召喚
「あ……あの、で、できればそこからどいてほしいんですけど」
目を開けると、涙目を作る少女のかわいらしい表情だけが視界には映り込んでいた。
「は……?」
思わずびっくりして少年は立ち上がろうと地面に手をつく。
「ひゃぁっ!」
そうするとなにやら手のひらには地面とは思えない柔らかな感触が伝わるととも、女の子が悲鳴のようなものを轟かせたのである。
「は、離してくださいぃー」
さらに目を潤ませながら女の子が懇願し始める。
「は? うあ」
思わず少年は手を戻す。どうやら女の子のおっぱいを思いっきりつかんでいてしまったようである。
「……っごめん!」
すぐさま女の子の上からどいて、少年は後ろへと後ずさる。
女の子は身をこわばらせながら少年にうるんだ瞳を向けていた。
さらに、あたりを見渡してもまったく見覚えのない光景が広がっていた。そこはどうやら女の子の部屋のようで、床は簡素な作りなフローリング作りで、家具はベッドがひとつ、ボロボロになった机が一つ置かれているのみであった。壁につけられている唯一の窓からは日差しが差し込んでいる。さらに、意外だったのは机の上にランプのようなものが置かれていて、天井を見ても電球が存在していないことだ。というか、そもそも、あたりを観察してみると、部屋の中には電化製品の類と言うか、文明を感じさせるようなものが何もなかったのである。
「な……んだ? ここ」
なにがなんだかわからない。
少年の名前を鷹目燿一と言った。まったく何も記憶に残っていないのだが、いつの間にか女の子の部屋にきてしまっているようで。しかもまったくまずいことに、部屋の中、どころか、女の子のベッドの上で、しかもその女の子の上に覆いかぶさっている状態で、という状況なのである。
そしてまったく不可思議な点が……。
「あのー、あなた、どうしていきなり現れたんですか?」
その女の子……髪の色はブロンドがかっており、瞳の色にはわずかな碧色が映える、茶色いシックなワンピースから覗けたよい肉づきの太ももは真っ白に輝き、まるで宝石のような輝きを誇って……と、まあ外国人だったわけである。
しかしそれでいて、かなり日本語がうまい。
「……な、んだよ、いったい」
思わず燿一は窓に駆け寄ると、外に顔を向ける。そこに広がっていた情景。周囲の家はすべてレンガ造りで、道は舗装もされておらず、砂利がむき出しになっていた。そしてやはり、というか……見覚えのある光景は一切感じさせない。人々の雑踏は感じさせるものの、今までに味わったことのないような静寂な空間が広がっていた。いつでもどこでも飛び交っていた、車のエンジン音や、文明利器のなごりはそこにはない。
「……ど、うなっていやがる?」
ここは、外国なのか?
少なくとも燿一の今までの経験の中に、現状の風景は一切なかったから、自分の生活範囲外のどこかにきてしまったであろうことはすでに自明の程であった。
だとしたら、どういうことだ。
燿一は都内の高校に通う、普通の――と形容していいかは微妙な問題を孕んでいたが――高校二年生である。少なくても燿一の記憶にある自分はそのようになっていて……。
ここが外国だとして、ならばどうして自分はここにあるのか?
まさか拉致られた? いや、だが、そんなバカな話があるか。一高校生を海外にまで拉致したところで、相手に何たるメリットがあるというのだ? 国際犯罪であるとしても、国家への身代金要求なら、わざわざ日本で生活している人間を狙わずとも自国への日本人旅行者を狙えばいい。
「……あのぉ」
驚愕している燿一に、恐る恐ると言った様子で女の子は声をかけてくる。
「あなたはだれなんですかぁ? どうしていきなり、いきなり天井から降ってきたんですか?」
「は?」
天井から?
「……意味が分からない。ここは……」
ここはいったい……。
自分は一体どうしてしまったというのだ?
それに、自分は……。