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『号外 旧校舎放火事件』

 

 昨日夕刻、当学校敷地内にある【通称旧校舎】が何者かによって放火された。当日の風もあって、火の手は広がり懸命の消火活動もむなしく、歴史的建造物は焼け落ちてしまった。

 炎があがっているのに気づいたのは近所の住民で、そのときには既に火柱をあげるほど燃え盛っていた。幸い死傷者の類は出ていないものの、許すべからざる事件である。

 信頼のおける筋からの情報によると、火元は昇降口付近らしく、犯人の大胆不敵な行動が伺える。

 また、事件当日の放課後、現場付近で当学園の男子生徒を目撃したという証言もあり、同好会内でも概ね内部犯の仕業ではないかと議論されている。

 本件に関して、非公式第三写真文芸同好会は犯人逮捕のため独自の調査を続けていくつもりである。読者からの情報提供を広く募集する。



****



 そうそう毎日ファンタジーが続くわけではない。


 一時期、犬神家事件再来や旧校舎の金髪の幽霊や、放火事件などで沸いていた学園内も、いつの間にか平時の落ち着きを取り戻しつつあった。


 人の噂は足が速い。とっくに朽ちて、学生という土壌の毒にも薬にもならない腐葉土になっている。


 そのすべての事件に関与している、というか主犯格とすら言っていい坂上サトルは、暢気にも養護教諭のいない保健室にてぐうたらとソファに寝転がっていた。

 管理者たる養護教諭もどこぞで仕事をサボっているのだろう。なにしろ、サトルすら常識人になってしまう破戒教師。保健を生業にしておきながら酒も煙草もやる生臭教師だ。


 サトルはついと窓の外を見た。正午だというのに外は薄暗い。空は厚い灰色の雲に覆われていた。


 季節は十一月も終わりのころ。山、というか小高い丘の近い郊外都市は、すっかり冬の訪れを感じさせた。暖かい時期ならば、屋上でサボータージュを決め込むサトルも、寒さに負けて保健室を根城にしている。おかげで養護教諭とは茶飲み友達ならぬサボり友達であった。


「……暇だ」


 学生の本分など棚上げしてこの狼藉。彼は目標がないとここまで怠惰な人間になる。

 自主自立と言えば聞こえもいいが、基本的に私立風見櫓学園は放任主義だ。生徒数もかなりなものなので、大問題を起こさない限り教師もうるさくない。


 目下彼のことを心配する人間はこの学校にはほとんどいない。


 ただ一人の天使を除いて。


「失礼します」


 控えめなノックと共に、此花サクヤが来訪した。

 彼女はすぐに、ソファに寝転がる不届き者を発見する。眉をひそめて、口をとがらせた。ジトッと、目の前のサトルを睨む。


「坂上くん、もう授業終わっちゃったよ」


 ひょこひょことサトルに近づき、サクヤは優等生お決まりの非難をサトルににぶつけた。


「そっか。今日は半日授業だもんな」


 サトルは先刻ご承知だったが、わざわざ起きあがって答えた。

 サクヤは非難がましい視線を崩さずに、近くの椅子に腰掛けた。スカートに手を添えて皺にならないようにしていた。表情とは裏腹に、ふんわりという形容がよく似合う着席だった。わざとらしくなく、彼女らしい所作だ。


「最近、坂上くんは不良が板に付いているみたい。私はそういうの好きじゃないな」


 半目でさらに攻撃を加える。


「マジか」

「うん。かっこわるいって思う」


 サトルにとって彼女の評価は絶対だった。白と言われれば白。不良と言われれば不良。嫌いと言われては、首を括るしかない。


「明日からはちゃんと授業に出るよ」

 彼は一瞬もためらうことなく不良稼業から足を洗うことを決めた。


「明日は日曜日です」

「うぐっ」


 サトルは次の言葉に詰まる。慌てて取り繕ったが裏目だった。


 本日は半日授業。つまり、土曜日。昔は週休二日が約束された学生稼業も、昨今はやれ学力低下だの、やれ学生の資質が云々だの、という理由を付けられて、土曜日登校を余儀なくされている。

 おおかた、休日も出勤するのが当たり前の大人たちの僻みやっかみだろうと、サトルは唾を吐いた。

 

 居所が悪くなって、サトルはゴビ砂漠のように乾いた笑みを浮かべた。風飛ぶような類いだ。


「坂上くん、前からだけど最近は輪にかけてマイペースだよね。なにかあったの?」


 サクヤは心配そうに視線を送った。


 なにかあったか、とサトルは心の中でつぶやく。

 原因はわかっていた。あの夜の出来事だ。あの夜はいろいろなことが起こりすぎて、サトルは未だにそれを処理しきれないでいた。


 まだ三日しか経過していないのが嘘のようだった。

 鮮明に思い出せれるのはあの金色だ。

 鮮烈にして苛烈。悠然と夜を切り裂く戦乙女。

 あの女に助けられた。いけ好かない女だ。でも、どうしてこんなにも頭から離れないのだろう。


 そこまで考えてサトルは頭を振る。

 あんな貧乳を思い出してどうするのか。彼はその一言で邪念を振り払うことに努めた。遠くの貧乳より近くの巨乳である。


「なんでもないよ。ただ最近寒いからさ」

 身も心も財布も、と彼は付け加える。


「確かにそうだね。もうすっかり冬って感じ。最近は夏の後にすぐ冬がくるから困るね」とサクヤは足をさすった。


 彼女はすっかり冬の装いで、厚めのタイツを履いていた。よく見れば、すでに下校の準備が完了しているのか、首にはふかふかの毛糸のマフラーが巻かれている。まだそこまで冷え込んではいないのだが、どうやら彼女は根っからの寒がりらしい。


「あれ、此花さんは部活に行くんじゃないの?」

 下校準備完了であることに気づいたサトルが問う。


「今日の部活動はなくなったの。というか、朝のショートホームルームで先生が言ってたよ。最近、学園付近で怪しい人物がうろついているから、しばらく放課後の部活動はなしになるって」

「そりゃ知らなかった」


 サトルは心底意外だという顔をした。

 サクヤは呆れ気味に吐息を漏らす。


「知ってる。そのとき坂上くんは熟睡してたもんね。さすがに先生も、夢の世界に行った生徒にまでメッセージを伝えられないだろうし」


 だめだよ、メッ! と彼女は軽く小突く仕草をする。

 サトルはお決まりにてへへと頭をかいた。


「ていうか、不審者がうろついているってのも初めて聞いた。それ、結構話題になってる感じ?」

「……うん。ここ二三日だけど」とサクヤは答えて、鞄の中から紙切れを取り出す。

「げ」


 サトルは目敏く、それが『非公式第三写真文芸新聞』であることを発見する。それは彼が最も嫌うメディアだ。


 そんな彼を気にする素振りもなく、サクヤは当該記事を見つけて彼に差し出す。


「ほらここ」


 サトルは目頭を押さえて、仕方ないとばかりにサクヤの指さす記事を読んだ。

「えーなになに。

 近頃、学園付近をうろつく不審者の目撃がある。当局は放火事件との関連を目下調査中。一般生徒に置かれては、自己の安全を最優先にされたし。危険排除、学園の平和維持のため、当同好会は危険を顧みずに正義の元捜査を続ける所存である、と。

 なにが正義だ。興味本位のくせに」


 もちろん文責には例の出間ナガルの文字が踊っていた。学園の平和を乱す張本人だろ、とサトルは悪態づく。


「そういうわけだから、坂上くんも保健室で油を売ってないで早く帰った方がいいよ」

 男の子だって危ないんだから、と新聞を畳みながらサクヤは言った。


「確かにな。華奢が売りだから、暴漢に襲われたらひとたまりもない」

「ふふ。そうだよ、坂上くん。いざとなったら私が守ってあげるからね」


 えっへんとサクヤは大きな胸を反らせた。腰に手を当てて、任せろと言わんばかりである。


「頼りがいがあるなあ。頼っちゃいたいなあ。守ってほしいなあ世界の巨悪から。吹きすさぶ世間の寒風から」

「でしょでしょ。任せて任せて」


 微笑ましくなって、サトルは自然と笑った。釣られてサクヤも笑みが溢れる。

 サトルはソファにめり込みそうになっていた重い腰を上げた。荷物は既に保健室まで持ち込んでいるので、このまま帰ることができる。


 サトルにあわせてサクヤも立ち上がった。


「じゃ、一緒に帰ろうか。送っていくよ」

 何気なくサトルは提案した。

 一瞬、サクヤは目を見開いたがすぐに破顔した。


「ぐうたらで不良な坂上くんは嫌いだけど、そういう優しい坂上くんは好きだよ」

 含むことなく、サクヤはサトルに面と向かってそう告げた。


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