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鮫島くんのおっぱい  作者: とびらの
第二部 鮫島くんとあそぼ

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123/252

愛と正義

途中まで読んで「???」となった方、第二部「序章」をいまいちどお読みください。

 気絶していたのは一瞬か、それとも数分だったのか。


「う……うう――」


 定まらない視線を空に泳がせ、彼は軽く頭を振った。あまり長い時間は経っていない。地面に仰向けになり、見上げる空はまだ夕焼けの赤みを残していた。


 そのわずかな時間の間に、彼の位置は泥の地面から柔らかい芝生へと変わっていた。腿のあたりに不快な痒痛を覚える――雑草と砂利の感触。下半身の衣服がすべて剥ぎ取られている。

 腹部の圧迫感は、男が上にまたがっていたせいだった。彼は悲鳴を上げた。


「騒ぐな!」


 口腔に拳がねじ込まれる。見開いた視界に凶暴な笑みが映りこんできた。


「……脱がしただけだ。イイコにしてろよ、シェノク」


 下肢側にはまだ数人の男がいた。そちらのほうで、歓声が上がる。


「よし、間違いない――雌雄同体だ。オーリオウルに持っていけばいい小遣いになる」


 その言葉で、彼はすべてを諒解した。そしてこのあとの、己の末路も。


 思い切り歯を立てる。男がギャッと身を引いた隙に駆けだした。

 とたん、体が宙へ舞い上がる。

 小石のように蹴りとばされたのだ。小柄な体は簡単に持ち上がり、落下したところを真上から踏みつけられる。


 そのまま何度も顔面を踏まれた。救いを求めた手は蹴りあげられ、鈍い音がしたまま、二度と力が入らなくなった。


「おい、やめろ! 傷をつけるな。売値が下がる」

「しょうがねえだろ、抵抗したんだから」


 激昂しているかと思いきや、暴行する男の声は冷静だった。


「どだい、大した器量でもない。異星人が面白がって遊ぶのは体のほうだろ。顔面は少々へこんだって構うかよ」


「こいつはどんだけ殴っても大人しくなんかならんよ」


 一番最初に、腹に跨っていた男が言う。


「誰か、一度オンナにしてしまえ。それで従順になる」

「……いいのか? そんなことしたら、雌体化が」

「一度や二度で完成しねぇよ。だから幼いほど値段がイイんだろ。長く遊べる。これの母親もそうだった」


 頭痛がひどい。

 頬骨から上に感覚がない。

 死ぬのかもしれない。

 脱力したのを見て取って、この機にと誰ぞが覆い被さってくる。首もとに這う、生暖かい男の舌。


 死ななかったとしたら、死のう。


「こんばんは」


 場違いな声が聞こえた。

 襲撃者が身を起こし、凶暴な声でなにかを叫ぶ。


「……でも、ずいぶん乱暴に見えた。それにまだ子供ではないかと――」


 雑音を、心地よい声がたしなめる。なんとも凛とした美しい声である。男とも女ともつかないが、柔らかくて優しい声だった。

 その声に、かすかに怒気が孕まれた。


「けがを、しているじゃないか」


 こちらへ近づく足音。男どもがざわついた。


「黒髪! しかもすげえ上玉だ……こんな綺麗な子供見たことねえ」

「もしかして、雌雄同体か? ひと財産だぞ」

「売女のガキなんぞ比較にならん。捕まえろ!」


 歓声を上げて、飛び掛かる――とたん、ひとりの体が真横に飛んだ。さらにもう一人、やはり膝から崩れ落ちる。男の身が沈んだ向こうには、男より二回り小柄な青年――いや、少年が立っている。

 おそらくは、この少年が男を倒したのだろう。武器らしいものもなく、いったいなにをどうやったのかわからないが。


「な、なんだお前っ、このガキっ!」

「年は子供だが軍人だ」


 少年の声。


「ラトキア騎士団員、クーガ。騎士は令状なしの逮捕権に加え、武力行使の権利があるのは知っているか? 今なら少女誘拐未遂だけで裁いてやる。全員、両手を背中で組み地面に伏せろ。それとも、そこで転がっている二人と同じようになったあげく、騎士への暴行という、国家反逆罪として処刑されたいか!」


 男どもが悲鳴を上げた。


 人さらいたちが地に伏して、後ろ手に指錠をかけられる。そうなるともう、若き騎士は彼らに興味を示さない。

 自分のほうに振り向いて、己の上着をかけてくれた。地と泥で汚れた体に、触れたことのない上等な手触り。あわてて辞退しようとしたが、強引に着せられた。そして彼の傷をのぞき込み、整った顔をかげらせる。


「立てるか? 病院……いや、すぐそばに俺の家がある。うちは騎士見習い生を預かっているし、母は元軍医だ。手厚い治療をしてやれるだろう。おいで」


 少年に手をかり、立ち上がる。

 そして身を翻し、失神している暴漢の肩を思い切り踏みつけた。体重を乗せた踵がめりこみ、異様な音が宵闇に響く。


「――死ね! この、くそ親父!」


 少年が慌てて彼を止める。拘束され、暖かな人間の体温に包まれたとたん、大粒の涙が溢れ出した。赤銅色の瞳から際限なく涙をこぼしながら、男を罵倒する。少ない語彙で思いつく限りにののしり終えると、少年の腕に縋りつく。


「……もう大丈夫。俺が守るから。……幸せになるんだ」


 自分よりも年下だろう、まだ幼くて薄い肩。平らな胸に顔を埋め、うなじが痛くなるほど頷いて、赤い髪をこすって泣いた。



 ☆


 拘束され、椅子に座ったまま、すこしだけまどろんでいたようだ。

 覚醒した視界に、まず入ってきたのはピンク色の物体。モニターで、豪奢な美女が、彼を見下ろしていた。


「気が付いたか。犬居(シェノク)

「……将軍」


 シェノク――犬居は、ゆっくりと赤銅色の瞳をはわせ、周囲を観察した。


 白い壁に鉄柵の牢。正面には強化クリアボードがつい立てられている。

 宇宙船内部の牢だった。

 ピンク色の無線機は、クリアボードの向こう側、彼の顔の高さに合わせて浮遊している。そのなんとも複雑な表情に、犬居は不敵な笑みを浮かべて見せた。


「……どうも。将軍閣下の前で居眠りなんかしてすみません。あんたの弟君にめちゃくちゃぶん殴られたもんで、体が回復しようとしてるんだと思います」


 犬居の言葉に、彼女はほんのわずかの感情も動かさなかった。淡々と、告げてくる。


「シェノク。お前の犯した罪を、判例から懲罰を量ってみた」

「……そうですか。バルゴの巣穴っていう、極めて危険なところに放り込んだんだ。暴行だけじゃなく、殺人未遂がつくでしょう。騎士の武器である麻酔刀を用いたことでなお罪が重いですね。これだけで懲役十五年ってとこでしょう。それと――」

「被害者であるリタ君から、情状酌量の願い出があった。差し引いて十二年ほどになるだろう。以上だ。内容に異議がなければこれにて調書とし、本国に戻りしだい裁判にかける」

「えっ?」


 犬居は素っ頓狂な声を上げた。


「ちょ――待ってください。虎のほうは? 逮捕を宣言した騎士への反抗、さらに攻撃まで行った。任務中の騎士への殺人未遂は、死罪に値するでしょう?」

「それは、記録には残っていない」


 犬居はぽかんと口を開けた。


「……騎士たちのケガを全員、調べ上げた。誰もお前からの攻撃は受けていない」

「俺は、虎にっ」

「口げんかをしただけと虎は言う。他の騎士もそれを肯定し、騎士団長の鉄拳制裁で清算済みとなった」


 犬居は黙り込み、反論を探す。

 ラトキア最高権力者の言葉は、いつだって端的で、冷淡である。書類を読み上げるように語りだす。


「……それでも、地球人(リタ)への暴行は重罪だ。騎士の称号は剥奪される。お前の身柄はラトキア当局に拘束、裁判を受け、懲役に務める。そして軍への賠償金や保釈金、裁判費用、刑期中の生活費などは私財より没収、不足分は身内が負担する。

 ……お前の場合は、両親がいないので、養父であり身元引受人である我が父に請求されることになる」

「ちょっ――!」

「それに伴い、父も職を追われるだろう。今いる訓練生が巣立ち次第引退だな」

「待ってください! なんでだよ!」


 犬居は絶叫した。


「そんなのおかしいだろ。親父は、俺の父親はべつに死んではいない。どっかで生きてるはずだ。

 身元引受人なんて、養子だなんて形だけのものじゃないか。どうしてあの方に迷惑はかかるんだ!」


 鯨が目を細める。


「……父と通信した。父は詫びていた。家族であるお前の闇に気づけなかった、止めてやれず済まなかったと」

「なにが、家族だと!」


 身を乗り出し、椅子がきしむ。手錠が騒音を立てた。かみしめた犬歯が音をたて、犬居は獣じみた唸り声をあげた。


「ははっ、あんたら、ほんと一族そろって人がいいな。あのね将軍、俺はね」


 一度、唾液でのどを潤す。


「俺はもともと、どうしようもない奴なんですよ。しょせん外道の子ですからね。育ててくれたあの家を、俺は昔からずっと裏切ってたんだ。俺は――さんざん、泥棒をしていた。ははっ、ぜんぜん気がつかねえのな。俺が、あんたたちからずっとずっと――」

「父は知っていたよ。お前がうちの、大切なものには決して手を着けなかったことと、その金を母親へ送っていたことも」


 犬居の喉が痙攣する。


「母親が亡くなってからは、それを一度もしなくなったことも。父は知っていたんだ。……犬居」


 鯨の表情は穏やかだった。犯罪者への視線ではない。それでも、これまでのものともやはり違った。

 言葉が無くなる。


「……わたしは軍人だから。お前を逮捕する。決して軽くはない罰をお前は受けるだろう。その保護者である父もまた、責任を取らされるだろう。それでもわたしは、お前を審問会へと引き渡す」


「……殺してくれ」


 吐き捨てた言葉。犬居の呟きに、鯨は首を振った。


「ここから先は、父からの伝言となる」

「……え?」

「父のマネは、あまり自信がないが……やるだけやってみようとおもう。似てなくても笑うなよ」


 豪奢な美女は、一度だらりと猫背になった。それから身を起こし、腰に手を当てる。ふだんの彼女らしからぬ妙におっさんくさい所作で、肺活量いっぱいの大声を上げた。


「――シェノク!」


 びくりと、犬居の全身が震える。


「このアホが。なんてことをしてくれたんだ。この件で、私はもう騎士見習い生と楽しく過ごすことが出来なくなった。さみしいじゃないか! 年寄りの娯楽を奪いよって。あと二、三年は続けるつもりだったのに。

 どうせ優しく義理堅いお前のことだから、私らに迷惑を掛けんように画策するだろうが、そうはさせるか。

 さっさと務め上げて、還ってこい。釈放後、お前はうちの正式な養子にするぞ!」


「――はっ?」


 犬居が眼をしばたたせる。鯨は構わず続けた。


「そして私のボードゲームの相手になってもらおう。子供たち五人とも、近頃はうんざりして近づいても来ない。朝から晩まで付き合わせるから、覚悟をして――還ってこい。シェノク。私の可愛い六番目の子供よ。待っているぞ!

 ……以上だ。おそらく一字一句間違いないと思う」


「は? し……将軍? それは……どうして。俺は」


「父の決めたことに、家を出ているわたしが口を出すつもりはない。そして異論もない。

 ……わたし個人としては、前科者を甘やかすのが善行とは思えぬ。

 だが軍としては、刑期を終えればそのものはなんの罪もない一般人であり、差別されることなく、社会に帰還するべきとしている。

 どちらが正義なのか、わたしにはわからん。正義とはなんとあいまいなものか。

 だからこそ、わたしは思う。なにが正義がわからなくなったときは、好きか嫌いかで決めてしまえばいいんじゃないかと。だから、好きか嫌いかで、考えた。

 父はお前が好きで、わたしも、鮫も、お前が好きだよ」


 頷く鯨。鮮やかな青い瞳が、確信を込めて、犬居を見つめる。


「……愛してくれた親への、最高の恩返しは、子が幸せになることだ。だから、これでいいんだ」


 犬居は顔を伏せた。


「う……」


 全身がこわばる。重い錠をぶらさげた、拳を強く握りしめて。


 必死でかみ殺そうとした嗚咽が漏れだし、焼けたように熱い喉の震えが止まらない。一粒こぼれた涙は堰を切ったように暈を増し続け、赤銅色の瞳をきつくつぶっても、涙はどんどんあふれだし、止まらなかった。


 言葉が紡げない。それでも言わなくてはいけないことがあった。伝えなくてはいけないことがある。嗚咽が止まらずに、嘔吐寸前までえずいても、鯨は黙って犬居の言葉を待ち続けてくれた。


「しょう、ぐん。将軍。俺……団長が好きです。好きでした……」


 嗚咽に飲まれた犬居の声はおよそ言葉になっていなかったが。

 鯨は眉を垂れさせて、微笑んだ。


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