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剣と魔法とルーレット  作者: わっふる
第二部.ヴァランギニア編
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第一話.アンタークティ

「さすが、競馬の聖地だけあって盛況だな!」

 ヴァランギニアは首都、アンタークティである。


 ヴァランギニアは経済的に発展した国家とは決して言えないが、それでも世界中にその名前を知らしめる由縁がある。それがここ、アンタークティ中央競馬場である。


 この世界においては競馬は地球と同等かそれ以上に民衆に広くなじみのある娯楽物なのである。なぜならば、端的に言えばだれでも楽しめるからだ。ただ、自分の好きな馬にお金をかければいい。オッズの簡単な数字さえ読めれば文字を扱えない一般大衆ですら賭け事に興じることができる。そう言う意味で言えば、比較的下賤な趣味とされるカジノなんかよりもさらに、地位が下の者まで楽しめる。


 そもそもレースを行うというそのシステム上、賭けずに観戦しているだけでも楽しめるのだ。とくにスポーツと言う存在がそこまで発展していないこの世界においては競馬は唯一、一般人が観戦して楽しめるスポーツと言ってもいい。そんなわけで、地球で言うところのサッカーやらというメジャースポーツに比類する盛況ぶりなのである。



「なあ、ヨウイチ。競馬ってそもそもどうやって勝つんだ?」


 観戦席に座って静かにトラックを見つめていた燿一に対して、そう訊いたのはアイリスだった。


「ん?」


「馬なんて見ててもぼくには全然どれが勝つかなんて予想できない。オッズがそのまま人気度だってのはわかるんだけど、だからと言ってオッズが小さい馬が勝つとは限らないだろ?」


「うーん。基本的には、馬やジョッキーの過去の戦績や、馬の状態、他の馬との相性なんかを見て、予想するのが一般的だな。でも、はっきり言ってこの競馬場ではそれは必要ない」


「……どういう意味?」


「うーん。おれの世界の競馬では、観客たちが馬に賭けた後に、主催者が自身の取り分を先にとって、余った分をオッズとして換金するんだ。でもここでは違う。っていうのもおれの世界みたいに機械化されてるわけじゃないから、これほどの数の金を先に集計してオッズを決めるなんてむりなんだけどさ。つまり、ここの競馬場では先に競馬関係者が馬の状態を見て、オッズを指定してるんだ。この馬は3倍、この馬は2倍ってね。ってことは客の賭け方次第では損する可能性も出てきてしまうだろ」


「……それはそうだ。ギャンブルってそういうものだろ? 例えばカジノだってルーレットで客がずっと赤に賭けて、赤が出続けたらカジノが損をするじゃないか」


「そうなんだよ。その点普通のカジノは極めて良心的と言えるね。まあ、リューゴクシンのカジノは、ディーラーが出目を操作して、カジノ側が損をすることはないようにしていたわけだけど。ま、その点で言えば、まだ、こっちの競馬場の方が良心的ではあるけどね」


「つまりどういうこと?」


「つまりさ、ここのレースは八百長だよ」


「ふーん。どの馬が勝つか決められているってことか」


「そう。だってそもそも、競馬ってのはきわめて不確定要素の多いギャンブルで、いくらデータを反映させたって勝ち馬を正確に予想するなんてことはできないんだ。でもあらかじめオッズを設定するってことは正確に勝ち馬を予想しうるから行えること。そうじゃなかったら簡単に損が出てしまうさ。つまり、主催は勝ち馬を正確に予想しているんだ。だからさ、勝つためには、馬の状態は見る必要がない。見るのは主催者の心理だよ」


「……よくそんなのわかるな。まだ五レースしか見ていないのに」


「最初から、オッズを先に指定することに違和感を覚えたからね。何レースか、八百長じゃないかって言う疑いで見ていた。そうするとけっこうボロはあるものだよ」


「ふーん。で、どうやって儲けるつもり?」


「アイリスならどうする?」


「アハハッ。そうだね。……すごくオッズが高い馬っているでしょ。それに乗っているジョッキーを買収する。八百長試合なら馬が多少弱くても、勝てるかもだし」


 そう言ってアイリスはトラックを見つめる。


「例えばさ、あの六番の馬に乗っている人さ……。誘えばなんか、乗ってきそうかな」


「おれもそう思う。なんでそう思った?」


「心情がさ。体制に抗いたいって思ってる様子が見て取れるからね」


「おー」


 なるほど。だてにドヴェルグで他人に成りすましてきたわけではないようだ。


 ドヴェルグには相手の姿形を似せる効果はあるが、その内面まで似せる効果はない。アイリスは、化ける前の人間観察で相手の心理状態を読み解き、それを正確に模写することで、完璧な偽装を可能にしていたのだ。


 ゆえに彼女にとっては対面する人間の心理を読むことなど朝飯前なのだろう。


 自分が数年かけてようやくその入り口に足を踏み入れたというところである、相手の心理を読む術を、彼女は経験則としてすでに手にしている。


「まったく、おれはついてるな」


 想像以上に最高の人財を手中にしている。やれる気がしてくる。どんなことでも。


 実際、この競馬場で確実な利益を上げようと考えれば今言ったアイリスの手法が最も正確だろう。しかしながら実はこれは机上の空論でしかない。というのは、この競馬施設が健全すぎるからだ。見たところ貴族層と思しき人間もいるにはいるが、市民層も混ざっている。まあ、概ね一度に賭けられている額は最大で数万シェルがいいところなのだ。何百万シェルも賭けようとなれば、そもそも受付で止められるだろう。


 だからまあ、十万シェル賭けたとして、万馬券級の馬に乗るジョッキーを裏切らせたとしてもせいぜいで数十倍だから、数百万シェル稼ぐのがやまやまだ。そんな額ではもはや燿一の懐は潤わない。


 場所を変えざるを得ないか。あるいはもっと大金を動かす様な裏施設。競馬の聖地とまで言われるアンタークティだ。貴族専用の、数百万や数千万シェルを一度に動かす様な競馬場がどこかにあってもおかしくはない。


 ま、とはいえ、とにかく今は小金でチョコチョコ遊ばせてもらおう。

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