災厄
それからさらに三時間ほどが経過したころである。
「ぶ、ブヒ……?」
ついに最深部にたどり着く、その大行列の戦士団、ポルダーバール一行である。
「そ、んなバカな……」
「おれの勝ちですね、ボルダーバール卿。約束通り……」
燿一がそう言うか早いか、だった。
「ヨーイチッ!」
一行の中から裸同然のわずかな布切れだけをまとった少女が飛び出してくると、燿一に抱きついていた。
「っと、うあ。ルチル……そのかっこう! っていうか、む、胸が……」
ほとんど直接ぶつかってくるその肌の感触にどぎまぎし、彼女から離れようと肩に手を伸ばそうとしたのだが。
「ヨーイチ……ヨーイチ!」
何度何度も名前を呼びながら、必死にしがみついてくる彼女のその姿を見て、だから、燿一は微笑むと、彼女のその華奢な体を力強く抱きしめ返したのだった。
「く……ククク。クァアアアアアアアアアアアッ! キサマラァアアアアアアっ!」
ポルダーバール卿は怒鳴り声を上げながら自身の持っていた剣を一向に向かって投げつける。
「何たる結果か! きさまらがふぬけた戦いをみせるからであろう! 常は五時間は切るというのに、今宵は八時間もかかったのだぞっ! そのせいで予は奴隷を失うことになったのだ。それがわからんのかっ!」
「し、しかし、今日の魔物たちは、普段以上に凶暴でっ!」
「かー! 黙らんかっ! 予に逆らうのか? ぁあ? キサマ戦士団を束ねる団長だろうが、この責任どう取るつもりだ、クォラアアアアッ!」
と、大変お冠なようである。
「クック。やつのあのような悔しがりようを見れるとは。期待以上であったよ。足を運んだかいがあったというもの」
そんな様子を見ていると、ポルダーバール卿のお抱えの戦士のうちの一人が、いつの間にか燿一の隣にきてそんなことを言い始めるのだった。
「は? あんた何言ってんの! 自分の上司だよ?」
「クッカッカ。わからない? ぼくだよ。ぼく!」
そう言った瞬間戦士の体が光に包まれる。あらわれたのは銀髪を揺らす小柄な少女であった。
「アイリス! ドヴェルグ系魔法石を使って戦士団の一人に化けていたのか!」
「そういうこと。だってあのおっさんマジでキモいんだもん。ちょっと悔しがる姿が見たくてさー。アハハッ、本当みれてよかった。見てよ、顔真っ赤っか!」
「ヨーイチ……この人は?」
「ああ、おれの新しい仲間さ」
「そ。大貴族ヨウイチさま御一行。ここに勢ぞろいってわけ」
そして、カーネリアとセレナも燿一たちの元へと歩み寄る。
「やめてくれよ。そういうの」
「なんで? いいじゃん。それよりさー、わたし疲れたよ。早く帰ろうよ。おなかも空いたしさ。高級レストランでフルコースの約束だからね」
「ふ、フルコースとまで約束した覚えはまったくないんだけど……」
まあ、だが、それもいいだろう。今日くらいは盛大に、祝いたかった。
そうして燿一はパタパタと自分のまわりを走り回っていたスレイプニルの幼獣を抱きかかえる。
「じゃあ、帰……」
と、その時である。
「うああああああああああああああああっ!」
耳をつんざくような悲鳴が後方で響き渡る。ポルダーバール卿、この場で部下の折檻でも始めたのか?
と、燿一も振り返る。その、一行も。
そして、見る。
「う……」
部屋の中央。そこからわずかに沸いていた瘴気が泉のように溢れ出していくのを。
「ぶ、ブヒブヒブヒッ!」
そしてそれが、今、ひとつのヒト型を形作っていくのを。
「ヨーイチ……」
抱きしめるルチルが不安そうに燿一の服を握りしめる。だが、何も言うことなどできなかった。ただ呆然と、立ち尽くしていることくらいしか。
ドドドッと心臓が高鳴っていくのが分かった。
そして部屋中の瘴気が一瞬にして収束する。その瞬間である。ズゥンッという思い地響きが室内にとどろく。それっ! 今、瘴気があふれ出ていたそこ、そこにいるもの……。
体中が黒い紋様によって覆われ、漆黒の双翼を羽ばたかせ、赤い瞳をぎょろりとこちらに向けている、身長は二メートルを超える、そんな存在。右手に握る暗黒の剣を掲げながら、ただ、何も言うことなくそこに君臨する。
「あ……ああああ」
それを見た室内にいる者たちの反応は大きく二極化していた。ひとつは状況が掴めず唖然としている者たち、そしてもうひとつは恐怖に震えおののいている者たち。それは概ね、年齢によって分けられていた。二十代前後以下の若い者たちは、みんな総じて状況をつかめず唖然としているようだった。それは燿一も例外ではなかったし、そのパーティの全員が例外なくそうだった。対して、ポルダーバール卿含める戦士団の壮齢の戦士たちはそろいもそろって恐怖しているように体中を震えさせて動けないようだった。つまり、知っている世代と、知らない世代それに二極化しているのである。かつての災厄を、知っている世代と知らない世代。
「ぶ……ひ……!」
だが、腰を抜かしたまま声すら出せない、その、ポルダーバール卿の姿を見ていれば、これがどういう事態なのか、ということは、知らない世代でもおのずとわかりつつあった。つまり。
予想は、目下最悪の状況で的中したのである。
「魔王……」
誰かがそれを口にした。今まで聞いたことのないような悲鳴が、室内にはこだましていた。
混乱の渦中にあった。
「ぶ、ひ……ひっ! ひぐぅ。た、闘わんかっ! 貴様らっ!」
しかし腰を抜かしながらポルダーバールは必至に後ずさりながら、それでも声を伴わせる。それを、命じたのである。
主人の命であるのなら、それが、たとえ、不可能であると知っていても。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
その事実を忘れてしまうくらい、努めて何も考えないようにして、ただ、主君の命に忠実に従う人形を演じて、向かうしか、他になかったのである。
だが、圧倒的、だった。
ある戦士は、反応スピードを越えるその暗黒の剣の一閃によって二つになった。ある戦士は掲げられた剣先から放たれる雷撃によって焼かれた。動きを抑えようと掴みかかった数人は、その瞬間炎に飲まれ消えていく。あまりの恐怖に背中を向けて逃げ出そうとした若い戦士は、いきなりピキピキと氷漬けにされたかと思うと、次の瞬間バラバラに切断され地面を転がった。
「な……んだ? これ」
どういう地獄に、今自分たちが立たされているのか。それがうまく理解できない。
「ぶひぃいいいいいっ! スレイプニル!」
悲鳴を上げながらポルダーバール卿は自身の用意していたスレイプニルを掴み取る。自らの部下たちを見捨て、たった一人を効力剣に置きスレイプニルの魔法石を発動させたのである。だが……。
「ひ?」
一瞬世界からは掻き消えたポルダーバール卿は、しかし、次の瞬間、まったく同じ場所に現れていたのである。
「ば……バカな」
燿一もすぐさま自身のパーティが効力圏に入っているのをたしかめ、スレイプニルの魔法石を発動させる。しかし。しかしっ!
帰れなかった。帰ることができない……。スレイプニルが発動しない。
「わかるか。地獄を体現したような光景が、ここにはある」
セレナが、静かにそう告げた。
倒すしかないのか?
かつて世界を支配しようとした魔王を、これだけのメンバーで……。正規の闘うことを目的に作られた軍隊ではない。ただ、お遊びのダンジョン探索のためだけに作られたお粗末なパーティで、その、世界を破壊しようとしていた主を倒せと言うのか?




