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『号外! 犬神家事件再び!?』
本日早朝、バレーボール部の練習で早くに登校してきた女子生徒数名が、校庭に上半身だけ埋められた人影を発見。すぐさま部活動の顧問に知らせ対処に当たろうとしたが、その間に埋められた人物は忽然と姿を消していた。
まだ周囲も薄暗かったためどのような人物が埋められていたか詳細は不明だが、目撃者の証言によると被害者は女性用の体操着(通称ブルマー)のようなものを身につけていたらしい。
先月にも、我が非公式第三写真文芸同好会の会長出間ナガル氏が同様の被害を受けており、事件の関連について現在調査中。
会長はこの件に関して、「(前回との関連については)まだ明言できないが、この技の切れ味、頭の悪さ……彼の関与は否定しきれないだろう。我が非公式第三写真文芸同好会は、この件に関して総力を挙げて調査する」とのこと。
なお、風紀委員と生徒会は表立った調査は行わないとしている。学校理事会に関しても同様で、真相を隠そうとする動きがあるのではないかと当局は睨んでいる。
現在、この事件に関する目撃情報を広く募集している。心当たりのある方は是非、非公式第三写真文芸同好会まで連絡のほどを。
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「……アホくさ」
サトルが登校してみるとそこら中に可燃ゴミがばらまかれていた。あまりにもお粗末なので、資源ゴミの日に出すこともできない。
サトルが通う高校はいわゆる部活動の盛んな学校である。生徒のほとんどが何らかの活動に参加している。特に運動部よりも文化部の熱心さが特徴的で、それ目当てにこの学校を選ぶ人もいるらしい。
しかし、盛んと言ってもその内容は玉石混交で、実態不明瞭な団体も数多く存在する。
その中の一つが、この『非公式第三写真文芸同好会』だった。サトルを灰色の学生生活に追いやった犯人である。
生徒会役員選挙立候補の際、サトルが打ち出した選挙公約『部活動・同好会活動の実態調査と予算、部室分配の見直し』が引き金だった。抗議という名目であの手この手の嫌がらせが実行された。根掘り葉掘り、根も葉もない噂が流布されたのだが、実際のところ妨害とか抗議とか云々というより頭のイかれた同好会会長様の趣味に寄るところが大きかった。
この『非公式第三写真文芸同好会』という輩は、どうやら表向きには『権力に屈することなく真実を報道する。そのための非公式機関である』と宣っている。しかし、同好会会長が『三度の飯より面白いこと』を信条にしているのを、サトルは誰よりも知っている。それならジャーナリストよりも三流タブロイド紙のライターがお似合いだろうとすら思っていた。
サトルは心の中で憎き面構えのハメ撮り糞野郎に対して中指を立てた。願わくば、可及的速やかに輪転機に巻き込まれて複雑骨折しろ。たったそれだけでも、世界は今より綺麗になるだろう。
サトルの心中は昨夜のこともあって平和とは言えない。たっぷり睡眠をとって横綱出勤よろしくしているけれど、こんな体たらくなら今日は学校を休むべきだったかもしれないと一人ごちた。
時刻はとっくに昼だった。学校内は昼休みの学生たちによって浮かれ気味だ。
生徒会役員を罷免されて以降、サトルは内申点とか教師からのウケとかを考えなくて良いので、最近は無断遅刻無断欠席の常習犯だったりする。
「俺は悪くない。噂に踊らされる世間が悪いのだ。あとあのバカの頭と性根が悪い」
教室の扉を開けば、クラスメイトたちは各々和やかに昼食を取っている。ゴミタブイロイド紙号外(新聞は不定期発行のくせに号外とかいう言葉を使ったりする)もダストシュートされていて、ゴミ箱はパンクしていた。再生紙用ボックスに突っ込んでいないあたりみんなナイスだった。
「俺もランチタイムと洒落こみますか」
サトルは鞄を机の上に放り投げ、Uターン。来た道を戻る。
廊下は昼休みの賑わいを見せていた。パンツ丸見えで座り込む女子生徒。胸を揺らせて走り去る女子生徒。廊下で授業の質問を受けているワイシャツパツパツの女教師。
サトルはグッと拳を握った。
うん、学校に来てよかった。心からそう思った。なんて清しい気持ちだ。学校サイコー。
そんなサイコーなプレイス=ハイスクールだが、今から購買に行っても食べ盛りの腹は満たせまい。
学校はサイコーでも購買や食堂は大したことないのだ。
風見櫓学園は中高付属の私立学校である。歴史は多少古く、とある私塾を端に発している。旧校舎がなかなか取り壊されないのも、市の歴史的建造物に指定されるのではという話が持ち上がっているためらしい。
もちろん生徒数も多い。さすがに遠方地からわざわざ通う生徒は少ないが、すぐ近くに大都市圏のベッドタウンが構えているため、学園側も経営にはさして困っていないだろう。
しかし、学生に対する還元は悪い。校舎は無駄に広いだけで、設備としては二流だった。
「――坂上くん」
「いや、しかしわざわざ学校に来たのに直帰というのもな……」
「坂上くん!」
「うん?」
サトルが可愛らしい声に振り向くと、そこには『揉みたいけど(良心が邪魔して)揉めないおっぱい~愛しさと切なさと心強さと~ランキング』第一位のクラスメイト此花サクヤがいた。
ちっちゃい体にビッグバスト。実に犯罪的な組み合わせである。
絹のような黒髪に可愛らしい口、白い肌。異性のみならず同性をも魅了するだろう。しかし、やはり、玄人なら、あくまでもそのおっぱいに注目したい。生地が固めの冬服にも負けず自己主張するパライソ。芽吹きを待つ厳戒の冬にあって、それは確かに暖かい春の訪れを期待させる。派手さこそないが、確固たるものがある。彼女の持って生まれた奥ゆかしさが時々もどかしいくらいだ。遠慮がちながらも圧倒的な存在感。実によい。大変グッドである。デリシャス。
「此花さん」
自然サトルの気持ちは上向く。下半身も同様である。
「おはよう……じゃなくてこんにちは、だね? もう、坂上君は最近遅刻が多いよ」
「いや、つい夜更かししちゃってさ~」
サトルはてへへ、と頭を掻いた。彼を知るものなら絶句するくらい似合っていない仕草だった。
「夜更かしは体に良くないんだから。だめだよ」
メッ、とサクヤは指さしする。
「うん! 気をつけるよ!」
満面の笑み。サトルは実に楽しげである。
此花サクヤ女史その人は、あの『マリア像白い涙事件』があった後でも、サトルと普通に接してくれる唯一の女子だった。彼女はサトルの言い分を信じてくれたのだ。
それ以来、彼は人としても彼女を尊敬している。彼女と会話するとき、おっぱいだけを凝視しないように努めているのは敬意の証だ。本当にたまにチラッと見るだけにしている。努力している。頑張っているのだ。サトルは心の中で力説する。
「坂上くんはこれからお昼ご飯?」
「そんな感じ。此花さんは?」
「私も。良かったら一緒に購買に行かない?」
「是非」
サトルにとって願ったり叶ったりの誘いだった。外食に青春はなし。時代は購買だ。最初からそう思っていたのだと、一分前のことを記憶の彼方に飛ばす。
二人は一路購買部へ足を向けた。