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鮫島くんのおっぱい  作者: とびらの
第三部 さよなら鮫島くん

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傭兵団へ行こう

 いかなる資産家でも、個人自動車は持ちえない。

 車を持っているのは軍用施設だけである。

 しかし、星帝候補である婚約者が、推薦状をもらう旅に付き添いたい――そんな用事は、公務と認められないだろう。騎士団長という立場であっても、私用で軍の備品は使えないのだ。彼らは適当な公務をでっちあげる必要があった。


 と、いうことで――

 鮫島から差し出された紙を、蝶は半眼になって受け取った。

 ざっと目を通し、嘆息する。


「王都郊外出向届……半年前に襲撃された、バルフレア族の村の復興視察、ですか」


 騎士団執務棟最上階、団長執務室である。

 もちろん、蝶の席は本来ここではない。だが真の主である騎士団長が牢獄に入り、そのまま嫁入りするという状況で、事務処理の代行をしていたらしい。

 山積みの書類をいったん脇に寄せ、彼は簡単に、出向届にハンコを押した。


「はいどうぞ。いってらっしゃい」

「……疑わないのか」

「いや嘘ばればれだけど。でも別にいいですよ。軍用車いま余ってるし、おれに害ないし、邪魔してもイイコトないし」

「チョーさんやさぐれてるなぁ」


 梨太が呟くと、蝶はハハハと明るい笑い声をあげた。……いつも笑っているような顔をしたこの男は、真実笑うと、妙に迫力がある。

 すごむような声音で、前のめりに乗り出した。


「だからおれは、君らを応援してないって言ってんだろうが。この書類の山も完全貧乏クジ。かつては犬居の仕事、次点で最古株の猪の仕事だったんだよ。機嫌がいいわけがないだろう」

「で、ですよねー」

「リタに当たるな。ぜんぶなるようになっただけだ」


 鮫島にたしなめられても、フンと鼻を鳴らす。


「だからハンコ押してあげたんでしょ。お仕事もちゃんとやってますよ。誰にでもできる単純作業を、ひたすら淡々とまじめにね。――あ、一応バルフレアの村にはほんとに行ってくださいね。そこが嘘だと不正になっちゃうんで」

「ああ、そのつもりだ。ちょうど通り道で燃料が切れるころだろうし、宿を取り補給をさせてもらう」

「……そこからは、どうするんです。軍用車で直接訪ねて、公務でないとわかったら、これ幸いと糾弾して来ますよあいつら」


 蝶に、最終目的地は話していない。しかし察しのいい彼はすべてを理解しているらしかった。鮫島も動揺せず、執務室の壁にある、ラトキア星の地図を指さした。


「バルフレアの草原すぐそばに、野獣研究所がある。以前バルフレア村を奪還したとき、砂トカゲを借りただろう」

「ああ……でも、あれは乗るのが難しいし、短距離走は速いけど、旅の荷物は載せられませんよ」

「トカゲ以外の、なにかリタにも乗りやすい動物を選ぼうと思う。馬とか」

「馬! それなら僕乗れるよっ!」


 梨太は手を上げて飛び跳ねた。


「昔、ジュニア乗馬クラブに入ってたんだ。だいぶブランクあるけど、体が覚えてるからきっと大丈夫!」


 と、思わずハイテンションで訴え、年上の男たちが微笑んでいるのに気付き、手を下ろす。かつての職場、生物オタク同士でならともかく、外でいきものだいすきアピールをするのは気恥ずかしい。

 蝶は頬杖をつき、クスクス笑った。


「あんたらは、どこに向かうのでも妙に明るくっていいね。……思えば八年前、地球でも、二人はずっと笑ってた」


 言われて、たしかにそうだったかと思い出す。しかし、それは蝶も同じであった。梨太の家で、鮫島と犬居、蝶、猪、虎、鹿――六人の騎士で笑っていた。


 同じ映像を思い浮かべたのだろうか。彼は眉を垂らし、苦笑する。


「あの任務は、いろいろ大変だったけども、ちょっとおもしろかったな。……今この騎士団寮にいるのは、もうおれだけだ」

「猪は、治療を終えたら騎士団に戻るよう説得するつもりでいる」

「だけどあとの奴らはどうしようもない。……虎は……復職できるかもしれないけど、当人が傭兵暮らしから出るつもりないみたいだし」


 眉を曇らせる騎士。梨太は今度こそ大声を上げた。


「あのっ! その件で、チョーさんにお願いしたいことがあるんだけどっ!」

「……うん?」

「僕たちこの旅で、護衛を雇おうかって話になったんだ。今朝まではそんな発想もなかったけど、急に必要になって。それで、そこから雪だるま式につながった!」

「何の話? ちょと落ち着きなよ、おれに護衛してほしいってこと? 冗談じゃ……」


 蝶は言葉の途中でにハッと息をのんだ。やはりこの騎士は察しがいい。頷くだけの梨太、その横で、鮫島が静かに言った。


「虎のいる傭兵団を紹介してほしい。あいつを雇うことで、表に引っ張り出してやる」




「――無理だ!」


 蝶は大声を上げ、オーバーアクションで嘆いて見せた。


「二年前からおれはなんども訪ねてる。だけど入り口で門前払いだったんだから。受付の不愛想なおっさんが、虎なんて傭兵はいないの一点張りだ」

「……虎ちゃんがそこにいることは、間違いないの?」


 梨太の問いに、蝶は歩きながら頷いた。


「それは間違いないよ。本人の手紙にあったから。……騎士団辞めた後、一度だけ連絡があったんだ。西スラムの傭兵団で働くことになった、いい稼ぎの話があったらヨロシクなって、軽い言葉でさ」

「……たしかに、日雇いの報酬は、傭兵がもっとも稼げる職だろう」


 鮫島がつぶやく。


「しかし、いわば歩合制だ。騎士以上の年収を得るには、ひっきりなしに危険な仕事を詰めることになる。……将来性もない。虎はいったい、どうして――」

「知りませんよ」


 ぶっきらぼうに、蝶。それでも、歩くペースは変わらない。二人に地図で紹介するだけでなく、傭兵団の受付にまで案内してくれるのだ。やはり、根っから親切で、おせっかいなのがこの男であった。

 歩く位置も、舗装が壊れ足元の悪い建物沿いを自分が歩き、整備されたほうを梨太たちに譲っている。おそらく当人も無意識に。

 梨太は、蝶の出自をよく知らない。貴族の生まれではないと聞いた気がする。このふるまいは彼の性分か、それとも教養なのか――いずれにせよ、騎士らしい騎士であった。


 それに比べると、虎は実に粗野である。年齢も親子ほど離れているし、共通の趣味がありそうにもない。


「ねえチョーさん。どうして虎ちゃんと仲良かったの?」


 梨太は率直に尋ねたが、蝶は答えなかった。


 ただ無言で、汚れた道を進んでいた。



 ラトキアという国は、その周辺を高い壁に覆われた箱庭のような都市である。

 鳥瞰図は、ちょうど、ドーナッツによく似ていた。

 星帝の宮殿をど真ん中に、中央の空洞部分が帝都。周囲の生地が王都。そして端っこの、揚げ油で茶色く焼けた部分がスラム――外界を隔てる壁に沿い、国の隅っこにへばりついている。


 帝都から、軍用車で壁に向かって進むたび、空気が悪くなるのが分かった。ここからが下町、スラムだという敷居があるわけではない。だが明確に、空気を感じ取れる。

 いよいよ壁が見えてきたところで、車を降りる。ここからは道幅が狭いし、路上駐車は物騒らしい。車と荷物を交番に預け、振り返る――そこは王都高級住宅地とは別世界だった。


 素人の手で建てられたあばら屋が並ぶ町。すれ違う市民はみな赤い髪。飢えるほどではないようだが、質素で、薄汚れていた。


 こぎれいな格好をした三人を、不躾な視線が追いかける。二人の騎士がいなければ、梨太はとっくに、身ぐるみをはがされている予感がした。


 ターミナルから、二十分ほど歩いて――


 ふいに、蝶は足を止めた。そして、


「……キッカケは忘れた。一緒にいて面白かった。それだけだ」


 梨太に背を向けたまま、脈絡もなく言い放つ。

 何の話かと聞き返すより先に、蝶は扉を乱暴に叩いた。

 石造りの建物に、武骨な鉄の扉があったのだ。返事を待たず、彼はドアノブを引いた。



「――いらっしゃい。依頼かい」



 すぐに、男の声が迎える。ずかずか入り込む蝶に鮫島が続き、梨太もあわてて扉をくぐる。

 入る前に、外壁を見上げた。


「よろず依頼」


 そんな言葉が、看板ではなく、ペンキで乱暴に書きなぐられていた。


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