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鮫島くんのおっぱい  作者: とびらの
第三部 さよなら鮫島くん

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約束を果たす

 鯨はまだ、しばらくは戸惑っていた。しかしやはり、彼女は頭のいい人間だ。気持ちが落ち着きさえすれば、素直に青年の提案を理解し、咀嚼して、飲み込む。

 そうすると急速に、目に光が宿った。


「――わかった。なるほど、君の提案は全員の利害が一致する。リタ君の提案に心から感謝をし、甘えさせてもらおう」


 言葉はやはり、可愛げのないものであったが。


「しかし実現可能かは、現段階でなんとも言えない。法には解釈の幅というものがある。正直わたしの記憶だけでは怪しいし、可能だからといって、独断で動けるものでもない。――少し、時間が欲しい」


「どのくらい?」


「……明日の朝までには報告する」


「そりゃいいけど、それまでどこでどうすればいいのさ。鮫島くんはもう釈放でいいんだよね?」


「……好きにしろ」


 言って、鯨は立ち去った。梨太は彼女の背に手を振り、遠のく靴音を見送って――

 やがて、鮫島を振り返った。鮫島はまだ座り込んだまま呆然としている。梨太は腰を落とし、彼の顔を、正面から覗き込んでみた。


「ごめんね。突然、勝手なことをして」


「……ば……かな……馬鹿だ、リタ」


 震える声で、彼は言った。視線がぼんやりしている。どうやらまだ混乱しているらしい。


「だめだリタ……俺の代わりに星帝になろうだなんて」


「身の程知らず、かな」


 彼は首を振る。


「辛い仕事だ。この帝都から、下手をすれば、二度と出られなくなる……」


「それはひどく退屈だね。でも、ほんの一年きりのことだからさ」


 鮫島は、そこで初めて目に光を湛えた。彼の視線に、鷹揚にうなずいて見せる。


「まず僕が、ハルフィンの後を継ぐ、そして彼らが作ったばかりの憲法を成立させる。そして落ち着いたら、今度は女性が星帝になれる法案を通す。そして次期星帝に鯨さんを就ける」


「――鯨に!?」


 鮫島は大きな声を出した。どうやら完全に想定外だったらしい。梨太は肩をすくめた。


「だって嫌だよ、政治家なんて。僕は人様の代表者面して表に出るのは嫌いなんだ。大体僕はラトキアの政治に興味はないの。あの夫婦の悲願でしょ。手助けはするけど、最後は自分でケリをつけるのが道理ってもんじゃないか」


「そ、それは……でも、鯨は女だ。星帝にはなれない」


「だからその法律を変えてしまおうって言ってるの、今の話聞いてた?」


 コクコクうなずく鮫島。全身で動揺しているが、理解力まで失くしているわけではない。 

 状況を整理していく。


「……そうか。あくまで、中継ぎになるということだな。ハルフィンの遺志を、鯨が継ぐためだけの星帝。たしかに、それなら……」


「うん、一年ってのは最低の年月だから、二、三年伸びちゃうかもしれないけどね。だけどそれなら、君はもう無理に男性になる必要もない。安心して僕と結婚できるよね」


 にっこり、こともなげにそういう梨太。


「…………」


 絶句する鮫島。

 その様子に、梨太はアレッと声を上げた。


「何その反応。あっ!? もしかして、もう二度と雌体化できなかったりする!?」


「いや、それは。薬が切れれば、また雌雄同体に戻るし、周期が来れば、雌体化もすると思うけど」


 よかった、と梨太は胸をなでおろした。しかし思い返してみれば、鮫島からの返事はまだもらっていなかった。第三者もいて、ロマンチックとは言えないシチュエーションであったかもしれぬ。

 顎先に手を当てウゥムと唸る。


「もしかして誤解してる? 僕がここに来たのは、君を助けるためじゃない。鮫島くんと結婚したくて、やってきた。その障害排除ために全力を尽くしてるだけだから。

 ……だからこれは、同情とか策だとか何もかも抜きで、ただただ単純に僕の気持ち、お願い、です」


 言いながら、なにか腹のあたりがざわつく感覚。自分が、思っていたよりもずっと緊張していることを自覚した。

 大きく、深呼吸。

 梨太は改めて正面に向き直り、床に手をついて、居住まいを正す。正座をし、そろえた膝をまっすぐに向けて。



「――鮫島くん。鮫さん。……愛してます。結婚してください」


「――ヒック」



 鮫島の全身が縦に揺れた。

 梨太よりも二回り大きな、成人男子。こうして体を縮めていても戦士の迫力を感じさせる。

 向かい合って座る二人の男。

 一見、説教をしている騎士団長と土下座で詫びる新人兵士、という絵面である。だが真実は違う。かなり違う。全く違う。


 ヒック。


 鮫島は口だけ開いたものの、ひっく、ひっくと、シャックリ遮られ、しゃべることすらできないでいる。梨太は辛抱強く待ち続けた。

 あまり慣れない正座に、梨太の足がすっかり痺れてしまうころ。

 今更突然、鮫島の頬が染まった。湯気が出るほど紅潮したのを慌てて隠す。顔の九割九分を手で隠したまま、かすかに覗く唇が、彼の意思を告げた。



「はい……」



 梨太は鮫島に飛びついた。ぎゅうと強く抱きしめると、鮫島もすぐに抱き返した。

 成人男子同士の抱擁は暑苦しく、体育会系だ。男女のそれとはまったく違い、梨太の欲情をかすかにすらも刺激しない。


 愛する人を抱きしめてみて、改めて思ったことを、梨太は率直に口にした。


「奥さん、でっかッ」


「仕方ないだろう。俺は男だからな」


 鮫島が言う。梨太はなんだか可笑しくなって、彼を抱いたままクスクス笑った。伝染したのだろうか、鮫島もやがて笑い出す。


 そして二人は一緒に笑った。腹を抱えて――いや、お互いの背中を抱えて牢の中を転がりまわる。

 げらげらと品のない笑い声をあげ、相手の肩や背中、床を叩き、色気など何もないその世界で、二人は一度だけキスをした。

 五年前からの通算で、何度目のキスだったかは覚えていない。だがこれは最初で最後、生涯でたった一人としかしない口づけだった。


 結婚しましょう、そうしましょう――その会話の代わりにキスをする。


 

 梨太は決して、楽観的な人間ではなかった。問題山積である。

 まずは梨太が星帝になれるかどうか。鮫島の騎士団長としての進退、鯨の思うままにすべてが進むことはないだろう。すべてが頓挫する可能性もある。

 だがひとつだけ、疑うことなく確信している未来があった。


 梨太はその生涯を、鮫島ともに過ごし、ともに終えるのだと。


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