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鮫島くんのおっぱい  作者: とびらの
鮫島くんのおっぱい
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鮫ちゃん♀の×××

 しばし、訪れる沈黙。


 三人の軍人に囲まれて、耐えがたい緊張感が少年を襲う。だが梨太は負けなかった。

 んなわけねえだろ何言ってんだバカ野郎――と、怒られることを、想定はしての質問である。


 だが、鯨は顔をこわばらせた。


「……どこで聞いた?」

「え? あ、友達から。その先輩が見たって話だけど」


 梨太の答えに、犬居は気まずそうに頬をかく。


「……あー。それは……俺の口からは何とも」

「わたしからも、どちらと言いかねるのだが。……なあ?」


 鯨の呼びかけは、座っている弟へ向けてかけられた。


 鮫島はキョトンとし、しばらく梨太のほうを見つめていた。やがて犬居の方へ向き直ると。


「犬居。オッパイとはなんだ」


 全員が真横にコケた。



 コケた勢いで盛大にこぼしたアイスティーを片づけて、犬居が大まじめに通訳する。鮫島の「辞書」は、俗語に弱い。登録されていない単語は意味不明の音としか聞き取れないのだ。本人がそういったことに無知で純朴というわけではないらしく、犬居の説明で、すぐに諒解りょうかいした。


「……ああ。それで?」


「だから、鮫島くんにそれがついてる――乳房が、膨らんでいるのかって聞いてるのです」


 真っ向から追求する梨太に、なぜか犬居が姿勢を正した。


「なんかこいつすげえな」


 そんなことを呟いている。


 鮫島は、表情を変えなかった。人形じみた端正な顔は、凍えるほどの冷気を感じさせる。だが、梨太は恐れなかった。鮫島は、不機嫌ではない。怒っていないし嫌われてもいないという自信があった。

 鮫島の唇が薄く開く。低い声でボソリと言った。


「今は無い」

「……いまは?」


 梨太の肩がぴくりと動く。


「それは――前はあったけど、なくなったってこと? なんで?」

「俺は男だからだ」


 会話になっていない。

 じれかけた梨太に、鯨が割り込んできた。


「まあまあリタくん、鮫に複雑な説明を求めちゃいけないのはわかりきったことだろう。わたしが話してやろうではないか」


 ふよふよと機嫌良く滑空するくじらくん。そのモニター画像がブレる。


 美女の姿が消えて、画面は真っ白に。そして見たこともない記号の羅列――なんとなく、ラトキアの言語で「なう・ろーでぃんぐ」とでもかかれているのだろうと見当つけた。

 待つこと数秒間。


 突如、画面に少女が現れた。


「ぅおおっ?」


 思わず声がでる梨太。


 動かない。静止画――写真データだ。

 美少女、である。まずそれは間違いない。


 年の頃は梨太と同じか、もうすこし下だろうか。鼻筋の通った大人っぽい顔立ちだが、ふっくらした頬が愛くるしい。透き通るほどに白い肌、ぬばたまの髪は梨太の知るどの夜よりも昏く深い闇の色。少年のような短髪が、かえって少女の美貌を強調させていた。

 フレーム外で胡坐をかいているらしい、前かがみ気味で、カメラに向かって微笑んでいた。


 のびやかな手足、しなやかな体――シンプルなタンプトップが、胸元でツンと上向きに持ち上がっている。

 豊かとまでは言えないが、間違いなく女性特有の膨らみ。


「っぉぉおおおおおおおお!」


 小山の頂点にさらなる小さな突起の気配を見つけてかぶりつく。

 とたん、モニターは再び暗転し、すぐに鯨女史のにこやかな顔が映された。どうだ、と言わんばかりに得意げな顔にくいついて、


「く、鯨さん、いまの――いまのはもしやっ」

「そう、ラトキア騎士団長鮫島くん、当時十五歳のお写真だよ」


 画面が見えなかったらしい、鯨の言葉が聞こえた瞬間、鮫島が立ち上がった。


「なっ――きさま! なんでそんな写真を持っている!?」


 初めて聞く彼の大声だ。

 しかし鯨は小馬鹿にするように左右に揺れながら、


「端末に入れてたわけじゃない。いま、わたしのパーソナルコンピュータから転送したのだよ」

「だからなんで、星帝の宮殿に俺の昔の写真など持ち込んでいるんだ!」

「ほら、このころに新兵の実戦シミュレーション用に3Dモデルを作っただろう? そのディティールを埋めるのに、父に頼んで送ってもらった」

「戦闘技法はキャプチャーで綿密に測っただろうっ。ディティールってなんだ、顔や細かい体型など、訓練には必要ない!」

「このほうが受けるからだ、訓練所に休暇返上で行列が出来て兵士の質が上がって兵力が上がって将軍としてはオイシイからだ、文句あるか!」

「あるわ!!」


 叫び、鮫島はくじらくんを鷲掴みにした。

 たくましい腕に筋肉の盛り上がりが見える。


「破壊してやる」

「あっばかやめろ、くじらくんを壊したところでわたしは痛くも痒くもないし、データも親機に入ってるんだから――あいたたたたたっ痛い痛い離せって! 暴力反対」


 痛くも痒くもないと言ったそばからなぜか悲鳴を上げる鯨。

 ミシリと音がしたところでなんとか逃れ、くじらくんは天井ぎりぎりまで浮上した。


「ど、どういうこと……?」


 梨太は、混乱していた。


 あの写真が、真実数年前の鮫島であるならば、ふつうに考えて――彼、彼女は、男装している。

 だがそれは違うと断言できる。現在の鮫島はきっぱりと、男性にしか見えない。


 もうひとつの可能性、性転換手術――それも、あり得ないような気がした。


 少女から乳房や女性器を切除した程度で、鮫島ほど逞しい青年になると思えない。梨太は何度かテレビなどで、いわゆる「オナベ」を見たことがあるが、やはりどこか遠くに「元・女性」というのが見て取れた。


 梨太自身、女の子のようだと揶揄される外見の持ち主ではある。だがそれは男子校にいてこその話。本物の女性と比べれば、部分的な骨格がどうしたって男性なのだ。


 鮫島は仏頂面で座り込み、もう何も答えてくれそうになかった。犬居も口をつぐんでいる。

 くじらくんを見上げると、彼女は高笑いしながら天井付近をくるくる回遊していた。


「ふっふっふ。これこそが我らラトキア人の宿命なのだ」

「……と、いうと。なんか……両性具有で、軍人は男に性転換させられるとか、そういう?」

「当たらずとも遠からずかな」

「あれ、でも、先輩が見たっていうのは体育祭の準備期間だから、夏休みが明けて、せいぜいこの一ヶ月内のことのはず。でも六月に転入してきたときから今と同じ男性で――」


 ぶつぶつ呟きながら、思考をまとめていく。そして、ひとつの推論が導き出されていった。


「……周期的に、また近いうちに、鮫島くんは女の子になる?」


 モニターの向こうで、鯨が会心の笑みを浮かべた。


「知りたいか、リタ君」

「知りたいです! あとさっきの写真もう一回見せてください、じっくりと先っぽまで」


 即答すると、くじらくんはうれしそうにぴょんぴょんはねた。いったいあの機械の動きはどうなっているんだろうと、今更ながらふと思う。


「では、捜査協力の報酬はその知識ということでどうだ?」


「えーっ報奨金は無しですか? そっちはソレしゃべるだけでしょ、無条件で教えて下さいよ! あとそれとさっきの写真印刷してクダサイ」


「ほほほ。ラトキア人の生態でありきわめてセクシャル、かつプライベートな情報だ。これは本当の話、あまり異星人に公開したくないことなのだよ。それなりの価値はつけさせていただこう」


「そ、そんな――とりあえず写真はクダサイ」


「イヤならよいぞ。先ほど話したとおりの報奨金を出そう。それで地球の女でも買えばいい」


「高校生になんてこというのですか。プロのおねえさまはちょっとコワイお年頃。お願いします写真クダサイ」


「目的ずれてんじゃねえか」


 犬居が半眼になってつぶやいた。

 彼はテーブルに頬杖をつき、


「……ま、正直、費用は節約したいとこだわな」


 鮫島が嘆息した。

 誰に聞かせるわけでもなく、小さな声でぼそりとつぶやく。


「もう。捨ててくれそれ……」


 梨太の耳がそれを拾った。


 視線だけを鮫島のほうに配る。無表情で俯く彼の耳たぶが、かすかに赤く染まっていた。

 くじらくんを見上げ、真剣な顔つきで唇を噛む。しばし無言で逡巡し――


「……わかりました。それで働きましょう。ただし写真はクダサイ」

「交渉成立だな」


 鯨は赤い唇をにっこりと持ち上げた。


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