踊り子
そして約束の日の正午。ポルダーバール卿は大行列の戦士団を引きつれ約束の場所にやってきていた。
「ブヒュヒュヒュヒュッ!」
ダンジョンの入り口で待っていた先客を見て、ポルダーバールは楽しそうに笑う。
「まさかひとり、とは。どうした? 勝ち目がなく、あの奴隷どもには愛想を尽かされたのか?」
そこに立っていたのは燿一ただひとりだったのである。
「っ……そんなわけないだろ。彼女たちは、ちょ、ちょっと寝坊して遅れてるだけだ!」
「ブヒヒヒッ! まあいい。負けたらしっかり用意してもらうからなあ。全財産と、あの二人の身柄。ブヒュヒヒヒッ!」
「そっちこそ。おれが勝ったらちゃんと」
「ブヒブヒッ! 予はそこらの凡俗とは違うのだよ。一度決めた約束は、きちんと守る。ほれ、ちゃんと一行の中にも連れてきているぞ」
そう言ってポルダーバール卿は一行の中にいた一人を手招きして呼ぶ。
「――く!」
現れたのは、胸と股を少しばかりは隠せているもののほとんど裸同然と言う格好で歩かされている華奢な少女の姿だった。
「ヨーイチ……」
そんな少女は恥ずかしそうに震えながら、瞳に涙をいっぱいにためながら、そして視線をそらす。見ないで、と、悲痛の訴えがそこにはあった。
「この……」
思わず握りしめた拳を、しかし必死に理性で押さえつける。
「ブヒャヒャヒャ! 彼女は踊り子として旅の一行に加えることにしたのだよ。何の力も持たない奴隷なのでね。ほれ」
そうしてパンッとポルダーバール卿は手を叩く。そうするとビクッと体を揺らしたルチルは、しかし不慣れながら腰を振りながらその場で踊り始める。そのたびに布切れがはらはらと舞いあがり、彼女の頬には涙が伝った。すすり泣くような彼女の泣き声と、ポルダーバールの耳につく笑い声だけが、高原には響き渡っていた。
「やめろっ!」
思わず燿一は怒鳴り声を上げる。
「なんだ? キサマ、予が予の奴隷を躍らせることに、文句をつけようというのか?」
「……い、いえ……すみません。そうじゃなくて、もう約束の正午になったんだ。早く、ゲームを初めましょうよ」
「とはいえ貴様の従者はまだおらんではないか」
「……すぐきます。到着次第俺も向かいますよ。それにどうせ、ダンジョンに入るときは五分開けないと、別のダンジョンに変化しないでしょう?」
「ブヒャヒャヒャ。では先に向かわせてもらうとしよう」
そうしてポルダーバール卿は戦士団を引きつれてダンジョンの中へと入っていく。
「なるほど。聞いてはいたけど、想像以上のゴミ野郎だな」
その一行を見つめ、小さく燿一はつぶやく。いや……。
「スレイプニル……」
そうつぶやく、その瞬間、そこにあった燿一の姿が掻き消える。そして、一行の最後尾、その戦士の背後に現れていた。
そう。アイリスである。
「ふっ!」
そして懐から抜いた棍棒で、頸椎を一撃殴りつける。
いくら屈強な戦士と言えど、急所に対する意図せぬ一撃は、一瞬にしてその意識を奪い取る。
戦士はずるりとその場に崩れ落ちる。
「ドヴェルグッ!」
そして、その顔にアイリスは掌を当てる。その瞬間、その顔、姿、格好が、戦士のものと同じになっていく。
「……そのまま家に戻っていろと言われたが。クック、わしもあのクズの驚愕した顔が間近で見たくなったわい」
低い戦士の声でそうつぶやいて、そして一行の後ろに何事もなかったように続いていく。




