ホテル
「やあ、幸運の女神さま」
燿一は、店の中でドリンクを客に配っていたカーネリアを見つけ声をかける。
「あら、さっきの外国の男の子! で、どうだった? どうせ最初の一回目で負けてずっと落ち込んでたんでしょ? 残念だけど、あれで終わり。もうお金は絶対にあげないからね」
「いやー。そんなはずがないじゃないですか。幸運の女神さまに会えたんだから」
そう言って燿一は茶色の巾着袋をカーネリアに差し出す。ずっしりと重みを感じさせるそれを。そしてそれをカーネリアの目の前で開いて見せる。
「う……ウソ。なにこれ!」
すでにすべてのコインをこの国の通貨シェルに換金し、そのすべてをそこに入れているのである。その額。
32300シェル!
「まあ、正直もっと稼げるとは思ったんだけどさー。さすがにこれ以上荒稼ぎしたら、怖い人たちが出てきて、出禁にされても困るかなーって思って。そこそこの金額にね」
正直あのディーラーは、ダイスの目を操作していると気づかれてしまったと、知った後は、もう散々なものだった。燿一が適当に見えている金額を変えてやると、それに躍らされてさいころの目を、こちらの思惑通りにかえてくれる。まあ、100%とはいかなかったが、あの後もだいたい七割がたの確率でダイスの目を当てることに成功し、ここまで資金を増やすことができたのである。このまま続けても永遠に勝ち金を積もらせることはできたであろうが、初日からそれをやったのではもう二度とこのカジノで遊べなくなってしまう。したがってこの程度の額で出てきたのだ。例えばあの富豪だって、最後のほう、燿一の方法をまねをし、持ち直したとはいえ、今日の負け金は燿一の勝ち金よりは多いのだし。
「あなた、何者なの?」
驚愕したようにカーネリアは言う。
「ただのジャンキーな高校生だよ。ただおれの国より、少しだけ、この国はギャンブル後進国だったってだけ」
「……意味が分からない。それに、だって! たった10シェルよ、きみに渡したのは。なのに……」
「フフ。だから言っただろ? 金さえありゃ、勝てるんだって」
「すごい……こんな」
燿一がそう言うとカーネリアは尊敬のまなざしを燿一に向けてくる。
「……」
そんな視線が誇らしい。思えば向こうの世界で、ギャンブルが強いということを女の子に知られたところで、まるでごみ屑を見るような視線しかむけられなかったではないか。間違っても評価しうるような視線は向けられなかった。だからそんな視線こそが、実は燿一の求めていたものであったのかもしれない。
「カーネリア、仕事は何時まで?」
「え? ああ、この店は0時に終了だから、あと三十分くらいね」
「実はおれ、この国の宿の取り方とか知らなくて、できれば教えてほしいんだよね。ご飯も奢るし、今度はちゃんとチップだって弾むよ」
「あら。フフッ……なるほどね」
「ん? なに?」
「いいわよ。じゃあちょっと三十分ほど待っててね。いいわ。泊まり方教えてあげる。この時間から泊まれる宿なんて限られてくるしね」
「おお。ありがとう。じゃあ、小金でチョコチョコ遊びながら待ってるよ」
そうしてカジノの営業時間は終わりをつげ、私服に着替え終わったカーネリアとともに、夜の街中を歩く。
しかし、こうしてみると、美しい金色の髪といい、透き通るような白い肌といい、なんというか、お姫様のような高貴さすら感じさせる。しかもおっぱいもかなり大きいとあってはなんだこれ。奇跡ではあるまいか。これであんなカジノに勤める給仕と言うのだから驚きと言うか……。しばらくカジノ内を観察していたが、彼女ほどの美人のバニーは他にはいなかった。
「食事をおごってくれるって言ってたけど、こんな時間にやってるお店はほとんどないから、わたしの知ってる宿で済ませましょ。そこなら深夜から泊まることもできし、簡単なものだけれど食事も出るから」
「なるほど。なにからなにまで教えてもらって悪いね」
「ていうか、きみ、本当にこの国初めてなんだね」
「まあ、この国どころか……」
この世界自体初めて。と言うか向こうの国に限った話で言っても、海外どころか、都外にだって、修学旅行以外では行ったことがないくらいなのだ。
「ここよ。ちょっと建物は古いけど、言ったように夜遅くまでやっているから重宝するのよ」
そう言うわけでわずかな明かりに照らされた店内へと入る。
「お客様、お泊りでしょうか」
入るとフロントには眠そうな顔をした黒いタキシードを着た男性が瞳をこすりながらそう言う。
「深夜料金を込みまして、おひとり様、420シェルです。お二人ですと、お部屋をひとつになさいますと、780シェルになります」
「いや、泊まるのは、おれだけで……」
「はい。ふたりで、部屋はひとつでいいですよ」
しかしそれを遮ってカーネリアはそう答える。
「あれ? カーネリアも泊まるの? 家は近くじゃないんだ?」
「は? なに言ってんの?」
お金を払いながら燿一が聞くと、カーネリアはムッと表情を重くして燿一のことを睨み付けてくる。
「自分がホテルに誘ったんでしょ」
「へ? なにが!? おれは、だから、この国のホテルの泊まり方知らないから教えてほしいって」
「……ぷっ!」
そう言うとカーネリアはいきなり吹き出し、そのままアハハッと笑う。
「なにそれ。本当に泊まり方を教えてほしかっただけ? ありえない。あははっ。なあーんだ。知っているのはギャンブルのことだけ、なんだ! ……でも、いいよ」
そして燿一の耳元にカーネリアは唇を近づける。
「もっといろいろなことを教えてあげるわ」
それで燿一はビクッと体を揺すって後ずさる。なにそれ?
というか、え?
「……」
思わず口元に手を当てて考え込む。つまりこれはそういうこと、なのか。その、宿泊施設に男女二人でというのは、しかもとった部屋はひとつだし……。
「アハハッ。子供っぽい見た目って思ってたけど、本当に子供なんだね。ほら、行こう!」
フロントから鍵を受け取ったカーネリアはそう言って燿一に向かって手を伸ばす。それを見て燿一はまたビクッと体を揺すって、しかし恐る恐るその手に自分の手を重ねる。温かくて柔らかかった。
やばい。やばい。やばいってこれ……。
自分でも聞こえるくらい心臓が高鳴る。いや、もしかしたら、目の前にいる彼女にすら聴こえてしまっているのではないだろうか。
だってそれも仕方がないことなのだ、だってこんな経験。女の子とホテル! なんて、というかそもそもだ。そもそも、キスすらしたことがないんだぞ。だっていうのに。
というわけで心臓をバクンバクンさせながら部屋へと向かう。部屋は至って簡素な作りで、一つのベッドと小さな机、その上にランプがひとつ置かれているのみであった。
どうしていいかわからず、部屋に入って突っ立ったまま呆然としていると、またカーネリアは楽しそうに笑う。
「本国ではこういう機会なかったの? 旅の途中とか」
「なななな、ないよっ! そんなの」
「そうなんだ。でもすごいのに、あんなにお金をいっぱい。だって、あたしの一年分のお給料だよ、三万シェルなんて。一晩であんなに、しかも最初は十シェルしか持ってなかったのに本当にすごいよ」
そう言ってまた微笑みながらカーネリアは燿一の手を引く。
「ほら、座れば」
そしてベッドの端に座りながら、カーネリアは燿一を促す。
燿一はわたわたしながらも、カーネリアの隣に座る。
「……そ、その」
「くす。本当に初めてなんだね」
そう言ってカーネリアは燿一の太ももに手を這わせてくる。
「っ!」
びくぅと体を揺すって、燿一は恐る恐るカーネリアの方を見る。そして。
「あ」
本当に目の前、カーネリアの表情が目の前に映し出されたのを見てさらに、心臓は飛び出そうなほど高鳴る。ドドドドドドッと、まるで心臓と一緒に体まで跳ね上がってしまいそうなほど。
キス……するのだろう。初めて……初めての。
「ごめんね」
「え?」
気がつくとカーネリアの右手人差し指が燿一の額に押し当てられていた。
「な……あ」
その瞬間燿一の体からはストンッと力が抜け、ずるりと後方へと倒れ込む。
「あ……な、にを」
声が出ない。視界が次第に曇っていく。目を開けていられない。
「ごめんね。わたしの目的のために、お金が必要なの」
いつの間にだろう。カーネリアは、燿一が持っていた、硬貨の入った巾着袋を持ちながら、悲しそうな視線を揺らしていた。そんな彼女の表情が燿一の視界の彼方に映り、そして。
「……うぅ」
そして、次の瞬間には、意識は闇の中に染まっていた。