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 どんな人間だって、(わら)にもすがりたいと思う時がある。


 居もしない神に祈ったり、馬鹿らしいおまじないを試してみたり、胡散臭い人のご高説に耳を傾けたり――方法は様々だけれど、そのひたむきさは万人共通だ。うまくいかない日常を打破するためには、普段なら眉をひそめてしまうような非日常に頼ってみる以外方法はないんだと信じこんでしまう。


 人はそれを笑うだろう。


 なんでそんなつまらないことを、どうしてそんな真剣に。

 しかし、今ならわかる。こうでもしなきゃ、クソッタレな日常は変わってくれない。藁を掴んでいれば、いつかは長者にだってなれるだろう。




 誰も訪れない旧校舎の一角。

 床は傷んでいるのか、体重を思いっきりかければ踏み抜けそうだ。ボロボロのカーテンからはほんのりと街灯の明かりが漏れている。ぼんやりと薄暗い部屋。全体に漂う辛気臭い空気。

 カビ臭さと埃っぽさが、そこにいる男にはふさわしかった。


「ワインの量はこんなもんか。保険でもう一本用意しておいてたけどいらなかったな」


 坂上(さかがみ)サトルは準備を重ねていた。

 室内の至る所にばらまいているのは、一本おいくら万円するだろうワインだ。価値を知る者が見ればもったいないと感じるだろうが、酒を飲めない人には無価値も同然だ。


 せめて価値あることに、有意義に使ってやろうと法律的に飲酒の許されないサトルは思った。

 彼の傍らには古ぼけた手帳とワインの空き瓶、そして真新しいダッチワイフが転がっていた。


 この段階で、彼がなぜこのような奇行に及んでいるかわかる人はいまい。


 人には誰だって、藁にもすがりたいと思う時がある。それは胡散臭い宗教だったり、一見親切そうなおじさんの手だったり、人によってそれぞれだ。


 では、坂上サトルは? いったいどんなものに手を伸ばそうとしているのか。


 誰も訪れない旧校舎の一角。彼は今まさに、魔術儀式なんていうどうしようもない藁にすがろうとしている――。



 ****



 男子高校生の見果てぬ夢とは何か。


 それはメイク・ア・ガールフレンド。ピュアとピュアが交合した結果の結晶である。この大望を抱かずして何が日本男子だろうか、と吹聴(ふいちょう)してやまない男がいた。

 高校一年生坂上サトルその人である。


 学び舎には、若い体を持て余した男女が一つ屋根の下何百人規模で押し込められているのだ。廊下の曲がり角でうっかりフィジカルプラクティス、エクストリームエクササイズ。当然の帰結である。そうなるなと言うのが難しい。


 もちろん、サトルの青写真でもそうなる予定だった。そう思って桜吹雪の舞う頃にこの坂上サトルという男は私立風見櫓学園の門戸を叩いた。


 それがどうしてこうなったのかは、誰にもわからない。もちろん本人も理解していない。

 何時まで経っても比翼の片割れは現れず、下半身から伸びた枝葉のおしべがめしべと連理することもない。

 由々しき事態である。まっこと、許されざる事態であると彼は大いに憤慨した。


 弁解的だが、彼も努力を怠っていたわけじゃないらしい。

 勉強をした。スポーツにも打ち込んだ。生徒会選挙に立候補して、信任投票の末役員にもなった。

 しかし、努力は実を結ぶこともなく、サトルは相も変わらず一人若い体を持て余している。


 その横では、不良気取りの雰囲気イケメンがクラス委員長(Dカップ)と保健室でズッコンバッコンである。生徒会副会長が平役員(Eカップ)を毒牙にかけて、生徒会室でエクストリームエクササイズである。


 サトルは運命の女神を呪った。憤り、いきり立ち、そしてそそり立った。古今東西の女神を白濁の液体の下汚してやった。妄想の内で辱めた。気分が高揚した。謎の全能感が彼を支配した。学校敷地内にある礼拝堂のマリア像に手を出した。いっぱい出た。シーズンベストだった。そして直ぐに空しくなった。その夜は枕を濡らした。ついでにパンツも濡らした。


 彼は安価で低俗な人間だった。

 結局、つまるところ、彼は異性とイチャイチャしたかっただけなのである。


 さて、彼の神をも恐れぬ蛮行は当然というか必然というか、すぐさま白日の下に晒された。怒りと劣情に任せた背神行為が、非公式第三写真文芸同好会の手によって見事にすっぱ抜かれていた。


 後にマリア像白い涙事件で知られるサトルの若気の至りは、瞬く間に全校中へ轟くこととなり、彼が再び校門を潜るのに一週間の時間を要した。

 一週間でその噂は多分に脚色がなされていて、いつのまにか尾ひれも背びれもくっついていたけれど、それがなくても彼の弁解を信じてくれる者は誰もいなかっただろう。


 彼はこの時、顔射は女性受けが悪いということを知ったのである。着目するところがおかしいというツッコミは置いておくとして、彼は一応反省の色を見せた。


 しかし、彼も無駄な行動力の人だ。ただボケッとその様子を見ていたわけではない。首謀者である非公式第三写真文芸同好会会長の元友人――絶縁をくれてやったから元である――は衣服を剥いだ上で、校庭にブレーンバスターからの犬神家スタイルのまま埋めたし、まだかろうじて残っていた人脈を使って出来る限りの火消しも計った。


 けれども、噂というのは実に恐ろしいものである。よく人の噂も七十五日と言うけれど、学生にとっての二ヶ月半はレッテルを定着化させるのに十分な時間だ。三学期制の学校なら、二ヶ月半もあればほぼ一つの学期の半分以上になる。


 なによりサトルは元友人、情け容赦ないゴシップ大好き野郎その名も出間(でま)ナガルという男の、非公式第三写真文芸同好会の影響力を甘く見過ぎていたのかもしれない。


 努力も空しく、想い描くに任せたピンク色の学生生活は青写真のまま終わってしまうことが決まったのである。


 彼としては、デバガメ糞野郎を道連れにしてやったものの、そんなものでは全く釣り合いのとれない損失だ。その夜は枕を真っ赤に染めた。人知れずパンツも真っ赤になっていた。心の傷は血尿になって溢れたということらしい。


 人の噂は足が速い。瞬く間に伝わっていく。こうなっては、早く腐りきってくれることを祈るばかりであった。


 そういう風で、坂上サトルくんはちょっぴり病んでいたのである。


 等身大のエクストリームエクササイズ練習人形、金髪クォーター巨乳姫女子高生アンジェリカの存在を知り、そこに安らぎを求めようとするのは至極当然の流れだったと言える。

 サトルの父親名義での二十四回払い。漢気一括購入には、何もかもが足りなさすぎたのだ。

 



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