異変
「そろそろポルダーバール卿もダンジョンに入ったころか」
そのころ、燿一一行はすでに、ダンジョンの深部にまで到達していた。さかのぼること八時間。朝の四時からすでに燿一たちはダンジョン探索を開始していたのである。
「しかし怪盗を仲間にすると言い出した時は、どう使うもんだと疑問だったが、なるほど、こういう使い方があるとはな」
「ずっるいよねー。だって八時間も前に入ってんだからさ。勝てるに決まってる」
そう言いながらカーネリアは向かってきた魔物たちに向かって鞭を振るう。
「でもさ、……気のせいかな。前に入ったときから一週間もたつから、感覚忘れちゃったかも。なんていうか、前より魔物、強くない?」
「ん? べつに変わらなくないか」
燿一がカーネリアの言葉にそう答えると、カーネリアは聞こえるように舌打ちをしてくる。
「ヨウイチくんは前も今もまったく闘ってないでしょっ! ちょっとは戦いなよ。ほらっ!」
「苦手なんだって、そういうのは!」
「……たしかに、カーネリアの言う通りだ」
「えー! セレナまでおれに闘えって言うのかよっ!」
「そっちじゃない……!」
魔物の群れを蹂躙しながら、額ににじんだ汗をぬぐってセレナも言う。
「こいつら、以前より凶暴性を増して……っ!」
突如地中よりとびかかってきた角の生えたモグラの攻撃を、すんでのところで剣で受けながらセレナは続ける。
「っ! 見ろ……こんな攻撃をしてくることが、今までにあったか?」
たしかに、あんなこちらのすきを突いてくるような攻撃を敵がしてきたことは皆無だったはずだ。それに……。数も多い。
「なにかが、起こっているのか?」
なにかの異変の兆しが見られた。
「わかんない、けどっ!」
「……もしかしたら何かしらの天災が近づいているのかも」
「天災?」
「地震とかそういうのを、動物たちは事前に予測する力があるってのは聞いたことがある。魔物だからさらにそういうのに敏感に反応して、凶暴性が増しているのかも」
「ちょ、ちょっとそれって……ここで地震なんかきてみなよっ! このダンジョン、わたしたちごとっ!」
「いや、このダンジョンは魔力と瘴気によって形成されている異次元空間だ。外的なショックで崩れるようなことはないだろう、が……」
「とにかく、スレイプニルをいつでも発動できるようにしておかないと」
そう言って燿一は小さなスレイプニルの幼獣を抱きかかえる。
「こいつも……様子がおかしい。怯えているような……」
「……とかく、さっさと抜けてしまおうっ! 最深部に行けば、魔物も現れなくなるんだっ!」
身の内にふつふつとわいてくる違和感を、拭い去るように剣を振るい、三人は進む。
その最深部である。
「っ疲れたぁ!」
ドッと燿一は最深部の広い部屋に出るとごろりとその場に倒れ込む。
「はあ? ヨウイチくんはなにもしてないよね? 汗水流して戦ったのはわたしとセレナだよね?」
胸ぐらをつかみあげてカーネリアは燿一を恫喝してくる。
逃げるのだって疲れるんだぜ、とはさすがに燿一は言いだせず、ぺこぺこと謝っておく。
「あ……ああ。少々ばかり、疲れた、な」
ドンッと地面に剣を突き刺しながら、セレナも片膝をつく。
「い、今は休もう。どうせ、あとから入ったやつらが降りてくるのに、まだそれなりの猶予があろう」
「……そうだよね。くー。もうホントやんなっちゃうわ。夕飯は中央の最高級のレストランだからね」
「わかってるよ。カーネリアもセレナも、ありがとうな。これでルチルも取り戻せる」
そう言って燿一は二人にぺこりと頭を下げる。
「まあ、負けたらわたしたちすらあの男の奴隷だからな。自身のためにも負けられぬゲームであったということだ」
「そういうこと! マジ、あのヘンタイブタ野郎のとこだけには行きたくないわ。その点、あのルチルって女の子は相当かわいそう。助けてあげたいって思うよね。うん」
そう言って二人は微笑む。
ポルダーバール卿への勝利が決まり、安堵しているようだった。
しかし、懸案事項もあったはずだ。このダンジョン探索で明確に感じてきた異変である。しかし、その真の理由を考察しようとしないのは、本当は薄々感づいていたからだったのかもしれない。
燿一は静かに部屋の中央から噴出している瘴気を見つめる。
災害が近づいている? そんな間接的な原因を探るまでもない。最初に考えることはこれ、だろう。瘴気の量が増しているのでは、と。
だが、それに対して得られる解答があまりにも絶望的すぎるから、その可能性についてはあえて誰も触れようとはしないのだった。つまり、燿一も、いやそう言う意味ではセレナもカーネリアも自ら実際に経験したわけではないとはいえ、見聞するだけで知っているその災厄のあまりの絶望を知っているからだ。
かつてこの地を支配したというその存在が、もう一度地上に現れようとしているのではないか、という。それを、考えたくないというのはまったく本能からくる欲求だったのである。




