10年
「……10年だ」
魔王は、それを告げる。
「それ以上は待てん。我々に国ひとつ分の土地を譲渡しろ。その土地を魔族の完全自治区として、人間が不干渉を守るというのなら、今回は矛を収めよう」
魔王は、そう言った。その瞬間、燿一の胸がかっと熱くなっていくのが自身でもわかった。紡ぐことができたのだ。
少なくても今まで生きてきた中でそれは、最も達成感のある瞬間だった。
それも先人のだれもがなしえなかった奇跡だった。
「わかりました。10年後までにあなた方魔族を受け入れる土地を用意します」
たった一人の少年が、世界を混沌に陥れようとする魔王と、講和条約を締結したのである。
「だが、おまえにそれほどまでの力があるのか? もし用意できないというのなら、そのときこそ、我が魔族の全力を挙げて、人間と戦争を起こすだろう」
「今はまだありませんが、10年あれば必ずその下地は作り上げます」
「グルゥアハハハハハハハッ! よいだろう。ではおれはきさまと講和条約を結ぶぞ。約束の日までに必ず土地を用意しろ」
そう言って、魔王はその場から姿を消した。スレイプニル系か、あるいはべつの、魔法石か……。
とにかく、終わりだった、それで。10年と言う期限付きの安全ではあったのだが、魔族との戦争は一時、停戦状態となった。
「ヨーイチ!」
するとすぐにルチルが抱きついてくる。
「今度こそ本当に助かった」
「ああ……」
「ヨウイチ。おまえは、つくづく、我々とは違う次元で、物事を捉えるのだな」
「セレナ……。おれはたぶん前の戦争の被害を知らないからだと思う。現実的に魔族に家族を殺されたりした人に、魔族を受け入れることを納得させるのはかなり難しい。それに……たった今だって何十人も殺されたんだ……。これから容易ではない問題はいくつもはらんでいるよ」
そうだった。かりに燿一も例えばこのパーティの誰かが殺されていたら、はたして魔王と平和的解決を望むことができたであろうか。その点に関しては、損得観だけでは語れない人間の当然とする感情も存在することは理解している。常、そういった功利的ではない感情論は、ギャンブル上、相手の心理を読むうえでひとつの大きな要素としてとらえなければならないことだったから。
「……あのさ、ヨウイチくん」
「ん?」
「魔王と結んだ条約を守るためには少なくても国王にならなくてはならない。だけど、王族の血をひかないヨウイチくんが、どうやって」
「おいおい。カーネリアはセルプコディアの次期皇帝になるんだろ。そこらへんは相互協力関係で行こうぜ」
「やっぱり……そういうつもりだったんだ。だいたいわたしが皇室に戻るのだって、ほとんど夢物語に近い話だって言うのに」
「ああ、急ピッチでやってかないとな。あと10年しかないんだから」
「はあ~」
と、カーネリアはため息をつく。
「きみはぼくの思っている以上にスケールのでかい男だったんだな。まさかきみの言う平等の中に、魔族も入っているとは」
「ああ、まだ会ったことないけど、エルフだのとか亜人種もこの世界に入るんだろ。そういう差別もなくせたらいいよな」
「ヨウイチくん! 本当はきみ、考えてるようで実際何も考えてないでしょ!」
「アハハ。まあ、そうとも言うね。おれはギャンブラーだからね。嘘も方便。正直、魔王にどうやったら国を与えてやれるのか、なんて今は想像もつかないけど、しかたないだろ? あの場はああ言うしか。それより、とかくみんな助かったんだぜ! とりあえずは、さ」
「もー!」
「まあ、戦士団のみんなは、救えなくて、申し訳なかったけど……」
そうだった。それでいて多くの犠牲は払うことになってしまったのだ。その点、手放しに喜べる事態でも、なかったが……。
「ポルダーバール卿!」
燿一は腰を抜かせてあわあわ言っているポルダーバール卿に声をかける。
「すみません。この一件のことはまだ他の人には……」
「ぶひぃ。言うべきではない、の、だろうな。信じられないことをするやつだが、……おまえ、のおかげで、予が助かったことはまぎれもない、事実、なのか」
そう言ってポルダーバール卿は立ち上がる。
「ブヒブヒブヒ! こうなっては仕方がない。おまえは国を作りたいのだろう! ならばそのとき、予も後ろ盾になってやろう! この、エルバイト一の大富豪、パイロクスマン・ポルダーバールがなあ。ブヒブヒブヒッ!」
「本当ですか?」
「そうならねばしかたないだろう……。予とて、国ひとつ分の土地を明け渡すだけで二度目の大災厄が防げるのなら、それに越したことがないとは思うわい。しばらくは内密にしたまま、議会のほうの総意も、おまえに従うようにうまく調整していくよ」
「あ、ありがとうございます」
見かけによらず案外いい人なんですね、とは言わず燿一は深々と頭を下げる。
「今後世界がどう動いていくのか、そこまではエルバイト一の大富豪である予とて想像もつかぬが、ただ一つだけ言えることがある」
「?」
「予はもう二度とダンジョン・ダイビングはしないということだよっ! ブヒヒヒヒッ!」
「たしかに、まあ、それはもっともです」
そう言って燿一も力なくアハハと笑う。
「では、帰りましょうか……」
ポルダーバール卿にそう告げて、燿一は四人の元へと戻る。
「さあ、みんな、帰ろう。おれたちの家へ」
そして、燿一の持つ、スレイプニルが光る。
そうして今度こそ本当に、地上へと帰還できたのだった。
災厄は一時、停戦である。




