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剣と魔法とルーレット  作者: わっふる
第一部.エルバイト王国編
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赤髪の女剣士

「ならんっ! 早く立ち去れ!」


「いや、だからその、ぼくはですね。海外からいきなり気づいたらこの国にいて、自分の国に帰る方法を探していて」


「しらんっ! いいから立ち去れ。上級市民権を持たぬものに、この橋を通る権利はないっ! 消え失せろ」

「ぐ……」


 町をしばらく抜けると、町の中央には巨大な城がそびえたっていた。そして、城のあるエリアは360°、ぐるりと掘によって囲まれていて、島のようになっている。つまり、城にたどり着くには、橋を通らなければならない仕様となっているのだ。しかし、その橋を渡るには上級市民権とやらが必要らしく、橋を守る城の軍人に、こうも無下に追い払われてしまったのである。



「そもそも頼ろうにも何も、たどり着くことすらできねえじゃねえか」


 街行く人に尋ねたところ、この国では貴族と平民が住むエリアが異なっているらしい。町は橋を越えた中央エリアと、東西南北四つのエリアに分かれているらしい。そいで、お城やら貴族たちの邸宅やら政治の中心やらなんやかんやが詰まっている中央エリアには、この橋を通ってしかいくことができないという造りらしいのだ。つまり燿一の頼りになるものはすべて橋の向こうにあり、そして橋の向こうには燿一では行くことができないのである。


 あと、駐在所、いわゆる警察――こちらの国では国家つきの軍人、自衛隊のようなもの、らしいのだが――の駐在している建物は橋のこちら側にもあり、向かったのだが、自分たちは下っ端だから、国に帰りたいなどの難しいことは直接中央に言って上官に訪ねてくれなどと言われ、だからそこにいけねえつってんだろっという感じである。


 てなわけで。


「おいおい……打つ手なし、かよ」

 道の真ん中でため息をつきながら、燿一はうなだれる。そうこうしているとグググと腹も鳴り始める。そういえばこちらの世界にきてから何も食べていない。空を見るとそろそろ日も落ちかけてきた頃合いである。


 このまま街中で野宿するしかないのだろうか。しかし行商人のオジサンは恐ろしいことを言っていた。この、ビザ。これが仮に盗まれれば燿一はこの国において市民権を失い、奴隷と同じ地位として扱われるようになるとか。さすがに街中で寝るわけには行かないだろう。そう言う輩に襲われたとして、何ら不思議はないのだから。


「く……クソ。打つ手なしだ。今から商会を探して、行商人のオッサンに頼ろうか。事情を説明すればきっと力に……」


 そんなことを思いながら行く当てもなく、フラフラと街中を徘徊していたときである。


「よおー。兄ちゃん」

 いきなり後ろから声をかけられる。


「ん?」


 見ると、ぼさぼさの髪に無精ひげといった形容の、それでも若そうに思える五人ほどの男性が立っていた。着ている服も薄汚れており、なんというか、ホームレスぽい。おそらく……奴隷層、か。市民権持たない者……。


「バカだねえ。こんな裏通りをひとりでブラブラ歩いているなんて、襲われても文句も言えないんだぜ」

 男の一人がナイフのようなものをちらつかせながらそう言う。


「あう、裏、通り?」


 きょろきょろとあたりを見渡すと、いつの間にかこんなところにきていたのか。そこは人通りのまったくない、薄暗い裏通りであった。建物も表通りとは打って変わってボロボロで、壁や窓に穴が開いているような建物も多い。スラム街……か。


 またしてもバカ野郎だ。呆けているのも大概にしろっ! そう言う心情は新たなピンチを生む。そんなのは現実世界でもいやになるほど味わってきたはずだった。不条理な負けに堪えて、立ち止まったとき、もう心が死んでいるとき、そういう気持ちで打った博打は、さらにどうしようもないほどに、負けてしまうのが絶対だった。


 どうしようもないピンチにこそ、気持ちを強く持って、次なる対策に心身を投じなければならなかったのにっ! そういう心意義が、チャンスを生むのだ、逆転のっ!


「お、おれは金は全然ないですよ!」

「ケヒケヒケヒ……」

 怯えた様子ながらも燿一がそう言うと、男は気持ちの悪い笑い声を伴わせる。


「金なんてぇー知らねえなあ。アンタはどうやら旅人だろう。だったら持ってるはず」


「だから、本当にもってな……」


「ビザだよっ! それがあれば、おれたちゃこの国で、一人の人間として扱ってもらえるんだ! こんな薄暗いスラム街で、人目に付かないようにひっそりと、乞食のように暮らさずに済むようになああっ!」

 そう言って男はナイフを片手に進一に向かって襲い掛かってくる。


「ひっ」


 思わず頭を抱えてしゃがみこむと、男はそのまま突進してきて、燿一の頭上にナイフを通過させたまま、そのまま止まることができず進一に躓きガラガラと転がる。


「あ、アニキっ! てめえっ!」

 そんな様子を見て、激昂したほかのやつらも拳を作って燿一に殴りかかってくる。


 やばい。やばい。こんな屈強そうな男。しかも一人はナイフを持ってる。こちとら、小学校卒業以来ケンカのひとつもしたことがないんだぞ。しかも運動神経はゼロに近いとあっちゃ……。


 と、その瞬間、向かってきていた男がその場にばたりと崩れ落ちる。


「な、なんだぁ!」

 その後ろ。


「無粋な下郎どもが。よってたかって一人の人間を襲うなど、愚者のすることだぞ」


 少女だった。


 それもとびっきり美しい。状況も状況ながら、天使様が降臨したのではないかとすら思えるほどである。長い赤髪を揺らす、褐色の肌を持つ少女だった。年のころは進一と同じほど。格好はラフなものだったが、ひじや肩などにはプロテクタを装着しており、なにより腰には大剣を携えている。少女ながら、剣士か?



「旅の方、無事か?」


「あ、ああ」

 コクコクと燿一がうなずくと、赤髪の少女はきつい瞳をわずかに緩ませ微笑む。


「なあんだぁ、てめえ! 女ぁああああっ! ただで済むと思ってるのか?」

 そう言って男たちは赤髪の少女を囲む。


「やめないか。わたしもきみたちのような実力が劣る相手をいたぶる趣味はないのでね」


「クフフッ。なにを言ってんだか! 裸に剥いてひいひい喘がせて、後悔させてやらぁ!」

 そう言って男の一人が少女に向かう。


「危ないっ!」


「フン。愛剣を抜くまでもないな」


 そう言って軽く男の攻撃をかわした少女は、そのまま男の背後にまわり、その首元に向かって手刀を振り下ろす。


「うげっ……」

 それで男は地面にくずれさり、ブクブクと泡を吹いたまま動かなくなる。


「こ……このやろう!」

 男たちは怒涛の叫びを伴わせながら少女に一斉に襲い掛かる。


「まだ実力差に気付かないか、愚か者どもっ!」


 その四方から襲い掛かる攻撃をすべてかわし、いなし、的確に男たちの急所に手刀を叩き込んでいく。


 ものの数秒で、地面に二本の足をついて立っている者が、少女だけになる。



「……他愛もない」

 そんな彼らに見下すように少女は一言落とすと、視線を燿一へと向ける。


「災難だったな。しかしなにゆえこのようなスラムの中に。この国でもこの界隈は危険であるとは有名の話であろう」


「……いえ。適当に歩いていてここにきて、治安の悪いスラム街とは気付かなかったというか……」


「フフッ」

 そう言うと少女は先ほど見せた凛とした態度とは打ってかわって、年相応の少女のように楽しそうに笑う。


「なるほど抜けている少年なのだな、きみは」


「少年って……見たところ歳はあんまり変わらなそうだけど」


「まあそうだな。……私もそう意味では、そうなのだろうな」

 そう言って今度は悲しそうに笑う。


「ありがとう、えっと、あなたは……。自分は燿一と言います。あなたは?」


「ヨウイチか。……珍しい名だな。髪の色、肌の色といい、どこか遠くの異国より来られた旅人か? わたしも旅をしている一介の剣士だ」

 そう言って少女は燿一に手を差しのべる。


「セレナだ。オクスフォーディアのデクロア村から旅をしている」


 燿一はセレナの手を取り立ち上がる。


「ありがとう。本当に、助かったよ、セレナさん」


「まあよい。通りかかったついでさ。しかし、わたしが通りかからなかったら、きみは、どうなっていたかわからんぞ。この国でビザを失うということは、つまり彼らと同じ立場に堕とされるということを意味しているのだからな」


「たしかに。……あの、なら、セレナさんはなんでここに?」


「んむ?」


「いや、ここが危険なスラム街だって知ってたなら、なんでここに……。いやセレナさんが通りかかってなかったら、おれはヤバかったわけだけれども」


「ある男を……探していてね。……そしてデクロアより旅をしていた。もしこの国にいるのなら、おそらくはスラム街だろうと思ってね。だが、ここの者に尋ねたが、心当たりはないと言っていた。そうだ、きみも旅人なら、どこかで会ったことがあるかもしれないな。この男……、ヴーランジェラと言う男だ」


 セレナはそう言って胸から一枚の丸められた紙を取り出す。


 そこには一人の男の似顔絵が描かれていた。屈強そうな顔立ちと、片目は顔を縦断する大きな傷によって抉られているのが目立つ。そしてその恐ろしい眼光、似顔絵であるというのに思わずブルってしまうほど凶悪な視線をこちらに向けていた。


 とはいえ知る由もない。燿一はこの国、もとよりこの世界に今日来たくらいなのである。



「知らぬか……。この国に来た、といううわさを聞いたのだがね」


「この人は一体誰なんだ? すごく、強そうだけど……」

 そう言うとセレナは表情に陰りを落として、口を紡ぐ。


「いや、ごめん。変なこと聞いて」



「かたきなんだ……」

 しかしぼそりとセレナはその答えを告げる。


「この男は六年前、ひとりでふらりと私の村に赴き、そして殺戮の限りを尽くして出て行った……。父が、母が、村のみんなが……。殺しているときの、楽しそうな奴の笑い声は今も忘れられん……。金目のものなどなにもない貧しい村だった。やつにはきっと金銭を得るような目的などなかったのだろう。ただ、殺戮を楽しみたかっただけなのだ……」


「セレナさん……。ごめん、おれ」


「よい。あるいは誰かに聞いてもらいたかったのかもしれないな……。まあいずれか、この男をみたらわたしに知らせてくれ。しばらくはわたしはこの国にいるつもりだ。その先の宿にしばし世話になっている。この国は広くて、数日では探し切れないのでね」


「わかった……。見つけたら絶対に教えに行くよ。本当に助けてくれてありがとう」

 そう言うとセレナはフフッと微笑んで、そのままスラム街の中へと消えていく。



「ふはー。しかしよく助かったよな……。セレナさんがきてなかったらまじで死んでたよな、おれ……。とにかく早く表通りに戻らなきゃ……」

 燿一も足早にその地をあとにし、人々が行きかう表通りへと向かうのだった。




 そうして表通りに戻ってきてみるとやはり全然雰囲気が違う。よく気づかずあんな裏通りまで行ってしまったものだ。


 無一文で見知らぬ土地、しかも異世界くさいところにひとりきり、なんて、高レートの賭場に無一文で入ってしまったようなもの。油断すれば、ただ、死ぬるだけ、か。


 ゆえに、呆けず、集中しなければならない。


 どうして? なんで? なんて、考えている場合ではない。とにかく、その先、これからのこと、今この瞬間より生き残ることだけを考えなけれならない。どんな小さなヒントでもいい、生き残るための糸口を何とか見つけなければ。


 と、ちょうどそんなときである。前方からやってきた一組の通行人の会話が燿一の耳にとまる。


「かー。今日もすっちまったなー! やべーよ。明日からどう暮らそうか」

「アハハッ。おまえは弱いんだから、賭け事なんてやめときゃあいいんだよ、やめときゃあ」

 そんな、会話。


「……あ、あの」

 突破口か、これは。


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