込みで働いてた」

「えっ、じゃあ、まさか初恋が実ったってやつ? めちゃくちゃ意外!!」


 梨太が叫ぶと、蝶は声を上げて笑った。


「ちがうちがう。あいつは元々、雄体優位でね。うちにいたときは完全に悪ガキ友達。だけどあいつが十四歳の時、おれが騎士見習い生やってる間に出て行ってしまって……再会したのは十年以上あとなんだ」


 そのときは、雌体優位になっていた? ――という問いを、聞きあぐねて黙る。それは梨太が持つ社交性、これ以上踏み込んではいけないという警報だった。

 この夫婦には、きっと悲しい陰がある――

 しかし、その殻を破ってくれたのは、蝶自身だった。


「……リタ君は、これから政治家になろうとしているんだよな」


 そんな語り口で、梨太の意志を確認する。青年が力強く頷くのを、蝶はしっかりと確認した。そして目を伏せ、ぼそりと吐いた。


「女房は奴隷だった」


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