危ない賭け
捻り上げられた腕の痛みと緊張に、冷たい汗が背中を伝う。
口を塞がれているので、呪文は使えない。呪文が使えなければ、魔女とて身体の強度は人と変わりない。
いっそ掌にでも噛み付いて、その隙を突こうかとも思ったが、サイネリアが呪文を唱え終わるのと逆上したバレン君に再び襲い掛かられるのと、どちらが早いかと言えば恐らくバレン君の方が早いのだろう。
正直言って、サイネリアにはなす術なしだ。
「おい、誰かいるのか」
呼びかけても返事が無いことに焦れたのか、カーネルがもう一度呼びかけてくる。
「(あ、そうか)」
サイネリアには出来ないが、向こう側の部屋の人たちならばどうだろう。
カーネル王子はともかく、向こうの部屋には、剣術に優れたゴッカル将軍がいる。判断力も、場数も相当に積んで来たはずだ。
サイネリアの作る僅かな隙を、上手く突いてはくれないだろうか。
「(でも……)」
チラリと視界の端に映るバレン君の顔は、なんとも険しい。
そして、状況的には異常を極めてはいないだろうか。非常に不本意だが、バレン君の腕の中に居るサイネリアには分かる。
心臓の鼓動がないのだ。
サイネリアの口を直接塞ぐ掌から伝わる体温も、とても冷たい。そもそも、生きているはずが無い。今日の昼過ぎ、サイネリアは森に横たわるバレンの身体を、しっかりと確認した。脈も、息もなかった。顔色とて、青白かった。
つまり、死んでいるはずの人間が動いている。そして、心臓の鼓動も体温も無いのに、気が昂ぶっているのか身体はカタカタと震えていた。
カーネルの声がしたドアから、今にも誰かが入ってきやしないかと警戒している。サイネリアには、そう見えた。
だが、問題はそこではない。
バレンが死んでいるのに動いていると、今この状況で分かるのはサイネリアだけだ。カーネルたちには、サイネリアが何者かに襲われているようにしか見えないだろう。そして当然、彼らの中でそれは生きた人間だ。
だが、カーネル達にとって判断を鈍らせる一番の要因は、バレンが何者か、ということにある。
「(間違いなく、彼らの捜し人ですもの)」
生まれてこの方、国内ではこの町以外に碌に回った事の無いサイネリアが、都の人間でも知らないボルマット王子を知るわけが無い。だが、幼い頃より母から、王家の事を叩き込まれてきた。王宮を追われた母は、だがずっと、王家の忠実な家臣だったと言うことだ。
そして、権力に浸かった者ならば誰でも知っている権力の象徴、確かにそれはバレンにあったのだ。
幼い頃、「これが王族である方の証よ」そう言った母に、「じゃあ王族の人たちは皆これがあるの?」と言う私。「いいえ、これは特別なものなのよ」本に細かく書かれた紋章を指差して、母はこう言ったのだ。「次の王様になる方だけが、お持ちになるものなのよ」と。
グリフォン、古くから知られる、鷲の上半身に翼、ライオンの下半身を持つと言われる王家の象徴。それに五穀豊穣を願った麦の紋章。
あれは確かに、何度も何度も繰り返し見た、次期国王が持つとされる証。その紋章はペンダントとなって、バレンの首に掛かっていた。昼間は気がつかなかった、王位を継ぐ者の証。
つまり、第一王位継承権を持つ人間の、すなわち、現在はボルマット王子のもの。それを持っているバレンは、カーネル達の捜しているボルマット王子で間違いないのだ。
「(だから厄介というか、なんというか……)」
そのボルマット王子が、自分の命の恩人である魔女を暴漢の如く襲っているのだ。
そんな光景を見れば、普段なら対応できることも、できなくなるのではないかと言うのがサイネリアの心配どころだった。
「……。」
実を言うと、腕の関節はもう限界だ。痛みに馴染みのないサイネリアには、少々、いや大分キツイものがある。それでも声一つ上げないのは、生まれ持つ気丈さからかもしれない。
「……」
急に、静けさが際立ったような気がした。
バレンの、いや、ボルマット王子であったものも、扉の向こうも、とても静かだ。満ちる静寂に聞こえるのは、己の息遣いと心臓の音、腕の関節と骨の悲鳴。痛いほどの静けさに、それはとても大きく聞こえる。
「(何?)」
不安になる。
もしかすると、誰も居ないと判断したのかもしれない。
いや、それはない。それでも、何かの音は聞こえる筈だ。
なのに落ちる静寂から導き出される答えは一つ。
ガンッ!!
サイネリアは、思い切りドアを蹴って、ついでに思い切り掌に噛み付く。
「うえぇ」
口内に満ちた血の味に、行儀悪く舌を出す。
死人の血を口に入れるなどと言う珍しい体験をしたサイネリアは、逆上したボルマットの手にした銀色の物体がバルコニーから入る月の光を反射する様を、瞬きもせずに見る。
迫る刃は、サイネリアの目の前に、ゆっくりと迫ってきていた。
グリフォン、またはグリフィン、グライフ、ブリプス。
呼び方は多々あれど、皆さん有名なこの架空生物をご存知かと思います。
某王家の紋章にも用いられている、鷹の上半身と翼、ライオンの下半身を持つ、あの生物です(´・ω・`)
王家の象徴として用いられ、持て囃されてきたのは事実ですが、恐らく!!
ここからは!おおいに!!
私の自分勝手な設定が混じって参ります( ゜Д゜)))
どうぞ、ご了承ください(´・ω・`)