セレナ
闘技場を出た後、燿一は先日聞いていた、セレナが泊まっているという宿に赴いていた。
「フフッ。フハハハッ! わたしはなんて幸運なんだ。いや幸運はきみの方なのか。まさか、こんな短期間で、わたしの目的の男を探し出してくれようとは」
「セレナ……」
セレナの泊まる部屋に通され、男を見たという情報を告げると、セレナは驚きを隠せず同時に興奮を隠しきれずにいた。
「本当に恩に着るよ」
「いや、命を救ってもらったんだから、このくらいは貢献できないと、ね」
燿一がそれを言うが否か、だった。
セレナは壁に立てかけていた自らの愛剣を手に取ると、部屋を出ようとする。
「待て! 待ってよ! どこに行くつもりだ!」
「どこだと? 愚問だな」
「おれの話を聞いていなかったのか! あいつは闘技場に選手として捕まっているんだっ!」
「それが、どうしたかな?」
「もう牢獄にいるようなもんだから許してやればいい、とかそんなことを言うつもりじゃない。ただ、不可能だ、って話をしてるんだ!」
あのあと、闘技場関連の様々な情報は、トリディマイト卿に訪ねて知っていた。闘技場を運営しているのはかなり大きなグループで、人身売買も同時に行っているために、独自の傭兵や私力をかなり蓄えているということだった。
「行ったところで、たどり着けやしない。あそこは牢獄だ! 牢獄にいるのと同じなんだっ! 牢獄にいる男を殺しに行けるわけがないだろ! やつらは警備兵を多数雇っているんだ。相当の額を動かす団体だからな! そこに一人で攻めこむなんて、むざむざ死にに行くようなもんだぞっ! 軍隊を相手にしようって言ってるようなもんだっ!」
「フフフッ! むざむざ死にに行くようなもの、か。おもしろいたとえだ。フフ……」
「セレナ……?」
「わたしはね。やつを殺せるのなら死んだっていいと思っている。もとより、どうして生きているのか、わからないんだ。わたしだけ、どうして、生き残ってしまったのか……。だからあいつを殺せて死ねるのなら、わたしも、ついには一員になれるのかもな」
「……なんのだよ?」
「村のみんなの、だ。みんなのところへ行ける」
そんなことを誇らしそうに、嬉しそうに、セレナは言う。
「ばかやろうっ!」
「だからいいのだ。死んでも……」
「ふざけんなっ! そんなバカなことを言うなよっ! 村のみんなのためにも、生きなきゃだろっ!」
そう言ったとき、燿一の瞳には感極まって涙が浮かんでいた。
「ヨウイチ……」
「それに、このまま闘技場に赴いたって目的なんて達せられるはずもない。あの男にたどり着く前に、警備兵に殺される。かりにたどり着けたところで、そんな消耗した状態で勝てるのかよっ!」
「……」
燿一がそう言うと、セレナは少刻、口を閉ざす。
「だ、……だからと言って」
だが、ガンッとセレナは机を殴りつける。
「だからと言ってどうしろと言うのだ! あきらめろと言うのかっ! わたしの八年間はまさにあの男を殺すためにあったのだぞっ! それを! ムリだから、と……。諦められるはずもあろうか。やつを殺すことをあきらめ、のうのうと生きるくらいなら、たとえ失敗してでも、闘い、死んだほうがましだ」
そう言ってセレナは入り口に立つ燿一を押しのけて部屋の外へ向かう。
「待て!」
しかし止まらない。
「セレナッ!」
このままでは、命の恩人をむざむざ死なせてしまうことに……。
いや、その瞬間だった。
まるで雷に打たれたかのように、燿一の脳内に天啓が走る。
「……そ。そうだ。この方法なら」
とにかく、考えをまとめなければ。この方法なら……。セレナはおそらく無傷でヴーランジェラの元までたどり着くことができるだろう。
「わかった! ひとつだけっ! ひとつだけ聞かせてくれ!」
「……なんだ?」
その言葉でようやくセレナは歩みを止める。
「きみはかりに一対一の状態、完全な状態であの男と戦うことになったとしたら、勝てるのか?」
「ああ」
だが、それには即答した。一切の迷いなく、それを。
「勝つよ、わたしは」
「そうか。わかった」
それを聞いて燿一もフウと安堵のため息を漏らす。
「わかった。なら、もう止めない」
「そうか、わかってくれて光栄だ。では、わたしは参る」
「だけどこのままじゃダメだ。少しだけ待ってくれ。……おそらく……きっとうまくいくだろう方法。あるんだよ。思いついた」
今のままではだめだ。このまま何の策もなく闘技場に攻め入ったところで、死ぬのは当然として、目的すら達せられない。
「……なに? どうしろというんだ!」
「あいつの前に無傷でたどり着き、かたきを討つ機会を得る方法。だが……すべてを失うことになる。あるいは勝っても、その後殺されることになってしまうかもしれない。それでも、その覚悟があるのなら」
「覚悟など、八年前にしている。なんだ、おまえの考えとは!」
「おれの言う通りにすればおそらくきみはあの男の前までたどり着ける。100パーセントではないけど、それでもただ無鉄砲に飛び出すよりはずっと確率が高い。そしてたどり着いたなら、その時は無傷で戦うことができる」
その、方法。
「――」
その突拍子もない作戦を、燿一はセレナに告げる。
「ば、バカなッ! そんなこと、わたしにしろ、と!」
「ほかに方法はない。普通に攻め入っても、傭兵と戦って消耗した後のきみじゃ、あの男には勝てない。なら、この方法しかない。そうだろ?」
「ぐ……ああ。たしかに、そうだな。あの男を殺すためなら、どんなことでもしてやると、あの日、誓ったのだから……。やるよ! もっとも許し難い行為だが、……戦士であることを捨てる!」




