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鮫島くんのおっぱい  作者: とびらの
第二部 鮫島くんとあそぼ

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112/252

梨太君の思考疾走

 ……。

 …………。

 ………………。

 !!??



(なにを?)



 梨太は絶句した。


 アクリルガラスについた手のひらから、だらだらと汗が流れ出す。蒸し暑い観覧車のワゴン、人間の体温をごく至近距離で感じ、体中がのぼせ上がっていた。

 鮫島もまた紅潮し、汗をうかべて、目を閉じている。漆黒のまつげが夕日を浴びて、頬に影を落としていた。


(……ええと)


 これ以上なく近づいて見た鮫島は、これ以上なく美しかった。


(ええと……)


 まず、記憶を反芻する。


 彼はなんと言っただろうか。「服を着たままでならいいよ」。確かにそういった。もしかしたら、ちょっとばかり聞き間違いをしたかもしれない――と、候補を考えてみる。


 福が来たままならいいよね。それはその通りだ。だが今言うことではない。

 服置き北のままでいいよ。模様替えの最中ではない。

 服を着た方がいいよ。ちょっと心配になり自分を見つめなおしてみる。大丈夫ちゃんと着ていた。


 近年耳鼻科はご無沙汰だからって、これ以上とんちんかんな聞き間違えはあるまい。やはり彼はこう言ったのだ。「服を着たままでならいいよ」と。


 問題は、「ままでなら」と「いいよ」の間になにが入るか、である。

 服を着たままならば、○○してもいい――


 シチュエーションだけ考えたら、もちろんキスである。梨太もそのつもりで問うた。

 だが口づけに、服を着たままでなんて、言うまでもないことではないか? 実際脱がすつもりなどなかったのだ。そんな気配もにおわせていない。

 なのに、彼は言った。わざわざ注釈をつけてそう言ったのだからきっと、彼はまた別のものを想定していたのだ。キス以外の、キス以上の、本来は服を脱いであたりまえの、もしくは服を脱いで行ったほうがなにかと喜ばしい行為を、きっぱりはっきり言えばいやらしいこととしか言いようがないなにかを想定して、そして――許可した。服を着たままという条件を付けて、彼は、それを許可したのだ。


 なにかしらいやらしいことを。


(……なんだそれは!)


 間違いなく、何かができる。

 だが何ができるかがわからない。

 思考の渦に沈んでいく梨太を、夕焼けがジリジリと焼いていた。


 鮫島は一度、そうっと目を開いた。

 すぐ目の前で、梨太がなにやら硬直している。


 彼はしばらく、悩む梨太の姿を観察していた。ラッコやイルカを見るときと同じ、おもしろそうに眺めていた。



 梨太の思考回路はいまだ疾走を続けていた。


(考え方を変えてみよう。彼がなにを言ったか、ではない。具体的に、なにができるかという可能性を上げて取捨選択していくんだ)

(服を着たままで行えるエロいこと)

(服を着たままで行えるエロの限界とは――)


 頭の中に、「着衣プレイ」なるジャンルの映像が大量にフラッシュバックしていく。


 触る。揉む。そのあたりはとりあえずクリアだろう。着衣のない素肌への口づけがOKだとすれば、首筋を食むことも可能だ。頭蓋を押さえ込んでひたすら耳たぶをハミ続けるというのも捨てがたい。服の上から唾液で透けるほど愛撫するのも乙である。

 しかし重要なポイントは、「服を着ている」というのは具体的にどの程度の維持状態を許容とするのかだ。服の隙間から手を入れる。ボタンを外しはだけさせる。ずらす。膝まで脱がせる。靴下だけ残してある――それも「着衣」と言って差し支えないのではなかろうか。全く個人的な嗜好を言えば、ネックレスだけを残して「着衣」というのは許せないものがあるのだがこのさいそれも着衣してますよねと言い切ってしまいたい。嗜好としては、着衣プレイの神髄は「肝心な部分がまったく見えない」ことだと考える。ブレザーにブラウス、リボンタイ、膝丈スカートまでもそのままに、下着だけ脱がしてふくらはぎあたりにぶらさげておく――これがベストだ。靴をはいたままにするかどうかはシチュエーションにより甲乙つけがたく断言しかねるが、いずれにせよそれならば、妊娠させることだって十分に可能である。まあ今日は鮫島くん女学生服じゃないからこの妄想はぜんぜん関係ないんだけども――



 動かない梨太の観察に飽きた鮫島は、窓の外へ視線をやった。

 夕日の沈みゆく、海辺がとても綺麗だった。



 ……もともと着衣していない部分を使うというのはどうだろう。見下ろす鮫島の全身で、白い肌が露出しているところを確認してみる。

 頭皮。額。頬、口、口。耳、首、鎖骨まで。着衣の部分を飛ばして、手首、手のひら、手のひら、指、指。口と手と指と、あとは足首――



「さ、鮫島くん。あのっ――服って、僕は脱いでもいいんでしょうかっ?」



 梨太がそう叫ぶ声に重なって、ブ――ッと耳障りなブザー音がワゴンのスピーカーから鳴り響き、同時に鉄の扉が遊園地スタッフによってガチャンガチャンと乱暴に開かれた。安全用の鎖が手早くはずされていく。


「はいどうもありがとうございました足下にお気をつけてお願いしまーす」


「うわあああああああああっ!!」


 梨太の絶叫に、初老のスタッフはどこ吹く風。次のワゴンの扉を開けにいこうとするのをすがりついて引き留める。


「あ、あともう一周っ! 延長おねがいしますうううぅぅっ」


「いやもう閉園なんですよ」


「そこをなんとか半周だけでも!」


「半周ってあんた地上四十メートルで止めてどうすんの。いいから一回降りて、もう一周って言うならチケットもいるよ。売場は受付前ね」


「現金でどうかお願いします神様」


「というかお連れさん降りちゃってるけど?」


「さめじまくううううううんっ」


 転げ落ちるように追いかける。

 観覧車乗り場をさっさと下った鮫島は、アスファルトの上で背伸びした。


 風がふわりと、鮫島の髪を撫でて過ぎる。


「うーん。やっぱり、外の方が涼しいな」


 振り返った表情は晴れやかだった。まだほんのすこし紅潮しているのを肩で隠して、照れくさそうに、彼は言った。


「帰ろう、リタ」


「……うん」


 了承したものの、その場にしゃがみ込み動こうとしない。訝った鮫島が近づいてのぞき込むと、彼は己の膝に顔を伏せたまま、


「ちょっとしばらくそっとしといて……」


 消え入るような声でつぶやいた。


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