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鮫島くんのおっぱい  作者: とびらの
第二部 鮫島くんとあそぼ

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彼らの最終結論

「鮫島くん。……お仕事、頑張ってね……」


 凍り付いていた喉がようやく動かせるようになり、梨太の口から出てきた言葉は、ひどく空々しいものである。

 鮫島は頷く。


「うん。これから、少しは楽になると思う」


 彼の口調には確かな期待がこもっていた。顔を上げる梨太に、微笑みを浮かべて見せる。


「いま、俺の仕事の分担計画が進められている。戦闘と雑務の両方で身動きが取れなさすぎるからと。

 今回、俺がひと月もの休暇を与えられたのはその実験でもあった。暫定的に副団長という立場を設けて、命令や事務仕事をそちらに。騎士たちにも、俺の力なくして現場を切り抜けられるようにと」


「……それじゃあ、だいぶ、休みが増える?」


「拘束時間は、どうだろう。騎士団長の業務は減っても、代わりに外交官という役目が増える。忙しさに変わりはないかもな」


「外交? それ、もしかして地球と?」


 鮫島は頷いた。


「これまでラトキアは、ほとんどの星間通信をオーリオウル政府経由で行ってきた。だが少しずつ、地球とのダイレクトな交易を進めてきている。民間人にはまだ知らされていないが、ごく近いうちに、惑星ラトキアは地球の天文学者によって『新発見』されることになるだろう」


「ラトキアと公に交流が始まる? 本当っ!?」


「やがてラトキアへの直通シャトルが地球へと提供される。そういった役目は、騎士団長である俺に与えられることだろう。もちろんそれまでに解任されていなければだが」


「……また、会える?」


 問う梨太に、鮫島は頷いた。だがその表情は晴れやかではない。


「俺が、男の姿に戻れば、な。雌体のままではいつまでも戦場に出られない。俺は、将軍になると思う」


 梨太が目を剥く。それはいくつもの意味で驚愕の内容だった。だが鮫島の表情に暗さはない。少し、照れくさそうに微笑んで。


「鯨が将軍なのはあくまで暫定だという話はしたか? 女性は元来、軍の上部にはいられない。だがラトキアだっていつまでも封建社会にあるわけじゃない。もともと女性の社会進出計画は、遅々とはしつつも着実に進められていた。既婚となるとまだ難しいが、未婚の雌体なら――鯨からは俺が、そのモデルタイプになることを期待されているんだ」


「それはそれですごいことじゃん」


 目を丸くした梨太に、鮫島は無言でうなずいた。安寧な職業と生活を得る、それは鮫島にとっていいことづくめの話だろうに、なぜかその表情は晴れない。


「……俺には……自信が無い」


 彼はつぶやいた。


「人に命令をするのは、苦手だ。……犬居や、騎士たちのサポートもなく、円滑なコミュニケーションが取れるんだろうか。俺から戦闘力を取ったら何が残るのか――俺が女になったら、他の女性と比べて優れていることなんてあるのか。……一生懸命、考えてみた。けども何も無かった。俺が女になったら、やっぱり、一人じゃ生きていけないよ……」


  淡々とした口調に淡白な言葉。それでもその真意を見逃すほど、梨太は鈍感ではない。己の耳元に添えられたままの、鮫島の手を強く握り、問い詰めた。


「鮫島くん、ラトキアの大使として地球に来るって、それ、何年後?」

「……五年をめどに話は進めている」

「あっ、そんなすぐ? なぁんだ、三十年後とか言うと思った」


 こともなげに、梨太。鮫島が目を丸くした。


 それに構わず、梨太はぶつぶつと一人で試算する。


「五年後……大学は三年次修了で修士一年に飛び級の予定だから、それであと二年でしょ。院にいって三年……『ドロップス』も来年には完成するし、臨床出して三年目で博士号……いけるか? いけるな。うん」


「リタ?」


「院卒は就職に苦労しがちだけども、二十五歳ならクチも広いだろうし。なんなら芝港水族館のお誘い、あれ受けちゃおうかな。院生のままインターンみたいにアルバイトさせてもらえば一石何鳥? ……ふむ、うん。よし」


 うんうん、ひとりでうなずいて、梨太は顔を上げた。きょとんとしたままの鮫島に、朗らかな顔で、


「オッケー養うっ!」

「なんでだ!」


 鮫島は絶叫した。


「誰が、そのまま同棲すると言った! 俺は男だぞ」


「なあにそれ、まだそういう話ぶり返すの? もうどう見ても身も心も女性でしょ」


「さっきの話聞いていたか? 雄体でなければ騎士団長でいられない、騎士団長でなければ外交官にもなれない。外交の話とは別にしても、地球に来られるのは騎士だけだ。将軍ともなれば王都から出ることもままならん。いずれにせよ、今度地球に来たときは間違いなく男の状態だぞ」


「あ。そうか」


「体が雄体なら、アタマの中も男になる。お前に対しての気持ちもだ。……同性の目になるんだからな」


「えええっそこまでリセットされるの? ああもうめんどくさい。ラトキア人めんどくさーい」


 梨太は唇を尖らせて、駄々っ子みたいに足をばたつかせる。幼稚な言動に、鮫島は腰に手を当て嘆息した。


「リセットというなら、俺の方こそそうだ。……離れている間に、リタはこの星でいろんなひとと出会っていく。結婚、していたっておかしくない年齢になるんだ」


「しないよ。待ってる」


「待たなくていい」


 彼は冷たく言い放つ。


「そうして五年後、再会したところで、俺は男に戻っているのだから」


 深海色の瞳が、わずかに濡れた気がした。


 鮫島の手荷物が内部から振動する音。飛び出してきたくじらくんポータブルバッジタイプを受け止めて、彼は応答した。

「……うん、わかった。もうすぐ行く」

 簡潔に言って、すぐに通話を切った。


 切なく見つめる梨太に、ほほ笑む鮫島。


「じゃあな。またいつか」


 ベッドのすぐそばに腰かけて、梨太に触れた手はいつしかぬくもりを取り戻している。彼はその大きな手で、梨太の髪をくしゃくしゃに撫でまわした。乱暴に、全力で少年を愛でる。

 ふふっ、と、笑い声。


「可愛い」


 三年前から、彼はそうして梨太に触れるのが好きだった。

 梨太は唇を尖らせる。そんな仕草が、自分をなお幼く見せるのだと、彼は無自覚であった。


「いいかげん、愛玩動物扱いしないでよ。僕、もうすぐ二十歳だよ」

「……わかっている」


 頬を両側から包み込み、鮫島は目を細めた。


「この三年で、こんなに大きくなった。……五年後にはきっと、もっと――」


 頬肉に、鮫島が唇を寄せる。


「……そのときはもう、俺よりもずっと、お前を好きなひとがたくさんいるのだろうな」


 嫌な言い回しだと思った。再開を誓う、別れの言葉にはふさわしくない。

 文句をつけようとした――その唇がぱくりと咥えられる。

 不意打ちの二度目のキスは、純粋な衝動から行われたらしい。自分からしておいて、驚いたような顔をする。


 梨太は鮫島の手首を引いて、今度は自分からキスをする。なんの意義もなく、ただそうしたいからしただけのキスだった。


「待ってるよ、鮫島くん」

「……うん」

「……ちゃんとまた、好きになるから。また会おう。絶対に」

「うん」


 セリフの間に、さらにもう一度吸い付く。鮫島は抵抗するそぶりは見せなかった。


「今度は、男友達として」


 重ねる。


「そこから、また始めよう。……さよなら鮫島くん」


「……さようなら、リタ」


 重ねる。


「さようなら。……元気で……」


 重ねる。


 鮫島の手が、梨太の髪をかき混ぜる。ベッドサイドから屈めた体勢が、どんどん前のめりになっていくのを感じ取り、梨太は迎えた。


 被さる体を抱きしめる。自分の体重で引き寄せて、懐へ閉じ込めた。

 引きずり込んだベッドの中で、二人の声が、言葉を紡ぐ。


 さようなら。元気で。いつかきっとまた会おう。

 唇を離すたび、そう告げてはまた塞ぐ。重ねた口腔でわずかな酸素を分け合って、湿度と温度を移し合う。


 梨太は、自分頭のなかにある、理性や作戦がなにもかも霧散するのを感じていた。視界も脳も、彼の白い皮膚で埋め尽くされていく。

 そうすれば、自分自身を追い込むことは分かっていた。


 それでも夢中で肌を重ねた。



 間違いを犯していることは分かっていた。

 この臨みを叶えれば、未来の望みが無くなっていく。


 積み重ねるたびに崩れていく。

 彼の最奥に近づくたびに遠くなる。

 これまでの努力、進展が無に帰る。

 自分の計画も彼の想いも踏みにじる。


 理解していた。だが同時に、これが正解だと確信していた。

 なるべくしてなった、あるべき形になったのだとしか思えなかった。


 それが正解であることを彼の体が証明している。

 想いのままに、真理のままに姿形をかえるラトキアの民。ひどくシンプルな解答がそこにある。


 己の欠損を、鮫島は梨太によって補完した。壊れてしまうのではないかと思うほど強く抱きしめる少年を、鮫島は抵抗などしなかった。



 同じだけの強さで抱き留めて、彼女は小さな声で一度だけ鳴いた。



 

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