第二話.切り札
何レースか勝負をし、勝ったり負けたり、数万シェルを適当に動かして遊んでいたときである。
「暑い! 暑い! 暑いぃいいいいっ!」
と、燿一の隣に座り黒いローブをかぶった人影がバタバタと両手両足を暴れさせる。
「ローザ。がまんしろよっ!」
ローザサイト・ラピスラズリである。
「なんで、こんなもの被らなくてはならんのかっ! 暑いっ!」
と、被ったローブを剥ごうとしている。
「わー! とっちゃダメっ! 大人しくしてくれって。魔族はまだこの世界では受け入れられてないんだよ。魔族だって知られたら、軍隊が駆けつけるぞ。だいたい、ローブ被るのが嫌なら馬車で待ってればよかっただろ?」
「うるさーい。バカ! 馬車にいたってヒマなのだっ! だいたいわたしは魔界よりの使者だぞっ! もっと丁重に扱えっ! だいたい、あんなの見てなにが楽しいのだ! なんか動物が走ってるだけじゃないか。だってのに、わーわー騒いで、人間ってバカなのか」
「かー。おまえは興奮を覚えないのか。あの、最後のコーナーを回った後の直線の追い上げっ! とくに末脚が強い馬が一気に場群を抜いて前方に躍り出て先行する逃げ切り馬に追いつくかどうかってところはもうね、あれで興奮しないとか、男じゃないだろ」
「わたしは、女だっ!」
「そうだけど……。だいたい、競馬が嫌いならルチルたちと一緒に買い物に行ってればよかっただろ!」
「むー」
そう言うとローザはぷくーと頬を膨らませる。
「おまえが楽しそうに言うから、どんなに楽しいところかと期待したのだっ! だっていうのに、こんなローブで全身を包ませて、こんな辱めを受けるとは思わなかったっ!」
「それについては悪いと思ってるよ。きみは魔界からの使者だし、そう言う意味では来賓としてしっかりおもてなししなくちゃいけないんだけど、こっちの世界ではその体制がまだ整ってなくてさ……」
「お父さまは何故私をこんな下民たちの世界に遣わせたのか……」
と、ローザは悲しそうに視線を揺らす。
「……ローザ。寂しいの?」
「バカっ! 寂しくなんてないっ!」
何も知らない異界にひとりきりでと言う点においては、ローザは燿一と同じなのだ。しかも彼女はまだ十歳。寂しくないわけがなかった。
「いつか必ず、きみたちが普通に街中を歩いて人々と笑いあえるような世界をおれが作るから」
そのためにはまずは力が必要だった。つまりそれは権力だ。国家という圧倒的な存在を創造しうるほどの莫大な権力。
求心力や知識力もそうだろう。だが、そういう抽象的なものではなく、圧倒的に必要になる存在。
つまり、金だ。
金が必要だった。今ある資金、九億シェル程度ではまったく足りないだけの莫大な金。
あるいは他国に認められるような発言力、裏付けも必要だろう。それはある。すでに燿一は手にしているのだ。
カーネリア・デ・セルプコヴィア。セルプコヴィア皇国の皇位正統後継者である。
彼女は皇位争いの内乱によって亡命したが、皇室の出身であることは疑いようもない事実だ。しかもわかりやすいことに、この世界には、魔法と言う血統を示す証明法がある。彼女を立て、さらに現セルプコヴィアに対抗できるだけの資金力を持って対峙すれば、セルプコヴィアの政権を奪取することはあるいは不可能ではないだろう。おそらく今となっても正統に皇位を継がせたい勢力もあるだろうし。政権を奪った貴族連中に不満を持つ勢力をうまく利用することもできよう。
そして、さらに、嬉しいことに燿一にはさらにもうひとつすでに莫大なカードを手にしている。
ローザサイト・ラピスラズリ。つまり、魔王との和親条約である。
かつて魔族と人間は戦争を行っていた。この世界のすべての国家が協力体制を取りながら、災厄は数十年続いたというから、魔族とは人間世界全土の軍事力とほぼ同規模のそれを持っていると考えて相違ないだろう。
燿一は事実上その魔族と手を組んでいるのだ。つまり世界すべての軍事力に匹敵するだけの軍事力を燿一は手にしている。
とはいえ、当然、燿一が他国と争うことになった際に魔族の持つ軍事力を行使できるか、と言われればそれは是とは言い難い。しかし、少なくてもそのカードを敵対組織に提示することはできる。
例えるならば燿一のいた世界の日本とアメリカの関係がそれに近いだろうか。よく日本に敵国が攻め込んだとしてもアメリカは助けてくれるとは限らないだから、米国軍を日本国内に駐屯させておく必要はないのだと言う議論がなされる。しかし、まったくおかしい話なのだ。現実的にアメリカが日本を助けてくれるかは問題の本筋ではない。
それは、戦争は起こり得ないことが前提の作戦なのだから。
戦争がかりに起こったとして、アメリカが助けてくれるかはもはや問題ではない。もしかしたらアメリカが日本に加担するかもしれないから戦争を起こすべきではないだろうと、敵国に思わせるために、和親条約は存在しているのである。
つまり現実的に燿一は魔族の軍事力を行使できないし、魔王軍が燿一のピンチに駆けつけてくれる、ということもない。が、交渉のテーブルでそれを切ることは可能なのだ。
戦争を起こさないことが前提の作戦においては、それが実際に行動を起こしてくれるのかはまったく問題ではない。その可能性があるという事実が切り札となり得るのだ。
もしも本当に魔族が軍隊を派遣するのだとしたら? と、敵国に思わせるだけで十分なのである。
例えばだれかがチュウチャン牌ばかりを捨て、国士無双くさい捨て牌を相手がしていたとする。まあ役満なんて十中八九作れないしブラフだろう。と、読む。だから降りない。……なんて簡単には判断できるか?
賭けられている額が安ければあるいはブラフと読み解き、攻めるかもしれない。しかしかけられている者が圧倒的だったらそうはできない。浅い読みはしない。大事を取って降りるだろう。ましてその麻雀に、国家が賭けられているのだとしたら言うまでもなかろう。
というわけで、燿一は自身の目的を達成するためのカードをほぼすでに手中にしていると言ってよかった。あとは必要なのは資金力だ。なににもましてそれ。
当然、他の権力者や貴族層とつながりを作り、土台を固めていくことも必要だが、とにかく資金力だ。




