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鮫島くんのおっぱい  作者: とびらの
第三部 さよなら鮫島くん

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次の行き先

「ハヤブサが戻ったら、その推薦状をお持ちください。この老婆の名が、枢機院でどれほどの力を持つかはわかりませんが、枯れ木も山の賑わい、持っていて損はないでしょうから」


 梨太は思わず吹き出した。何を言う、この兎は、ラトキアで五本の指に入る有力者だ。これほど強大な後ろ盾はあるまい。あからさまな謙遜を笑う梨太に、教主は真顔で首を振った。


「教会はもとより、政治不可侵のイチ教育機関です。しかも他惑星や民族との交流により思想は多様化し、教会の権威は年々弱まっている。期待されているほどの札ではないのですよ」

「……いや、でも……星帝皇后も僕のほうに着いてくれるんだから、この二強に並ぶ力はないのでは?」


 教主は首を振った。


「星帝になりたがっているものは、一人や二人ではありません。権威こそ二強に及びませんが、票数を集めるだけなら高級貴族や豪商のほうがよほど強い。……現在、鮫が候補を降りたことは知られていませんが、公表されたあとには、リタ様は多くの敵と競うことになるでしょう」

「騎士団長相手には及び腰だった連中も、名も知らぬ異邦人なら名乗りを上げるってことですか」

「おそらくは」


 言葉こそ推定のかたちだが、彼女の言葉は確信めいている。梨太は息をのんだ。


(……たしかに、ほんの数日前にこのラトキア星に来たばかりの僕は、推薦以前に知名度ゼロだ。いったいどうすれば――)


 黙り込んだ青年に、教主は諭すように話した。

 

「あなた方が帰った後、わたくしはあの音声を帝都に届けます。それは立候補者の声明として、新聞記事となり、国営テレビやラジオで放送されることになります」

「え?」

「それにより、リタさまは正式に星帝候補となります。それでとりあえず、民衆に顔と名は知れるでしょう。もちろんライバルにも知られてしまうわけですが……」

「え」

「大丈夫、危険はない。俺が守るから」


 力強くうなずく鮫島。そんなことより、梨太は気がかりなことがあった。教主にすがるように、わめく。


「あの、さっきの音声を声明にするって――編集はしてくれるんですよね? とくに警告を食らった問いは削り取って放送してくれるんですよねっ?」


 教主はその青い目を細め、にっこりと、慈愛の笑み。

 孫ほどの年の梨太をいたわるように、穏やかに、告げた。


「ノーカットでお送りいたします」


 梨太は砂利に突っ伏し、悶絶した。

 大丈夫ですよと教主は笑う。


「あなたの評価は、賛否両論に分かれるでしょう。生意気な小僧と笑う者と、風雲児の英雄譚を期待する者とが、あなたの周りを取り囲む。しかし誰の心も動かさぬよりずっといい」

「……い、いや。政治的なとこじゃなくて……ほら、全然関係ないとこあったじゃないですか……」

「第一ステージのことですか? 個人の女性観は、政治活動に直結するものです。子孫繁栄、各家庭の安寧こそ、政治経済の最終目的なのですから。無駄な質問はひとつもありませんよ」


 がっくり、うなだれる梨太。鮫島が、優しく頭をぽんぽんしてくれた。


「……気にするほど不道徳なことは言ってないぞ。むしろ俺など、リタって意外と誠実なんだな、へー。と思って聞いていた」

「事前のイメージがちょっと気になるけど――それより、そういうことじゃなくてさ……」


 呻く梨太に、首をかしげるふたり。

 純粋に、全国放送でノロケまがいの発言を連発したのが恥ずかしいというのは、理解してもらえなかった。



「リタさま……あなたに興味を持つ者は、決して少なくはないと思います。しかしただ投票を待つだけでは、並み居るライバルに勝つことはできないでしょう。……これから、どうなさるおつもりで?」


 教主の言葉は辛らつであった。言葉を悩む梨太に、鮫島が代わる。


「これまでと変わらない。やはり有力な権力者を回って、直接推薦状をもらう。票数で負ける分、強いカードで蹴散らす」


 教主は頷いた。


「ええ、それしかないでしょうね。……とはいえ、ラトキア王都の有力者は、すでにつながりのある候補生を推薦しているか、あるいは自身が立候補しているかと思います」

「……そうなんですよね……次はどこにあたればいいか……」


 呻く夫婦。教主はすべてを見透かしていたように、ただただ穏やかにほほ笑んでした。


「わたくしたちと並ぶほどの権威があり、かつ、政治に不可侵で票を浮かしている大貴族――そんな人間で、わたくしが紹介してあげられるのは、あの方くらい――」


 教主は腕を持ち上げ、どこかを指さした。視線をやるが、どこを指しているわけでもない。ただはるか遠くかなた、青空に、まっすぐ腕を差し向けていた。


「この王都の壁を出て、遠く旅をした先。現人神(あらひとがみ)の住まう『光の塔』を、訪ねなさい」


「――現人神?」

「『光の塔』……!」


 梨太と鮫島、同時に発言する。梨太はただオウムがえしに尋ねただけだが、鮫島のほうは緊張をはらみ、眉を寄せていた。

 とりあえず気にせず、教主のほうへ続きを促す。


「現人神って……三女神の子孫ですか? でもそれなら確か、鮫島くんの家も……」

「いえ、全く関係ありませんよ。この教会はたった二百年、ラトキア解放戦争から生まれた思想教育機関です。あちらは有史以前より、とある一族を崇め奉っている組織。その当主は天皇と呼ばれています」

「――ええとそれってその……神通力が使えるとかそういう? それともなんというか、形骸化した『象徴』っていう……?」

「神通力が使える、のほうですね。冠婚葬祭では現金を納めなくては――そして自殺あるいは三つより幼くして死亡した場合、光の塔で埋葬されなければ、その魂は報われないといわれています」


 と、言いながら、教主は苦笑いしていた。「そういうことになっている、わたくしは信じてませんけど」ということだろうか。


「三女神の教会がひとの生き方を説く教育機関なら、あちらは死に方を裁く祈祷師です。我らとは全く違いますが、つながりがないわけではない。

 ふだんは、この教会と違い厳しく閉ざされていますが……わたくしの紹介状があれば、門を開けざるを得ないでしょう」


 梨太は破顔した。

 

「ありがとうございます!」

「中に入った後、天皇に推薦してもらうのは困難を極めますよ? そもそも対面できるかどうか。お茶だけ飲んで帰らされるかも」

「それでもチャンスがもらえただけ、助かります。こんな機会でもなきゃ一生会えない方でしょうから。――ねえ、鮫島くん」


 振り向くと、彼は顎に手を当て物思いにふけっていた。梨太に呼びかけられ、ハッと顔を上げる。


「……ああ、そうだな。確かに。……もし、あの扉を開いて、天皇の居住(いえ)にはいることができるなら……」


 ブツブツ呟きながら、またひとり思考。彼がこうして、梨太に黙って熟考するのは珍しい。

 ラトキア騎士団は、この教会に所属する軍隊だ。宗教対立――とはまた違うだろうが、騎士団長である鮫島は、『光の塔』に思うところがあるのだろうか。


 語らない彼を見上げて、梨太は首をかしげていた。


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