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二日続けて帰りが遅くなったので、その日建二は定時に退社した。近頃は聡子から買い物の電話が入ってくることもなくなっている。
家に着いたのはまだ七時少し前だったが、あたりは薄闇に包まれて家の明かりは消えていた。鍵を開けて中に入ると二階から甲高い人の話し声がした。それも一人や二人ではない。ちょうど幼稚園とか小学校のように大勢のこどもたちのしゃべり声に似た喧騒が、暗い家の中に響いている。
「聡子」
建二は階下から妻の名前を呼んだ。騒音にまぎれて聞こえないのか返事がない。
「聡子」
もう一度大きな声で妻を呼んだ。二階の話し声がぴたりと止んだ。建二は階段を上っていってあゆみの部屋のドアを開けた。
次の瞬間建二の喉から「ぐわっ」という悲鳴とも叫びともつかない声が洩れた。電気の消えた薄暗い部屋の中には、七、八体の小さな生き物がいた。みんな幼稚園児くらいの大きさだったが、正面に座っている者は長い間水に浸っていたように顔も体もぶよぶよに膨れ上がり、真っ白な皮膚があちこちめくれて垂れ下がっていた。またある者には首がなく、自分の首を膝に抱えていた。その右側には泥だらけのぼろぎれをまとった白骨が坐って、ぽかりと開いた二つの空洞を健二に向けた。顔が青黒く鬱血した子どもがぐるりと顔を回して建二のほうを振り向いた。目玉が飛び出して、だらりと舌を垂らしている。その車座に坐った異形の者たちの真ん中に聡子の姿があった。
「あら、おかえりなさい。あなた、あゆみのお友だちがこんなにたくさん来てくれたのよ」
建二の唇がわなわなと震え、廊下にしりもちをついた。辺りには凄まじい腐臭が漂っている。
聡子は微笑んでいた。満ち足りた幸せそうな笑顔で。
「さ、さとこ……こ……これ……」
恐怖と混乱とでうまく言葉が出てこない。
床にこぼれた水、小さな泥の足跡、そして聡子がつぶやいた言葉。
―― そうだ、皐月の部屋に行った夜。ちょうどあの頃からだ
「まあ、パパったら。お口ぱくぱくさせて、お魚さんみたいね」
聡子の言葉に、異形の子どもたちがどっと笑った。その笑い声に混じって、八ヶ月ぶりに聞く聡子の、心から楽しそうに笑う声が、闇に包まれた家の中に響き渡った。(了)