流れ
しばらく燿一はダイスの場の前で観察を続ける。
この台のミニマムは当然コイン一枚以上からだ。つまり、第一投目。第一投目に外したらその瞬間に終了してしまうからだ。流れ、運と言うオカルトじみた要素を崇拝するタイプのギャンブラーではなかったのだが、運否天賦のギャンブルである以上、その流れを見極めなければならない。たったコイン一枚、日本円換算でいかほどかはわからなかったが、宿が300シェルと言うことを考えれば、100円くらいか? とにかくそれほどのみみっちい額ではあったが、それでも燿一の全財産と言うことは変わりがないのである。だから、しばらくは見る。賭けるに足る、流れを見極めるために。
「では、次の一投に参ります。どうぞ、お客さま方、お張りください」
ディーラーがにっこりと笑いながらそう言う。テーブルについていた客は三人で、そのうち真ん中に座る客はかなりの軍資金を持っているようで、一度に何十枚ものコインを賭けている。どうやら、青の値が大きくなる方に、赤いコインを30枚ほど賭けたようである。
コインはあとで換金するようで、黄色コインが10シェル。青が50シェル、赤が100シェルのようだ。つまりかれはいきなり3000シェル分、10泊分の宿料をいきなりかけたのである。そして見たところかなり体も肥え、着ている物も裕福そうな、つまりけっこうな富豪様なのであろう。
他の二人はせいぜいで10枚ちょぼちょぼ。賭け終わったのを見計らってディーラーがコップのような容器の中にサイコロを投入する。そしてそれを二つ重ね合わせ、カシャカシャとシャッフルする。
そして、転がす。出た目は、赤8、青6。赤の勝ち。
「くぅおおおおおおおおおっ! ついていない。まったくついていないぞっ!」
ガンガンっとテーブルを叩きながら富豪様は喚き散らす。とは言ったもののまったく堪えた様子もなく、さらに赤コイン30枚を投じる。
そしてまた、負ける。
だが次も30枚。どうやら彼は3000シェルをミニマムと決めているようである。
しかしながら次は勝利。
「よしよしっ! 上り調子だぁあああっ!」
が、次は敗北。
慎重に燿一はその客の様子を観察する。そして、ディーラーを。無表情の内に隠されている、彼の心情を。
そして。気付くっ!
「……勝ちうる。これなら」
そのパターンに。出目のパターンに。
流れ、ではない。不確定要素の積み上げではなく、絶対的根拠の元に描かれる、出目のパターン。
出目を操作しているっ!
このディーラー。
なんらかのイカサマが働いているのか、それともシャッフルの技術的な要因なのかはわからなかったが、ディーラーは出目を操っている。そして、客たちの勝ち金、負け金を、いい具合に制御している。
なるほど、なら……。
そしてディーラーはその操作するためのほとんどの神経をその富豪に費やしている。他の小金を賭けている客についてはほとんど見向きもしていないような様子も見受けられる。当然だろう。この富豪はおそらくは常連。賭けている金も、かなりの額だ。だから彼はきっちり、負け分を操作し、また店に来させるように仕向けなければならないためだ。なら、その、パターン。どういう割合でこの男を勝たせるのか、といういわゆるディーラーのくせ。それを分析すれば……。
そして三十分ほど経ったとき、初めて燿一は席へとつく。
「グハハッ! これで四連勝。い~ながれだ。フフ。次は青にかけよう」
そしてまた、赤30枚。その時のディーラーの表情を見逃さない。
ゆえに、燿一は青。富豪と同じ目に賭ける。そして。
「グフフフハハハハハッ! また勝利だぁ! アッハハハハハッ!」
出た目は青。コイン2枚になる。
そしてまたディーラーの表情。その無表情の中に見え隠れする、彼の心情。明らかに、楽しんでいる。この男を、客たちを、自分の一投によってすべて手の上で踊らせているのだ、と言う事実に。なら付け入れる。
だが、決して目立たぬよう。目立たぬよう。目立たぬようにっ!
「く、くそ。今度は負けか。ちくしょうっ! だが次は勝つ!」
目立たぬように。積みあがる、コイン。
そしてそのころ、ようやく。ニコニコとした表情の裏で、ディーラーが真に、真に燿一に目を向ける。そのコイン……すでに120枚。
1200シェルである!
さて、目標額はとうの昔にクリアした。そして、ついにディーラーも異常事態に気付き始めている。もう富豪だけに目を向け、燿一の動向は一切無視するような振り方はしないだろう。だが……。おもしろくなるのはここからだ。ここからが、ギャンブル!