ダイアリーを綴る
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あたしは普段ずっと家で仕事をしていた。在宅ワークで、もらえるお金は少ないのだが、自宅マンションが仕事場なのである。ずっとパソコンに向かいキーを叩くのが仕事で、結構疲れていた。精神的に参りやすいのだ。特にこの夏という季節は蒸し暑さがあってきつい。食事はちゃんと取っていたのだし、毎日温めのシャワーを浴びて入浴もしていたのだが、疲労は溜まる。普段メンタル面での疲れを抱え込んでいて、掛かり付けの病院にも相談していた。電話相談などで少し話を聞いてもらうだけでも心の持ちようは全然変わる。時間の許す限り、話し続けているのだった。そして仕事やメンタルケアをしながら、日記を付けている、ブログを持っていて、<マイダイアリー>と名付け、その日の出来事を書き綴るのだった。別にいいのである。ブログなど何を書こうが自由だからだ。あたしも午後八時半を過ぎたら睡眠導入剤を服用し、リラックス効果のあるルイボスティーで体を温めて、マイダイアリーを更新する。あくまで個人の日記だ。今日はこんなことがあったとか明日は何をしようなどと書き綴る。それで気持ちが休まり、眠りに就けた。ブログだから見る人は結構多い。アクセスカウンターも一日で百を越えていたり、二百人近く来る日もあった、あたし自身、気の晴れないようなときもそういったことを書き綴る。遠慮は要らないと思っていた。公序良俗に反することがなければ、何を書いてもいいのだから……。
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<記事拝読いたしました。いろいろと悩んでおられるんですね。よかったら僕のブログにも遊びに来てください。では>というコメントが書かれていたのは、その年の七月二十日頃で全く知らない人からだった。あたしも普段コメントが書かれることはあまりない。だけど、そのときにコメントを書いてくれた男性は、コメント欄に自分のブログのリンクを貼っている。一体どんな人だろうと思い、開いてみた。精神系の病気を専門に扱うカウンセラーのブログが出てくる。いろんな精神療法などが書かれていて、あたしも参考になることがあった。しばらく読み進めた後、目が疲れたので後から再度読もうと思い、いったんブックマークしておく。そして椅子の背凭れに凭れ掛かり、しばらく休む。ずっと在宅での仕事が続くと、いくら人とは接しないとはいえ、疲れてしまう。あたしも若くはない。今年の十二月二十四日で三十歳になる。クリスマスイブが誕生日だとは言っても、三十を迎えるとなると敬遠したくなるのだ。ずっと気に掛かっていた。今年のイブが。だけど逆に言えば年を取るということは安定するということである。あたしもそう思っていた。今仕事をしながらでも付き合っている異性はいない。独りだった。でも病院に通院するとドクターや看護師さんなどがいるのだし、ソーシャルワーカーもいて相談には乗ってくれる。あたしもそこが防波堤だった。自分の気持ちを落ち着けてくれるのは病院なのだから……。友達や彼氏などがいない以上。
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仕事は進む。七月も終わりに近付き、八月に入ると蒸し暑くなった。疲れている。暑さで参っているのだった。あたしもさすがにずっと仕事をしながら、時折ベッドに横になることがある。きついからだ。仕事の依頼人からはメールなどで情報が届いていた。<ゆっくりでいいですから、一つ一つ着実にやってくださいね>と。あたしもそれに従い、焦ることなく一つ一つこなした。別に急ぎの仕事ばかりじゃないのである。一日中、食事とトイレと入浴時以外はずっとパソコンに向かっていた。仕事以外でもネットを利用することがあって、あたし自身、検索エンジンはフルに使い続けている。キーを叩きながら調べたりすることが山ほどあった。あたしもゆっくりと人生を歩いていくつもりでいる。別に刹那的になることなどない。長い道のりである。その過程で夜眠る前の時間、ブログを更新していた。別にあたしのマンション近辺には変な人間などいない。単に両隣の人間ぐらいしか知らないのだ。ツーリングと買い物以外、外に出ることもないのだし……。ずっとキーを叩きながら在宅ワークをこなす。地元の高校を卒業後すぐに今の街に来ていて、両親や弟とは完全に決別し、実家にはもう十年以上帰ってない。だけどそれでよかった。あたしもあの家に帰る気はもうないのだから……。
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八月上旬の午後九時前にダイアリーを更新する時間があった。すでに睡眠導入剤は服用していて、ルイボスティーで体を温め、眠る準備は出来ている。あたしの心の繊細さに気付く人はほとんどいない。別にいいのだった。ずっと独りでいたのだし、病院や電話相談などのサービスは自身で利用する回数を限っていたのだから……。これでいいのである。ずっと相談に頼るばかりじゃ、何事も上手く行かない。だから自分で解決できる悩みはある程度自力で解決しているのだった。精神療法のサイトなどを見たりして自分なりに勉強していたのだし……。ゆっくりと歩き続けるつもりでいた。兎と亀のどちらがいいかと問われれば、即亀と言う。コツコツと積み上げていくタイプだからだ。あたしもそう思ってやっていた。朝から夕方までずっとキーを叩き続ける。在宅ワークは案外楽じゃない。だけど眠る時間になれば、ゆっくりと休むつもりでいた。心身ともに疲れていたからである。その日も日記を更新する時間になった。その日にあったことや感じたこと、そして今悩んでいることを書き綴る。キーを叩きながら文章を作っていく。日記などその程度だった。ずっと続けているというだけで。それにあたしはブログ自体、日記としてしか利用してないのだから……。綴り終わり、<ではまた明日>と打った後、カーソルを完了ボタンに持っていき、一度左クリックして記事をアップした。一日に一度の更新だが、とても大事なことである。別に抵抗はなかった。ずっと続けていることだから慣れも生じているのだし……。
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マシーンをシャットダウンしてベッドに横になり、眠る。疲れていたのだし、夜は眠る時間だ。ずっと昼間家で仕事をしていて、規則正しい生活を送り続けている。午後九時過ぎに眠り、翌日は午前五時に自然と目が覚めていた。乱れない生活パターンを続けることで何とかなっている。気にすることは一つとしてない。単に仕事の報酬が少ないというだけで、後は何も不満がなかった。その夜もスゥーと眠りに落ちる。やはり適切な量の安定剤や眠剤はよく効くのだろう、あたしも夜はちゃんと就寝できているのだった。ずっと変わらない感じで。そして翌日また起き出す。午前五時は早い時間帯なのだが、夏冬問わずあたしの起床する時刻だ。起き出して洗顔し、軽く乗せる程度にメイクしてトーストを一枚焼き、齧った。そしてコーヒーを一杯飲む。落ち着いた状態でパソコンに向かった。何も抵抗なしに一日がスタートする。熟睡できていて何も言うことなしの状態で。メールボックスを開き、新着メールをチェックして、返信すべきものには返信するため、パソコンのキーを叩き始める。新鮮な頭で一日が始まった。また今夜ダイアリーを綴るときに書く材料は、もう今から得始めているのだし……。
(了)