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鮫島くんのおっぱい  作者: とびらの
第三部 さよなら鮫島くん

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勇者の名

 傭兵団のアジト――というと、梨太は映画やゲームのイメージから、居酒屋風の汚い広間を想像していた。

 だが実際に入ってみると、中小企業のオフィスのようであった。飾り気のない石の床と壁、造り付けの棚に、やはり可愛げのない資料書が置かれている。正面には腰ほどの高さのカウンター。その奥にはすぐ壁、扉があった。受付(レセプション)の札はどこにもないが、そこに座っている男とみて間違いない。


 四十がらみのいかつい男は、意外と愛想のいい笑みを浮かべていた。しかし三人の姿を見て取ると、すぐに眉を跳ね上げる。


「……なんだ、ラトキアの騎士さん。久しぶりだね。後ろのはもしかして騎士団長さん? もう一人可愛いのは、どっちの稚児さんかね」


 蝶に向かって言う。蝶は軽く手を上げると、なんの愛想もなく身を乗り出した。


「虎はいるか」

「…………。おいおい。一年ぶりに来てまた同じこと聞くのか。そんな傭兵いないと言ってるだろう」

「何度も言うが、おれは騎士としての捜査に来たんじゃない。ただ友人に――いや、今日は正式に依頼できた。金を払い虎を雇うつもりだ。隠す理由はないだろう?」

「ああ、隠す理由はない。だから隠していないよ。虎なんて傭兵はいない。他の勇猛な兵でよければ斡旋する」

「……いったいどういうことなんだ。たしかに、ここにいるはずなのに……」


 カウンターに拳を押し付け、蝶は奥歯を噛む。二年前から、何度もそうしてきたのだろう。悔しがる彼に、傭兵団の受付は素知らぬ顔で伝票を整理していた。

 鮫島が前に出る。


「では、いっそ捜査をしよう。中に入るには容疑と令状がいるが、このオフィス部分だけなら騎士はいつでも個人商店に対し業務を開示するよう命じることができる」


 少々、乱暴なことを言う。だが、受付男は動じなかった。むしろ面白そうに口元をゆがめて、どうぞご自由にと、伝票を手渡してくる。


「売り上げ履歴は十年分、そこの棚にあるが、ぜんぶ持って行ってくれて構わんよ。うちはホワイトで売っている。(あらごと)がないからって、他の傭兵団みたく賊をやったり、人さらいなんてしない方針なんだ。おなかのなかはまっしろなんで、どんだけ開かれても痛くない」

「……では、暇な傭兵はどこにいる?」

「みんないつでも働いてるよ。引っ越し、掃除、子守でも頼まれればなんでも。主には警備や用心棒だな。他の傭兵団がブラックなおかげで、護衛の仕事にことかかない」

「うまいことやってやがんな。よっぽどしたたかじゃないか」


 蝶が皮肉気に言うと、男は自慢げに胸をそらす。どうやら、おなかがまっしろ、というのは本当らしい。


 一応、鮫島は伝票をぺらぺらとめくり、作業担当者名欄を確認した。虎という名はないようだった。


「……所属傭兵の名簿は? あるだろう」


 これもすぐに提出された。こうなると見る意味もないと判断し、返そうとしたのを、梨太は横から奪い取った。ざっと目を通してから、蝶に向かって尋ねる。


「ねえ、(ジークン)って、ラトキアで人気のある名前なの」

「……え? いや……さすがに名付ける親はいないかな。格好良すぎて名前負けする」


 なるほどと、梨太は頷いた。鶴という生物が、このラトキアでどのように認識されているかは知らないが、日本でも神格化されている鳥だ。きっと、相当格好よくありがたく、長生きを象徴する名なのだろう。


「じゃあ、(コメサバ)は?」

「それは最新の流行りだな。三年ほど前、初めて実在が認められたんだ。去年生まれた子供にはいっぱいいるよ」

「じゃあ、おそらくみんな十五歳は過ぎてるだろう傭兵団三百人のなかに五人もいるのは異常? ちなみに鶴は六人いた」

「……。……異常……だね」


 梨太は名簿を閉じた。受付男に向き直ると、彼は何か、とても上機嫌で目を細めていた。梨太も笑う。


「――この傭兵団に、本名が虎という青年がいますよね。彼のコードネームはなんていうんですか?」


「お稚児さん、やるね」


 受付男は、ひひっ、と声を出して笑った。


「言っただろ。うちはホワイトで売っていて、他の傭兵団と直接争う。そのぶんたっぷり恨みを買うんだ。俺たちが怖いのは監査なんかじゃねえ。そいつらが客のフリをして誘い出し、罠にかけること。

 それを避けるために、ウチはコードネームを作り定期的に変更するんだ。好きに名乗らせるからカブっちまうけどな。どうだい、うちは従業員にやさしい、ホワイトな企業だろう」


 蝶はあんぐり口を開け、しばし呆然としてから目を見開き、地団太を踏んだ。


「なにがだ! そんなの、だったら初めからっ、二年前にそう教えてくれたらいいだろう!」

「聞かれなかったからねえ。おにーさん、虎という傭兵を出せばっかりでさあ」

「だっ――くそっ。わかったよ、じゃあ虎って本名の男を雇うから、コードネームを教えろ」

「当傭兵団では、いちげんさんのご指名はお断りしておりまぁす」

「ふざけんな!」


 カウンターに足を乗せ、受付男につかみかかっていく蝶。さしもの好漢もキレたらしい。鮫島に引きはがしてもらって、梨太は再び前に出た。


「……コードネームを教えてくれないのも、指名不可ってのも傭兵を守るためですよね。彼は誉あるラトキアの騎士です。それでも信用できないのでしょうか」

「できないね。騎士が、じゃない。その男が騎士ということがだ」

「なんでだよ! ちゃんと証明書は見せただろ!」

「あんなもん、ブラックな傭兵団はいくらでも偽造してんだよ。偽の身分を作ってほしいって依頼は少なくないんだ。……あんたの顔なんて知らねーし」

「新聞に何度も載ってるんだけど!? けっこう長年活躍してきたんだけど! 覚えにくい顔と名前で悪かったなコノヤロー!」


 騒ぐ蝶に、鮫島は無言で足払いをかけた。床に転がったところで圧し掛かり、背中に膝を乗せる。それで、蝶は静かになった。

 梨太も構わない。


「……蝶さんを知らなくて、信用できないてのはわかりました。実際地味だししょうがないと思います」


 蝶が手のひらで床を叩く。放置。


「――でも、あちらの鮫騎士団長は知ってますよね? ラトキアで彼を名を知らぬものはいない、顔も星帝より知られていると聞きます。王都に写真、肖像画や彫刻まで売られているし、黒髪は極端に稀少で、これだけきれいなひともそういない――なにより、あなたは鮫島くんを見て、開口一番こう言った。後ろのは騎士団長さんかって。……ですよね」


 受付男は肩をすくめる。


「そう怖い顔をするなよ、お稚児さん。可愛い顔が台無しだ。――ああ知ってるよ。初めから誤魔化してなかったろ。追い込まれなくたってそう答えたさ、うちはホワイトなんだ。信用第一。お客様に嘘はつかねえ」

「……では、僕たちを信じて、虎ちゃんに会わせてください。本当にお金を払って雇うし……それがだめでも……少し、顔が見たいんです。お願いします」


 あとお稚児さんはやめろ殴るぞと日本語で呟きつつ、頭を下げた梨太に、男は眉を垂らした。一度、鮫島の方へ視線をやって、嘆息する仕草。そして優しい声を出した。


「まあ、そういうことなら別に、取り次いでやるのは構わんよ。依頼を受けるかどうかは本人次第だがね」

「あ、ありがとうございます。嬉しいです」

「……ああ。しかし実はその……虎というのが、俺にもどいつかわからんのだ」


 エエーッと抗議の声を上げる。なんでもこの傭兵団、入団時には身分を提示するが、実際の登録はナンバーで行う。コードネームがカブっても日替わりにしても不便が無いのは、ナンバリングのおかげだ。そのため本名で呼び合う機会が無く、データベースは男の記憶だけ。それを忘れたというのだからどうしようもない。

 あからさまにガッカリする梨太に、男は慌てて弁解する。


「すまんなあ、傭兵たちにも聞いてみるよ。誰か知っているかもしれん。現場に出てる連中には電話か、手紙を出すからもう二、三日待ってくれたら――」

「そんなぁ。ここまで来てあと三日なんて!」

「ううっ、じゃあなんとか思い出すから……」


 後ろで、蝶が床を叩く。何か言いたいことがあるらしい。鮫島が膝をどけると、彼は立ち上がり、腰を伸ばしてから、こう言った。


「前から思ってたけど、リタ君って男女問わず、年増にモテるよな」


 四歳年上の妻はもう一度、蝶を転がし上に乗った。


「特徴で探せませんか。僕と同じ年――いや、ラトキア人は若く見えるからちょっと年下……いやでも僕が童顔だからやっぱり同じくらい。身長はそっちの蝶さんより少し低くて、鮫島くんより骨ばってて。赤毛で」

「そんなの山ほどいるよ。傭兵は全員赤毛、それにたいていは若くて体格がいい」

「うーん……こう、猫みたいな……ってラトキアの猫は僕の知る猫とは違うかもしれないか。一重瞼でギラッと大きくて、あとは八重歯と……」

「三本の指が義肢で、胸元にやけどの傷跡がある」


 鮫島が補足してくれる。しかしやはり、男は首を傾げた。


「任務中は手袋してるやつが多いし、体のどこかに傷はみんなあるしなあ」

「鮫島くん、虎ちゃんの写真か何か持ってない? 蝶さんは?」


 二人は首を振った。いよいよ行き詰まり唸る梨太。ふと、鮫島がカバンを開いた。中からメモ帳――いや、小さなスケッチブックを取り出し、素早くペンを走らせる。三分とせず、梨太たちに差し出してきた。


「あっそうか、似顔絵。うわすご。上手っ」


 ドレドレと受け取る受付の男。一度、梨太と同じように画力を称えてから、眉を寄せた。


「んーっ、これ、何年か前の人相か? たぶん『勇者』じゃねえかとは思うけど」

「……勇者?」

「コードネームだよ。ユウシャじゃなく、このラトキアで聞かない名前で……ロトとかアベルとかマリオとか。自分でそう着けるんで、どこからの引用だって聞いたらそう言ってた。どこかの国の英雄譚、お姫様を助ける勇者の名前なんだってさ」


 言われて、梨太は虎が日本の漫画、それもレトロな少年漫画や冒険譚の愛読者というのを思い出した。勇者というには違うキャラも混じっていそうだが、虎が好む物語には変わりない。


「うん、きっとその人だ。かなりの確率で――」

「間違いない」


 鮫島が言った。

 ちょうど解放された蝶も、這いつくばったまま呻く。



「『勇者』が虎だ」


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